002

 その日の午後に遠方から患者さんがうちに来ることになっていた。そんなことは珍しい。

 僕がいうのもなんだけど、父の腕は確かだ。でも、わざわざ遠方から診てもらいに来るほど特別な技術を持っているわけじゃない。父は詳しいことはいわなかったけど、何か事情がありそうだった。

 馬たちに飼い葉をやり、厩舎の掃除をしてから葦毛のチェスにまたがると、僕は患者と落ち合う予定の馬車駅(ステーション)に向けて出発した。


 その日はなんとなく変だった。

 何かが起こりそうな、そんなもやもやとした空気を常に感じていた。

 父はよく僕にこういった。もしも何か気になったり、なんとなくおかしいと思ったら、原因を徹底的に調べること。それは医者である父が、患者の症状を見逃さないための心構えみたいなものを僕に教えておこうとしたのかもしれない。だから、マッコイ爺さんの家の前を通りかかったとき、僕はすぐ馬を止めた。

 爺さんの馬が馬止めにもつながれず、不安そうにあたりをうろうろしている。

 おかしい。

 こんなふうに馬を扱うなんて。

 彼が馬を降りた直後になにかがあったんだ。

 僕は念のため自分の馬を少し離れた林の木につないで、家のほうにそっと近づいた。

 ドアが開いている。しかも内扉も開いたままだ。僕はブーツの中から短刀を抜き、中を覗いた。

 ひどい有様だった。

 反対側の壁が崩れ落ちて外が見えている。家具が倒れ、いろんなものが床の上に飛び散っていた。

 ハリケーンが通過したあとみたいだ。

 僕は家の中に足を踏み入れた。

「レン!」

 ふり向くと廊下の向こう側にジェシカばあさんがライフルを構えて立っていた。彼女のそばで爺さんが壁にもたれて座り込んでいる。

「レン、無事だったか」

 爺さんが苦しそうに僕を見上げた。

「いったいなにが――」

 僕は爺さんの前にしゃがみこんで体を調べ始めた。撃たれてはいない。

「化け物が……」

「喋らないで。肋骨が折れてる。ジェシカ、タオルと包帯、それと――」

 ジェシカが僕の腕をつかんだ。

「レン、お前は今すぐハリーのところへ戻りなさい」

「うん、でもとりあえず応急措置だけ――」

「奴らはハリーを探していたの」

「奴ら? 父さんを?」

 爺さんがうなずく。

「あんなものは生まれてはじめて見た。でっかい機械の乗り物だ。そいつらがいきなり空から落ちてきた。ドクを探しているといっとった」

「いったい誰なの?」

「分からん。だがどう見てもまともな奴らじゃない。早くドクのところへ行け。そしてここから離れろ」

 僕は立ち上がった。

「チェスか?」

「うん」

 うちの馬のなかでチェスが一番速かった。

「よし。奴らにはデタラメな場所を教えたから、まだ時間はあるじゃろう」

 ジェシカが僕にライフルを差し出した。

「持っていきなさい。あたしが手入れしているから、大丈夫」

 それを聞いて爺さんは「ふん」と鼻を鳴らした。僕はライフルを受け取った。

「あとで必ず戻ってくるから、ふたりとも無茶しないで」

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