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エモート、ってあるじゃないですか。オンラインゲームなんかで上下左右のキーが割りてられてて、いずれかを押すことで他プレイヤーへ自分の感情を表現できるシステム。
簡単にいうと本作の〝さとこさん〟は、現実社会でそれを実践しちゃった人です。

いわく〝コミュニケーションに疲れちゃったとかそういう理由〟で、さとこさんはダンボール箱を被って仕事をするようになります。箱の前後左右の面にはデフォルメしたシンプルな顔が描かれていて、それぞれ、ノーマル・駄目・笑顔・怒りの表情を表します。(レビュータイトルの顔文字はこの4つを表現したつもりですが、再現度高くなくてスミマセン……)
被ったダンボール箱を手で回して、伝えたい感情に合わせた顔を正面へ向けるって寸法です。

もちろん誰もが異様に思うし、さとこさんを怒ってくる人もいる。読者の皆さまも実物を見たら、顔を合わせないさとこさんを不快に感じるかもしれません。
でも視点人物である〝僕〟のまなざしに、読者の目線は取り込まれます。
さとこさんとの対話と観察を経て〝僕〟は、その姿が妙に素敵と思えるようになるし、「なんかかっこいい」と評します。
生活の全てが嫌になっても社会と接点を持つことは不可避なわけで、さとこさんの葛藤に共感し、妥協点としての〝生存戦略〟に理解が到達します。

私自身もコミュニケーション疲れに汲々とする現代人のひとりです。
さほど笑いたくなくても円滑な人間関係のため愛想笑いして、思考や表情筋が疲れて無表情でいれば感じ悪いと言われる。正論で責められて言い返せなくとも、怒った顔を表明したい時もある。
だからこそ〝僕〟と一緒にさとこさんに憧れるし、彼女のアイデアと実践力をチャーミングでかっこいいと褒めたくなります。
きっと皆さまも、この小説を読まれましたならば同じように。

最後に、好きな一文を引用します。
〝さとこさん、本当はずっと怒っているのかもなあと思ってしまった。〟
優しくて思慮深くて、内省的でもある良い独白だと思います。ダンボールの顔は、見る人の内面に通じる鏡でもありますゆえに。