The Victim
両目洞窟人間
The Victim
部屋で私はただただ横になり続けていた。ぼんやりと床を見つめている。ほこりが床の数センチ上で舞う。少しの空気の流れに乗ってほこりがただよう。私がほこりに息を吹きかけてやるとほこりは舞い上がって、窓から差し込む陽の光に照らされて光ったが、陽の光に目を細めた瞬間どこに行ったかわからなくなって、また床を見つめることにした。
腕に埋め込まれているLEDディスプレイは「充電率27%」と青い文字で知らせる。
へそに挿した充電コードを指で弾きながら、こんなことならもっと長い充電コードでも買っておけばよかったと考えていた。
病院から貰った充電コードじゃ短すぎて、充電中は何もできやしない。
私は寝転がりながら、充電が溜まるのを待っている。今、27%ってことはあと3時間くらいかかるな。
あくびをする。今の時間で寝ていようかな。
せっかく三時間あるわけだし、映画でも見ようかな。いや、本でも読んだり、もしくは音楽聞いたり、勉強でもいいな。
やりたいことはやまほどあるけども、充電中はあんまり動かないでくださいねと言われてるのもあって、気持ちと行動の釣り合いが取れない。
そのうち、どうでもよくなって目を瞑った。
長い病名を告げられたのは今年の夏のことだった。
「なんか、むかしのスペインの将軍みたいな病名ですね」と私は冗談を言ったけども、医者は真面目な顔を崩さなかった。
風邪だと思っていた症状はあれよあれよとあちこちの科を移動させられた。
そして最終的に名医でございな顔をした医者とその医者がコーディネートしたんだろうなってのがわかる白色で統一した器具が揃っているのに妙にごてごてした印象を受ける大げさな雰囲気の科に回された。
そこで私は自分の病気が風邪ではなく、また別の病気であることを知った。
身体の機能を動かし続けるために毎日充電をし続けなければいけない奇妙な病気は世界中で徐々に広がっていて、テレビのドキュメンタリーでも何度か特集されていた。
そしてその病気にどうやら私はなったみたいだった。
「かぶとまちさん、すぐに対処が必要です」と
その日のうちに手術が始まり、麻酔から目が覚めた私は腕にLEDディスプレイがつけられ、へそに充電ポートが加えられていた。
「とにかく、かぶとまちさんに覚えていて欲しいのはこれから充電を絶対に忘れないこと。充電さえしておけば、普通の生活は必ず送ることができるから」
いつまで、充電はし続けないといけないんですか?
「それはわからない。ただ、かぶとまちさんの頑張り次第になってきます。一緒に頑張りましょうね」
頑張り続けないといけないんですか?
「ええ。頑張るって言っても充電を切らさないようにするだけですよ。そのほかは今までと同じようにしててください」
先生が言うように私の病気は日常生活に充電が入るだけだ。
家に帰って、寝る前に充電コードをへそに挿して充電しながら寝て、外で充電が切れそうになったらモバイルバッテリーを使用して充電をすればいい。
「要はスマホにやってあげていることを自分の身体にしてあげるだけです」
医者が説明していたように、私はスマホを扱うように自分の身体も扱った。誰も電池が50%以下の状態でスマホを持ち歩きたくないのと同じで、私も電池が50%以下で外に出たくない。
充電はうまくいっていた。毎日欠かさず充電をして寝るし、モバイルバッテリーも持ち歩いていた。携帯を持ち歩くようになって充電をすることを日常的に意識するようになったように、私も日常的に自分の身体に充電を行うことを意識するようになっただけだ。
全ては万全だった。ただし充電という意味だけ。
その日は全てが上手くいかなかった。なにもかも上手くいかなかった。朝からミスばかりしていたし、その日は消費電力がなぜが多く充電のゲージもみるみる減っていき、私は何度か席を外して充電しなければいけなかった。
「ちょっといい?」と仕事が終わってから私は上司に捕まった。
あなたのことで話があるの、あなたを思ってのことなの。
二時間にも及ぶ上司からのお話会から解放された時、LEDディスプレイには25%の数字が光っていた。
これまで通りだったら家に帰るまでは持つはずだった。
でも、その日はどうしようもなかった。
"あなたが大変な状況ってはわかってるけども、それに対してあなたは感謝の気持ちって持ってるの?"
"あなたはそういう状況なんだからこそ人一倍頑張らなきゃいけないんじゃないの?"
"このままじゃあなた、本当にダメになるよ"
頭の中でリフレインする言葉をかき消すように駅の売店でお酒を買った。なるべく早く消えるようにアルコールの強いやつ。
「あの、この病気は身体の動作とリンクするからね。だからなるべくお酒は飲まないようにしてね」
医者が言っていた言葉が少し頭を漂ったけども、私はお酒を煽った。その瞬間、電車が通過していく。通過する電車の窓ガラスに映る私のLEDディスプレイの数字が24%に減った。
最寄りの駅にたどり着いた時には7%になっていた。でももうこのまま0%になってしまったらいいと思っていた。
私が今死んでしまったら、あの人はその後取り除けないような重荷を背負ってくれたりするのだろうか。
もう何を食べても味がしないような人生を送ってくれるのだろうか。
そう思うと死んでしまってもいいと思った。
でも、道を歩いていると途端に地面が沼に変わってしまったような気になった。
足は重たくて、視界は平行を保てない。
腕の数字は5%を切っていた。
LEDディスプレイから金切り音のような警報が聞こえ省電力モードに切り替えますと表示が出る。
その瞬間、視界がモノクロに変わる。
音も遠のく。私の鼓動だけが大きく聞こえた。
足が思うように動かなくなって、その場にへたり込んだ。
私は鞄の中から、モバイルバッテリーを出そうとする。
でも、突然面倒になって私は探すのをやめる。そして、うなだれる。
音も色もない世界なので少し心地がいい。
目が醒めると病院で、あまりのありふれた状況に泣きそうになってしまう。
名医は私に言う
「道端で倒れていたのを助けてもらったんですよ」
「充電が切れると本当死んでしまいますから、本当注意してくださいね」
「もっと自分を大事にして。ね、死んじゃだめですよ」
はい、わかりました。と言って病院を追い出される。
私が眠っている間にLEDディスプレイ関係がアップデートされていて、緊急通報モードが入っていることを知らされる。今まで入ってなかったのかよと思うけども、なにせあちら側もさぐりさぐりみたいだった。
でも私は使わないだろうなと思う。
会社から「数日間、休むように」と連絡があった私は床に寝転んでいる。
目を覚ましたとき、LEDディスプレイの表示は57%に変わっている。
喉が妙に乾くので水を飲もうと思い、動こうとするが充電ケーブルが短くて動けない。
だから、充電ケーブルを抜いて、水を飲みに行った。
水を飲みながら、ぼんやりしていた。
LEDディスプレイの表示は56%に切り替わっている。さっきの57%は低い方の57%だったか。呆れた気分が胸に広がる。
部屋に戻った私は充電ケーブルをへそに挿そうとするが、寸前でやめる。
その充電ケーブルを放り投げて、それから床に横になる。
ただ眠るだけ。刺さなくても死にはしないよ。
そう思ってるどこかで、このまま死んでしまってもいいのかと思っている。
でも、それはやっぱり嫌だとどこかで思いながらも、私は充電ケーブルを挿し直すことなくまた目を瞑った。
そうしてすぐに眠りに落ちた。
音が次第に遠くなっていく。
でも、それが夢のことなのか現実のことなのかわからない。
同じリズムで刻む心拍音が徐々に大きく聞こえ、その音に耳を傾ける。
その音が心地よくて、私は目を開けようとはしない。
The Victim 両目洞窟人間 @gachahori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます