第11話 自由研究

 「メロンソーダ」

 「コーラ」

 「コーヒー」

 「ミルクティー」

 「オレンジジュース」


 「え、オレンジジュース?」

 「高校生なのにー?」

 「……別に何でもいいだろ」


 図書館併設のカフェで、そんなやり取りがあった。俺が頼んだ飲み物はオレンジジュース。小学生から見たら子共っぽいのだろうか。普通に美味しいと思うのだが。

 チョイスについては突っつかないで欲しい。リクエストしたゆらが少し凹んでいる。


 俺と同じデーブルには、小学生の男女四人が同席していた。一人はもちろん愛梨ちゃんで、他に少年が二人と少女が一人。彼らは愛梨ちゃんと夏休みの自由研究を共同で行っている友達で、今日はこの図書館に集まって宿題を進めていたらしい。まさか四人での共同研究だったとは。

 俺が宮白山で遭難したり隣町に飛ばされたりしていた間にしっかりと課題を消化していたようで、俺と会ったのはちょうど帰るときだったらしい。既に俺のことも話していたそうで、これ幸いと捕まってしまった。



 「コホン。じゃあ一応もう一度紹介するね。この人がさっき話した神隠しのお兄ちゃん。さっきまで家に来てたの」

 「葛葉悠一だよ。役に立てるかは分からないけど、よろしくね」


 愛梨ちゃんの紹介で前にいる三人が一斉に好奇の目を俺に向けてきた。ちなみに席の配置は通路側のイスに俺と愛梨ちゃん、壁側のソファに彼女の友達三人が座っている。前方からの視線が痛い。


 「ふーん、じゃあお前が神隠しに遭ったやつなのか。なんかフツーだな。本当に遭ったのか?」

 「ちょ、ちょっと大ちゃん。そんなこと言っちゃあ……」

 「あ?ホントの事だろーが。なんか文句でもあんのかよ?」

 「そ、そう言う訳じゃ……」

 

 少し大柄の少年が怪しむように睨んでくる。夢の内容を教えてしまったことを思い出したが、既に罪悪感も何もない。

 本当に遭ったんです。はい。

 もちろん口には出さないが。


 俺が何か言う前に少年は止めようとした子に食ってかかった。どうやらいつもの事らしく、愛梨ちゃんももう一人の子もやれやれという風に肩をすくめている。


 「でも、大人の人だし……」

 「こっちが子供だからって適当なこと言ったのかも知れねぇだろ。お前は余計なこと言うな!」

 「ふえぇ……」

 「はいはい、そこまでにしとこうか、二人とも」

 

 大柄な少年に怒鳴られて相手の少女が涙目になったところで、もう一人の少年が呆れたように止めに入った。眼鏡をかけた優等生そうな少年だ。

 これもいつものことだ、と愛梨ちゃんがため息を吐いく。

 

 「……はあ、もう。大ちゃんは何でそういうこと言うかなあ。まったく」 

 「あはは。仲良さそうなメンバーだね」

 「そうかなあ?あ、一応お兄ちゃんにも紹介しとくね」

 「うん、お願い」


 曖昧な顔で笑った愛梨ちゃんが共同研究のメンバーを順番に紹介してくれた。


 まず、さっきコーラを頼んでいた大柄な少年が前野大地くん。どことなくガキ大将っぽい雰囲気の子だ。強引だが友達思いなところもあるらしく、愛梨ちゃんが苦笑しながら教えてくれた。


 止めようとしていた少女が篠原由美ちゃん。愛梨ちゃんとは一番仲がいい友達なんだとか。小動物系の可愛らしい子だ。ちなみにミルクティーを頼んでいた。


 で、優等生っぽい見た目の眼鏡の少年が木山英治くん。小学生にしてまさかのコーヒーを注文していた。この中では一番大人びている。見た目通り勉強も出来るそうな。


 ……よし、覚えた。

 ちなみにメロンソーダを頼んでいたのが愛梨ちゃんである。


 「よろしくね」

 

 「おう!」

 「よ、よろしくお願いします……」

 「よろしくお願いします」


 見事に性格がバラバラで、中々に面白いチームだ。これで上手いこと噛み合ってる辺り付き合いも長いのかも知れない。


 と、自己紹介が済んだところで愛梨ちゃんがカバンからいつものメモ帳を取り出した。カチリとペンの芯を出し、メモをとる準備をする。


 「よし、じゃあさっそくだけど神隠しのお兄ちゃんは宮白山に登ってきたんだよね?どうだった?何か分かった?」


 待ってましたとばかりに愛梨ちゃんは宮白山のことを聞いてきた。やはり期待してくれていたらしい。  

 しかしこれ、今の俺にとって非常に返答に窮する質問である。


 『……どうしようか、これ』

 『うーん、正直に話すってのは、ナシだよね?』

 『ナシだな。まず信じて貰えないだろうし……何より、下手に興味を持ってあの山に登って欲しくない』


 考えてる振りをしながら、少しだけゆらに相談してみる。

 嘘をつくのは気が引けるが、神隠しのことを話せる訳がない。特に、神隠しがあると知った今、あの山に近づいて欲しくない。興味を持たせるのは不味いだろう。


 「……そうだなあ。残念だけど、特に発見はなかったかな。一応分社にまで登ってみたんだけど、鳥居もなかったしね」 

 「えー、そうなの?何か思い出したりもなかった?」

 「ゴメンね、そう言うのはなかったかな」


 悪いなと思いつつそう言うと、愛梨ちゃんは残念がりながらも納得してくれた。


 「んー、残念だけど仕方ないかー」

 「なんだよ、期待外れー」

 「だ、大ちゃん……」

 「まあまあ、むしろ何事もなくて良かったじゃないか。あの、ところで葛葉さん。一応確認したいんですけど、ちょっといいですか?」


 前野くんは口を尖らせ、篠原さんはまたオドオドしている。

 そんな反応を余所に、眼鏡少年の木山くんが手を上げて俺に聞いてきた。


 「いいよ。何かな」

 「葛葉さんは夜刀上さんのお姉さんと一緒に宮白山の参道を歩いていたんですよね?霧が出ていて、鳥居が疎らにあって、そして夜刀上さんのお姉さんは木の棒を持っていた」

 「うん、合ってるよ」

 「その木の棒、どんなだったか教えて貰えませんか?」

 「え?」


 木の棒?

 確かに説明のついでにそんなことを言ったっけか。しかしそれが何だと言うのか。

 訝しみながらも、夢で見た情景を思い出しつつ手で長さを示す。


 「確かこんくらいかな?後は……真っ直ぐで、横に突き出た枝なんかは折ってあったと思う。短い杖みたいな感じ」

 「なるほど、やっぱり」


 木山くんが眼鏡をクイッと押し上げ、ニヤリと笑う。レンズがキラリと光った。


 「一応聞いときたいんですけど、他に何か特徴のあることを覚えては……?」

 「他にはもうないかな」

 「そうですか。教えてくれてありがとうございます」

 「どういたしまして。……しかし木の棒がどうかしたのかい?」


 鳥居でも霧でもなく何故に木の棒なのか。

 俺の疑問に木山くんが答える前に、前野くんが横から割り込んできた。


 「どうしたじゃねぇんだよ。これ、すっげー手がかりなんだぜ」

 「手がかり?これが?」

 「おう!これはな、隠れんぼに使う枝なんだ!」

 「はあ、隠れんぼに?」


 いや、何で?

 彼はいまいち説明が下手なようだ。隠れんぼと枝とが繫がらない。もう少し詳しい説明をプリーズ。

 俺が内心でクエスチョンマークを浮かべていると、分かってないことを察したらしい木山くんが補足説明をしてくれた。


 「昔はそのような枝を使って隠れている場所を占う遊びがあったみたいなんです。僕たちは知らなかったんですが、篠原さんがお兄さんに聞いたことがあったみたいで」

 「あ、うん、前にお兄ちゃんに教えて貰ったことがあって……。その、地面に棒を立てて『隠し狐さん、教えて下さい』って唱えて離すと、誰かが隠れている方に倒れるんだって言ってた……です」

 「あー、なるほど」


 そう言えば俺も昔、『どーこだ?』と唱えて棒が倒れた方に行く遊びをしたことがあった。『隠れ歌』自体神頼みの色が強いし、そんな遊びが流行っても不思議ではない。まさかあの枝がそんなところに結びつくとは思わなかった。


 「そーゆうことだ。分かったか?」

 「由美ちゃんのお兄さんは今大学生だから、多分合ってると思うんだよねー」

 「合ってるよお……かなり昔って言ってたもん」

 「多分合ってると思うよ。言われてみればそんな使い方が出来そうだった気もする」


 夢の内容だしそうはっきりと覚えてる訳ではないが、単にその辺で拾った風な枝ではなくバランスの取れた形に折ってあった。


 「うん。葛葉さんから確認もとれたし、間違いないと思う。夜刀上さんのお姉さんは、きっと宮白神社で隠れんぼをしたときに神隠しに遭ったんだ。鳥居と霧については分からないけど、これは大きな進歩だよ!……葛葉さん、教えてくれてありがとうございます」

 「ん、どういたしまして」


 律儀に頭を下げてくる木山くんに笑ってそう返す。なるほど、面白い説だと俺も思う。


 隠れんぼという遊び自体、人の目から隠れる性質を持ってる訳で、特にあの神社で行えば神隠しに遭いやすくなっても不思議ではない。あの隠れ歌を唱えたなら尚更だ。木の棒を夜刀上ゆらが持っていたのは事実だし、この説が合っている可能性は高いと思う。


 『んー、でもあれ、帰り道じゃなかったっけ?隠れんぼに使って、帰るまでずっと持ってたってこと?』

 『そうだったんじゃないか?ま、喜んでるとこに水を挿すのもなんだし、そう野暮なことは言わないでおこう』

 『そうだね!楽しそうだし!』


 ゆらと一緒に盛り上がってるテーブルを眺めてそんな会話をする。

 小学生たちは研究が進んだことに喜び、ワイワイとはしゃいでいた。宿題らしきプリントを取り出し、何やら仲良く相談し合っている。注文のドリンクが来ても、集中していて誰も手に取らない。


 「あそこ、隠れる場所あったかなあ?」

 「狭いけど、少しはあったと思うぜ。石の変なのの裏とかどうだ?」

 「あ、あと木の裏とか……いっぱい生えてるし……」

 「三歳の子供が二人だけなら、むしろ狭い方がいいと思うよ。それよりもだね……」

 

 それなら。

 あっちは。

 ほかにも。

 いや、こうだ。


 矢継ぎ早に話し合う様子を、邪魔しないように見守る。

 四人ともがきっちり参加して、お互いに意見を言い合っている。そんな微笑ましい様子を見ると、意外と役に立てたようで良かったと思える。余計なことは言わないでおこう。


 ……しかし、心穏やかに見てられるのはここまで。それはちょうど、やって来たオレンジジュースに口を付けたときだった。前野くんの爆弾発言が突然に炸裂する。


 「よっしゃあ!じゃあ明日、皆で神社に行って、隠れんぼをしてみようぜ!実験だ!」

 「…………ゴホッ!?」


 思わず咽せかけた。

 コップを取り落としそうになり、中身が多少服にかかってしまったが、気にしない。否、気に出来ない。

 この時ばかりは、そんな余裕は無かった。


 いや、ちょっと待て!?

 自分から神隠しに遭う気か!?


 『ユウ、これは……』

 『分かってるよ』


 これは、拙い。


 ……何を考えてるのかな、前野くん!?





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