第10話 調査と再会

 『次はー、白木二丁目ー、白木二丁目ー。お降りの方はーー』

 『えいっ!』


 ぽち


 ポーン


 『次、止まります。バスが止まってからーー』


 『やった、押せたよ、ユウ!』

 『よかったな。どうだった?』

 『うん、別に大したことなかった』

 『だろうな』


 単にボタンを押すだけだ。そりゃ大したことはないだろうよ。

 あっさり宣ったゆらに少し呆れながら、そう思った。


 『……しかし、まさかこんな形で降車ボタンを押す機会が来ようとはなあ』

 『あはは、そだね……』


 ポロッと出た俺の台詞に、ゆらが同意して笑う。いや本当、こうなるとは思ってもみなかった。いやまさか、……神隠しで隣町に飛ばされるとは。

 窓の外を見ながら、しみじみと思った。


 






 神隠しから抜け出し、数分間お互いの無事を噛み締めたあと、再起動した俺は最初に時間を確かめた。

 

 ポケットから携帯を引っ張り出し、ようやくアンテナが立っているのを見て、またもほっと一安心する。

 太陽が上の方にあることから大体分かっていたが、時間は山頂の分社に居たとき辺りにまで戻っていた。一応日付も確認したので間違いはない。


 次に場所。マップ機能でGPSを使い、自分が今いる場所を教えて貰う。地図上の点が示したのは、白木町の隣の町だった。その中の、何の変哲もない住宅街のど真ん中。まさかのワープである。

 

 時間もワープも驚くべき事なのだろうが、さっきまでが大変だっただけに、そうまで動揺する事も無かった。そのまま地図でバス停を探し、疲れた体を引き摺りながら歩き、バスで駅まで移動する。正直そこで帰りたかったが、俺にはどうも気になることがあった。加えて時間が巻き戻ったことで、時間の余裕もある。

 

 ……少し迷ったが、結局また白木町行きのバスに乗り込んだ。


 そして今に至る。




 『はあー。まさか本当に神隠しがあるなんてねー……』

 『ん?お前は神隠しを最初から信じてたんじゃなかったっけ?』

 『いや、まあ、そうだったけど。実際に体験するとね。怖かった……』

 『それは超同意。あれはホンモノだった』


 夢オチなんて事は無く、白昼夢を見ていたなんて事もない。

 時間が戻ったところで体に残った疲労は消えず、最後にあげたお饅頭もしっかりと二つ消えている。何より、宮白山から隣町までワープした事実は間違えようがない。


 神隠しは、実在した。


 『あー、でもそうか。……するとお前の正体も、多分本当に「夜刀上ゆら」なんだろうな。あの鳥居の道も本当にあったわけだし』

 『そうなるかなあ。……うん、ボクもそう思う』


 今回の一件で俺が考えていた前提が大きく崩れた。

 元から変わった夢や夜刀上ゆらの昏睡には何か繋がりがあるかもとは思っていたが、神隠しなどのオカルト現象には否定的だった。しかし実際に体験してしまうと、もう否定は出来ない。


 神隠しはある。

 あの夢も本当にあったことだった。


 『なら、多分……お前は夜刀上ゆらだろうな。俺とお前は十五年前、宮白神社で神隠しに遭った。それでお前は隠し狐に何かを願って、代償に体を奪われた』

 『…………』

 『俺だけが帰ってきて、お前は昏睡状態に陥った。で、体を失ったお前の意識だけが俺に取り憑いた……ってとこか。何で十五年の間が空いたのかは分からないが、今分かってることを繋げればこうなるかな。お前はどう思う?』

 『それであってるんじゃないかな。うん、ボクもそう思う』

 

 まあ、元からゆらは自分を夜刀上ゆらだと信じていた訳だから、確認するまでもなかったかも知れない。

 まだよく分からない事は多いが、今のところはこう整理出来る。しかし、だとすればかなり厄介だ。


 『まあ、散々な目に遭ったけど、一応良かったこともあるよ。神隠しの実在とお前の正体を確かめられた。それだけは良かったな』

 『そうだね。……悪かったこともある?』

 『ある。いや、悪かった事っていうか何というか……。結局、神隠しと分かったところで、どうする事も出来ないよなって』


 ゆらが神隠しに遭っであろう事は分かった。しかし彼女を自分の体に帰してあげる方法がない。

 いや、やろうと思えば出来るだろう。それこそ隠し狐に願ってしまえばいい。しかし代償に、次は俺が体を失う可能性が高い。そうでなくても何かを奪われる。何の解決にもならない。

 厄介どころじゃない。

 お手上げだ。

 

 ……そう考えると分社でのあれは割と危なかったのかも知れない。あの場所では既に神隠しの中にいたと思う。二回目だったのでお参りだけして、お願いごとはしなかったが、もししていた場合どうなっていたか。

 ゾッとする話だ。


 『……まあ、それ以前に、あの山にはもう行きたくないしな……』 

 『だね……』


 分社で昏睡状態になっていた可能性を考えると、余計そう思う。ゆらには悪いが、わざわざもう一度神隠しに遭ってまで意識を手放しに行こうとは思えない。願いを叶えてくれるというフレーズには惹かれるものがあるものの、代償が重すぎる。


 『……あ、そう言えば写真撮ってたな』


 イフの可能性に身震いしたところで、ふと思い出した。その中には神隠しに遭ってから撮った写真もある。

 

 『ゆら』

 『うん、了解』


 今は表に出ているゆらがおもむろにスマホを取り出し、写真を開く。

 しかし、


 『ありゃりゃ……』

 『うわー、真っ黒……』


 何も撮れていなかった。レンズを塞いで撮ったかのように、真っ暗な写真だけが写っている。

 ゆらが別の写真を確かめていく。本社で撮った物に異常はなかったが、分社に着いて以降の写真は、湖を撮ったはずの物含めて全滅だった。


 『やっぱりまともに撮れてはなかったか。まあこんなものだろうとは思ってたけど。……でもやっぱ、分社に着いたときはもう神隠しの中に居たんだな』

 『あそこも静かだったもんね……』


 ……本当、危なかった。 

  

 

 ポーン


『ーーーー白木二丁目です。忘れ物に注意してお降りください』


 『あ、着いたね』


 アナウンスと共に、バスが停車する。

 ゆらが携帯をポケットにしまい、代わりに財布を取り出した。

 運賃分の小銭を取り出し、席を立つ。

 


 


 『あと、さ。あの「影」は結局、何だったんだろうね』


 バスの前方に移動しながら、ゆらが思い出したように口を開いた。


 『はっきりしたことは分からないな。けど、一つ考えてることはあるよ。……お前も何となーく、思い当たってるものがあるんじゃないか?』


 ぴくり、とゆらの感情が動いたのが分かった。手に握ったお金を意味もなくもてあそびながら、何かを考えている。

 図星だろう。

 俺が感じたことを一緒にいたゆらが感じていないとは思えない。


 ……もう一度俺も、『影』のことを思い起こしてみる。改めて、何とも不思議で、かつ気になる存在だった。


 俺たちを導いてくれた影は、結局はっきりと姿を現すことはなかった。しかし、心当たりがないわけでもない。


 ついて行くか葛藤していたとき、影が夢で見た彼らと重なって見えた。

 

 影に続いて鳥居の参道を駆け下りていたとき、情景が夢と重なった。


 確証はない。しかし、もしかすると。



 あの影の正体はーーーー

 


 『ボクたち?』

 『かも、な』



 ゆらが運賃箱に小銭を投げ入れる。

 何となく、お賽銭を入れたときのことを思い出した。

 あの願いは、叶ってくれるのだろうか。




    





 バスから降りると、すぐ傍に図書館があった。割と建物は新しく、三階立てで規模も大きめだ。ここが俺の目的地である。やはり調べ物をするなら図書館だろう。


 さっそく中に入る。

 入ってすぐに、ゆらが右に目を向けた。仄かなコーヒーの香り。この図書館にはカフェも併設されているらしい。

 駅で飲み物は購入したが、お腹は減っていた。疲れているし、後で休憩でもしようか、と考える。


 『どうする?』

 『腹が減ってるのは分かってるけど、後にしてくれないか?』

 『もう、違うよ!どこの本を見に行くかってこと!』

 『はは、わるい。んーと、じゃあ取り敢えず地図資料を……』


 案内板で書架の位置を確認し、地図資料が置いてある一角まで移動してもらう。ゆらは誰かにぶつからないから心配になるくらい、きょろきょろと本棚を見回しながら俺が言った方に向かった。


 『わあ、本がすっごいたくさん……。知ってたけど、やっぱり実際見ると凄いねえ』

 『図書館来るのも初めてだよなあ。気になる本もあるだろうけど、悪いが今は寄り道しないでくれよ?』

 『分かってるよう。あ、ここかな?』


 カウンターの傍のスペースに、変わった形の書架があった。

 引き出しのようになっている書架を引っ張り出すと、二万五千分の一地図集成と題された巨大な黒い本が置いてある。この本には、この辺り一体の地図資料が複数の年代分まとめてあった。

 そっとページを開く。


 『あの湖についてだよね?』

 『ああ、載ってるか?』


 ゆらの言ったとおり、目当ては野宿しようとしたときに見た、あの湖についてだ。

 スマホで地図検索をしたところ、宮白山の周辺に湖はなかった。しかし一応、図書館の資料で確かめておきたい。本当にないのか。また、昔から存在しなかったのかを。


 ゆらがページをめくる。この地図は線が太くてかなり見づらい。表記をみると、明治時代に作られたものらしい。

 やがて、ゆらがページの一点を指さした。


 『あ、見て!これ、あるよ、湖!』

 『っ!……確かにあるな。少なくとも、昔はあったんだ』


 見づらい地図を何度も確認するが、間違いない。宮白山の西辺りに湖が存在している。

 ゆらをせかして、他の年代の地図地図にも目を通して貰う。

 そして、


 『あれ、なくなった……?』

 『埋め立てられたんだろうな。その頃はちょうど高度経済成長期だ』


 湖が消え、住宅地に変わっていた。まず、埋め立て地となったのだろう。

 一応だが現在の地図も確認してもらう。携帯で見たとおりで、ため池などの新しい貯水池が出来たということもなかった。

 つまり、俺たちはとっくの昔に消えた湖の姿を目撃したことになる。


 『これはつまり、ボクたちは明治時代にタイムスリップしたってこと?』

 『明治に限らず、高度経済成長期以前だな。でも、タイムスリップというよりかは、何というか……。こう、別の領域に迷い込んだって感じじゃないかな』


 タイムスリップは、何か違う気がした。

 むしろ昔の、神様の力が強く信仰されていた時代をそのまま保った領域だったんじゃないかと思う。もちろん、単なる想像でしかないのだけれど。


 『んー、まあ何にせよ、とんでもないところに行ってたんだね、ボクたち』


 ゆらが本を閉じ、引き出しを戻しながらそう言った。全くの同意である。


 『次は?』

 『郷土資料コーナーとかあるかな?一度さっきの案内板まで戻って探してほしい』

 『了解ー』


 ゆらが踵を返し、入り口の方に戻る。


 『郷土資料かあ。何か分かるかなあ』

 『神隠しについてはともかく、宮白神社とか隠し狐とかについては何か資料があってもいいと思うんだよな。移転とかあったみたいだし』


 再び案内板の前に立ち、表示を目で追っていく。

 ……一階にはない、か。二階は……


 『あ、あった。ここ、郷土資料って書いてある!』

 『本当だ。二階か』


 幸い、この図書館には郷土資料コーナーが存在していた。書架の位置を覚え、ゆらが振り返ろうとする。

 しかし、その直前、


 「あれ、神隠しのお兄ちゃん?」


 突然、後ろから声をかけられた。

 神隠し。

 今の俺たちにとってはドキリとさせられる単語だ。ゆらが驚き、とっさに俺と体の主導権を交代する。

 振り返ると、そこには。


 「愛梨ちゃん?」

 「うん」


 きょとんとした顔の愛梨ちゃんがいた。

 後ろには友達らしい小学生くらいの子を三人連れている。


 ……そう言えば、彼女も図書館に行くと言ってたっけか。その後の出来事のせいで、すっかり忘れていた。


 「何してるの、ここで?」

 「え、ああ、少し調べ物をね」

 「ふうん?……もう宮白山に行ってきたんだよね。ねえ、神隠しのお兄ちゃん。今から少し時間あるかなあ?」

 「え?」

 「ちょっとだけでいいから、私たちの自由研究を見ていってくれない?」


 愛梨ちゃんはにっこり笑顔で誘ってくる。

 断れる雰囲気じゃなかった。

 いや、別にいいんだけど。


 ……郷土資料コーナーは、もう少し先になりそうだ。





 



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