第7話 隠れ歌

 「隠し狐について、ですか。いえいえ、そんな、子どもの大切なものを奪うだなんて。そんな恐ろしい神様ではありませんよ」

 

 おばあさんはそう言ってからからと笑う。


 ……あれ?


 「ええ、ええ。隠し狐様は子ども好きの神様でしてね。時折気に入った子どもを連れて行って、願いごとを叶えてくれると言われているんです。何かを持っていくなんてことはありませんよ」


 おいおい。一番気になっていたワードが見事にすっぽ抜けたぞ。どうすんだこれ。


 つい、と非難混じりの目を愛梨ちゃんに向ける。あ、目をそらされた。


 「子どもを隠して連れて行くから『隠し狐』ですが、決して悪い意味ではないんです。むしろいい神様ですよ、隠し狐様は」

 「……おばあちゃんの話は古いんだよ」


 目を明後日の方向に向けたまま、愛梨ちゃんが口を尖らせてボソッと言った。いやいや、言い伝えなら古い方が正しいだろ、と内心でつっこむ。


 『ユウ、どっちが正しいんだろ、これ』

 『そりゃおばあさんの方だろ。はあ、まさかこんなあっさり否定されるとは』


 やっぱり噂なんて、あてにならないか。

 そう、一人ごちた。


 










 


 お見舞いのあと、智惠さんから「そろそろお昼だし、せっかくだからお昼ご飯食べていかない?」というありがたいお誘いを受け、俺は昼食をごちそうになっていた。現在席に着いているのは俺の他に愛梨ちゃん、そしてさっき愛梨ちゃんが言っていたおばあさんの二人。お婆さんは腰が曲がっているがまだまだ元気そうな、優しげな人だった。ちなみに智惠さんはまだ台所で作業中だ。

 俺はおばあさんに宮白神社の参道について尋ね、そのついでに神隠しの言い伝えについて聞いてみたのだが、その返答が冒頭のあれである。ちなみに参道の方は、迷いやすいが道はちゃんとしていて、小学生でも高学年の子なら問題ないだろうとのことだった。


 「むー。学校では皆けっこう噂してる話なんだよ。本当だもん」

 「愛梨ちゃんは今まで、おばあさんに聞いてみたことはなかったのかい?」

 「聞こうとは思わなかったよ。『隠れ歌』については子どもなら誰だって知ってるし、昔っからあるって聞いてたから」

 「隠れ歌?」

 

 聞き慣れない単語に首をかしげる。

 説明してくれたのはおばあさんだった。


 「この辺りで歌われているわらべ歌ですよ。『とおりゃんせ』という歌は知っているでしょう?まあ、言ってみればそれの替え歌と言ったところでねえ。本当は通せんぼの歌ですが、この辺りでは子どもたちがかくれんぼをするとき、数を数える代わりに歌うんですよ」

 「そう!それが神隠しの歌なの!」

 「違いますよ」


 ズビシッと指さし、食いつくように言う愛梨ちゃんをおばあさんはやんわりと否定する。隠し歌とやらが昔からあるのは事実のようだ。おばあさんの話からすると単なるわらべ歌のようだが、愛梨ちゃん曰くその歌こそが神隠しの証拠だという。


 『神隠しの歌かあ。どんなんだろう?』

 『なんなら聞いてみようか?』

 『お願いしていいかな。気になるよ』


 ゆらに頼まれなくても、ここまで来れば俺も気になるところだ。

 平行線の言い争いーーーーもっとも、愛梨ちゃんが一方的に食ってかかって、おばあさんは軽く流しているだけだがーーーーを続けている二人を止め、歌について尋ねてみる。 


 「あの、すいません。その隠れ歌ってどんな歌か聞いてもいいですか。お話を聞いている内に気になってしまって」

 「もちろんいいですよ。愛梨、歌っておやり」

 「え、……まあいいけど」


 愛梨ちゃんは恥ずかしそうにコホンと咳払いした。そしてかなり小さめの、可愛らしい声で歌い始める。照れているのか頬が少し赤く、うつむき加減だったが、歌自体は上手だった。


 少女特有の高いソプラノボイスで短い歌が紡がれる。それは『とおりゃんせ』の節の、かくれんぼのための替え歌のようで、しかし確かに含むものがありそうな歌詞だった。



 

 かくれませ。かくれませ。

 ここはどこの細道だ。

 愛梨様の細道だ。


 どうか助けてくだしゃんせ。

 姿のないもの救われぬ。

 あなたの助けのお返しに

 わたしのおもいをささげます。


 いきはよいよい。

 かえりはまよい。

 まよいながらもかくれませ。



 

 「……こんなとこ。あ、わたしが愛梨様って言ったところは、そのとき鬼だった子の名前が入るの。ね?助けてもらう代わりに、捧げ物がいるでしょ?」

 「……確かに、それらしい歌詞が入ってるね」


 一見するとあなたを信じる代わりに助けて欲しいという神頼みの歌にも聞こえるが、助けの代わりに何かを要求されているようにも聞こえないことはない。 

 わたしのおもい。それがもし夜刀上ゆらにとっては自身の意識だったなら。そんな思考が頭をよぎる。


 「ほらね、おばあちゃん。おもいを捧げるんだよ。お姉ちゃんは意識を隠し狐に持っていかれたんだと思わない?」

 「思いません。神様がそんな酷いことをなさるわけないでしょう」

 「もう!する神様もいるって絶対!」

 

 再び二人は何やら言い合い始めた。

 一応止めた方がいいのかな、と思案するが、俺が動くまでもなく鶴の一声で愛梨ちゃんは黙らせられた。


 「愛梨!お客さんが来てるときに何騒いでるの!今日二度目よ?」

 

 料理の最後の一品を作り終えたらしい智惠さんが、両手にお皿を持って入ってきた。愛梨ちゃんがはっとして姿勢を正す。


 「聞こえてたわよ。まったく、神隠しなんて馬鹿らしいこと。お義母さまもあんまり相手にしないで下さいな。……さ、ご飯は出来ましたし、食べましょう」


 智惠さんも席に着き、四人で手を合わせる。智惠さんの手料理は非常に美味しかった。できる奥様といった感じの見た目を裏切らない見事な和食。ただし愛梨ちゃん曰く、「今日はけっこー気合い入れたんだねー」とのこと。いつもはもっと手抜きらしい。こっそり言ったのがバレて好物を一品没収されていた。


 食事中の話題は学校のことが主だった。智惠さんはやはりというか、神隠しだとかの話をあまり聞きたくはないようで、愛梨ちゃんもそれを察しているのかそれ以上神隠しについては口に出さず、代わりに高校のことなどを聞いてきたりした。


 ……部活動に憧れているとのことだった。足の速さには自身があるらしいので、とりあえず陸上部を勧めておく。もし将来、駅伝などに出るようになったら応援に行ってあげよう。











 

 「それでは、お邪魔しました」


 昼ご飯が済んだ後、もう一度だけ夜刀上ゆらの部屋にさよならを言いに行き、それから夜刀上家を出る。智惠さんが門のところまで見送りに来てくれた上、お土産のお菓子まで貰ってしまった。余り物なので気にせず、お母さんと食べて欲しいと言われたが、見るからに高級そうな和菓子だ。こちらがお見舞いに来たのに良いのかこれ、と思いつつ、相手方の好意を無下にもできずありがたく貰ってしまった。


 「いえいえ、またいつでも来て下さいね。歓迎するわ。あ、あとお母さんにもよろしく言っておいてもらえるかしら」

 「本当にいろいろありがとうございました。お昼をご馳走になった上にお土産まで……。ええ、母にも伝えておきます。では、失礼します」


 頭を下げる。と、そこで。


 「いってきまーす」


 俺と智惠さんが交わしていた別れの挨拶を、ばっさりぶった切るような声が横から飛んできた。横を見ると肩からカバンを下げた愛梨ちゃんが母親に軽く手を振っている。

 彼女も出かける用があるらしく、一緒のタイミングで出ることになった。智惠さんが空気読めと言いたげな顔をしていたが、素知らぬ顔で肩をすくめている。俺としてはまだ小学生なんだから、元気でいいなあと思うのだが。







 「さってと、神隠しのお兄ちゃんは駅まで行くんだよね?わたしもバスで、ここから二つ行ったところの白木二丁目まで行くつもりなの。途中まで一緒に行こう!」

 

 道路に出たあと、愛梨ちゃんは人懐っこい笑顔でそう言ってくれた。

 その申し出は嬉しいのだが、申し訳ないことに俺の行き先は宮白山だ。案の定時間が余ったので既にゆらと相談して決めてある。彼女も隠れ歌の話を聞いて俄然興味が湧いたらしく、一も二もなく賛成してくれた。


 「あー、ごめんね。実はこのあと、宮白山に登ってみようかって思ってるんだ。ちょうど時間があるし、一応見ておきたくて」

 「ええっ、そうなの!?うう、それならもう少し遅く出てもよかったかなあ」

 「いや、本当ごめんね。言うの忘れてたよ。何か思い出しでもしたらちゃんと報告するから、許してほしい」


 俺に合わせて早めに出発してくれていたらしい。聞かれなかったとはいえこれは少し申し訳ない。今から家に戻るのも気まずかろう。

 愛梨ちゃんは残念そうな顔をしながらも、「いや、わたしが勝手に思ってただけだし別に……」と言ってくれた。もちろんそのあとに、「でも報告は絶対だよ!」と言うのも忘れない。割と期待してくれているみたいだった。あまり期待されても困るのだが。


 「あ、じゃあ宮白山の入り口までは案内してあげる」

 「え、いいのかい?」

 「いいのいいの。すごく近いし、約束の時間まで余裕あるから」

 「いや、重ね重ね悪いな」


 愛梨ちゃんに先導して貰い歩き出す。バス停とは反対方向だ。わざわざ遠回りしてくれるらしい。あてが外れたというのに、機嫌よく前を歩いてくれる。少し反抗期の始まりかけかと思うような部分も見られたが、はきはきとした人懐っこい良い子だ。

 

 「……何だか楽しそうだけど、このあとは友だちと遊ぶ約束があるのかな?」


 何となく話題を探して、今思ったことをそのまま聞いてみる。愛梨ちゃんは首を横に振り、しかし待ってましたとばかりににこっと笑って説明してくれた。


 「あはは、そう見える?友だちとの約束はそうだけど、遊ぶんじゃないの。ほら、さっき言ってた神隠しの自由研究、あるでしょ?あれ、実は共同研究なの。今から一緒にプリント進めようって約束してたんだ!」

 「ああ、そうだったんだ」


 そう言えば誰かに教えてあげなくちゃ、ということを口走っていたっけか。

 

 「神隠しのお兄ちゃんのおかげで、新しいことが分かったし、早く皆にも教えてあげたくって。ふふ、今日はプリントをけっこう進められそうな気がするなー」

 「うーん、あまり大したこと言えてない気がするんだけど、まあ力になれたなら嬉しいよ」


 嬉しそうな様子をみて、俺も嬉しくなったーーと言いたいところだがむしろ冷や汗が出て来た。


 彼女に語ったのは思い出したことではなく夢で見たことだ。別に嘘をつくつもりもなかったのだが、お見舞いの方便で昔を思い出したと言ってしまい、そのままつい詳しい部分まで話してしまった。

 あの妙にはっきりした夢の内容を考えると昔の記憶を夢で見ている可能性は高いと思うが、夢が当てにならないのも事実。詳細部分は完全に蛇足だった。まさかあんな単なる情景から考察が進むとは思わなかったのだ。

 俺の夢の内容を大真面目にまとめて先生に提出すると言われて、かなり罪悪感を感じる。しかし上機嫌な少女を前に、今さら訂正することなど出来ようはずもない。


 「……それ、むかーしの、朧気な記憶だからね。細かい部分まで合ってるかは自信がないんだけど……」


 そう、ぼそぼそと付け加えることしか出来なかった。もちろん愛梨ちゃんがまともに聞くはずもない。


 「はいはい、分かったって。……あ、ほら、あそこが宮白神社の入り口。ね?近いでしょ?」

 「あれ、もう?」


 俺の付け足しを軽く流し、愛梨ちゃんは前を指さした。その先には、何か書かれた石柱が一本とかなり朱のあせた鳥居、そして石畳の階段が見える。もうついたらしい。というか、ほぼ夜刀上家の裏手だ。

 

 「本当に近いんだね。いや、管理者ならそれも当然なのかな」

 「さあねえ。……本社はあのすぐ上だけど、もしかして分社の方まで行くつもり?」

 「一応そのつもりだよ。ああでも、迷いやすいんだって?」

 「うーん、確かになぜか参道が幾つかあって、迷いやすいと言えばそうだと思う。でも宮白山自体そこまで広いわけでもないし、適当に歩いてもその内つくと思うよ。それでも、上まで行くならけっこう歩くけど」

 「どのくらい時間がかかるかな?」

 「んー、一時間くらい?なんかね、前おばあちゃんが言ってたけど、昔は上の分社の方が本社だったんだって。でも遠すぎてお参りするのが大変ってことで下にもう一つ作ったらしいの」

 「へえ、そんな経緯が……。確かに一時間は大きいな。って言うかそれ、下の方が分社になるのでは?」

 「言われてみればそうだねー。でも下の方が新しいし近いし、皆こっちを本社って呼んでるかな」

 「ふうん。……ちなみにご神体の移動なんかは?」

 「さあ、どうだろ?分かんない」


 そんなことを話していると、もう参道の目の前まで来ていた。愛梨ちゃんとはここまででお別れだ。ちょっと残念そうな顔をしてくれる愛梨ちゃんに、案内ありがとうと言って手を振る。


 「それじゃ、ここまでありがとうね」

 「別にいいよー。じゃあ、神隠しに遭わないように気を付けてね!」

 「縁起でもないこと言わないでくれ……」

 「あっはは。じゃーねー。また何か分かったら連絡よろしくー!」

 「はいはい。それじゃあね」


 最後の最後まで念押ししていった。その期待が重い。出来れば何か思い出させて欲しいと、神頼みでもしたくなってきた。まだ入り口だが、ここからでも届くだろうか。






 愛梨ちゃんの姿が少し遠くになるのを見て、俺もくるりと体を反転させ、石階段を上り始める。鳥居をくぐればそこは異世界だーーーーとまでは言わないが、しかし木々の間の参道はアスファルトとコンクリートの町とは明確に感じる世界が違う。世俗から切り離されたそこはどこか昔に遡ったような、懐かしいような雰囲気を漂わせていた。

 木漏れ日の中を一歩、一歩と登っていく。


 『なんというか、元気でいい子だったよね。ボクも仲良くしたいなあ……』

 

 登り初めて二十歩を数えた辺りで、ゆらがぽつりとそうこぼした。


 『やっぱりお前も話したかったか?』

 『えーと、そうじゃなくて……。いや、もちろん話してみたいなとも思ったけどね。その、ボクって嫌われちゃってるみたいじゃない?元の体に戻れたとしても、仲良くしてくれるか不安で……』

 『確かに、彼女の事情を考えると複雑ではあるよな』

 『本当、出来れば仲直りしたいんだけど。なんとなく気が合いそうだし』

 『はは、それは違いない』


 元気でいい子っていう印象は、俺がゆらに対して抱いている印象と同じだ。根が素直な元気っ子どうし、気が合うだろう。本当に姉妹だとしたら、けっこうお似合いだと思う。


 『仲直りねえ。そもそも、まだ仲違いもしてないだろ。話したことすらないんだから』

 『いや、そうだけど嫌いって……』

 『そう言ってたなあ。でも、俺は大丈夫だと思うぞ?』


 俺としては愛梨ちゃんが夜刀上ゆらに向ける感情は複雑ではあっても、決して負の方向に大きく振れているわけではないと感じた。もっとも、あくまで想像で推し量っているだけではあるのだが、しかし彼女はさっき、素直に胸の内を吐露してくれた。その言葉をそのまま受け取るなら、そう悪く思われている訳ではあるまい。


 『しっかりした子だし、姉の状況はちゃんと分かってた。あの子の憤りはお前じゃなくて、昏睡そのもの……つまり神隠しとかに向いてたんじゃないかな。好きか嫌いかで言えばって前置きしてただろ?今までのことで印象が良くないのは仕方ないけど、逆に言えばその程度だって。お前を本気で嫌っている訳ではないと思う』


 『そう、かな』


 歩きながらあの部屋でのやり取りを思い出す。ゆらが危惧しているとおり、姉を疎ましく思う気持ちはあるのだろう。だが、姉が悪い訳ではないと理解はしていたと思う。一応、哀れむ様子もあった。鬱憤の方が上回っていたようだったが。


 『好き嫌い以前にって始めは言ってたよな?彼女はお前のことを何も知らないんだし、今は多分、本当に目覚めてくれさえすれば構わないんだよ。でも、家族を大切に出来る子だ。最初は多少ぎくしゃくするとしても、お前が家族として歩み寄れれば、きっと仲良くもなれるだろうと思う』


 『うん。……ありがとう』


 ゆらは俺の言った愛梨ちゃんの様子を改めて思い返している様子だった。素直な性格の分、慰めや説得もしやすい。


 今ゆらに語ったのは下手な慰めなどではなく俺の本心だ。思ったことをそのまま言った。頬を抓るという行動から一見酷く嫌っているようにも見えるが、多分あれはいい加減目を覚ませという意思表示であって、傷つけようという意志はなかったと思う。眠り続ける姉に色々と思うことがあっても、目覚めさえすれば解決するはずだ。


 ……ただし。

 仲良くなれると言うのは、あくまでゆらが夜刀上ゆらだったらの話である。


 『つっても、実際のところはどうなんだろうな……』

 『え?』

 『いや、なんでもない』


 ゆらには首を振って誤魔化したが、現実はそう上手くは行かないだろう。


 実際のところ、夜刀上ゆらが本当に目覚めたところで彼女の時間は三歳で止まったままのはずだ。加えて十五年の昏睡で筋力は最低まで落ち、手も足も棒きれのようだった。はっきり言って、介護必須だろう。そうなった場合幼い精神と不自由な体を抱えた姉に、愛梨ちゃんがどんな感情を抱くかは未知数だ。

 妹のような姉と思ってくれるだろうか。もしくは迷惑だとしか感じないだろうか。

 上手く受け入れて、家族として愛情を持って接してくれればいいが、それが出来なかった場合……


 「……ままならないもんだよなあ」

 

 ぽつりと、そんな言葉が飛び出した。

 足を動かしながらだが、ちょっと黄昏れてみる。

 ゆらが首をこてり、と倒すようなイメージと共に『え、何が?』と聞いてきた。そんなよく分かっていないらしい様子が、今はちょっぴり羨ましいかもしれない。

 

 『いや、なんでもないよ』

 『そうなの?……その、やっぱりボクもユウが言った通りだと思うよ。ありがとう、教えてくれて。うん、なんか元気出て来たよ!』

 『それはよかった』

 『うんうん!よし、頑張って神隠しの手がかりを探そう!大丈夫、きっと何とかなるよ。だからユウも元気だして!』

 『む……』


 元気づけてやろうと思っていたはずが、逆に気遣われてしまうとは。


 思考を切り替える。

 とりあえずゆらは元気を出してくれたみたいだし、彼女を慰めるために言ったのだから、これで十分。そも、夜刀上ゆらが目覚める当てもないのに、部外者がそんなことを考えても不毛なだけだ。それに、あの家族なら彼女が目覚めてさえくれれば、本当に何とか出来てしまえるんじゃないだろうか。



 『大丈夫だ。ありがとな。……さて、と。じゃあ登って行くわけだが……代わるか?』


 気を取り直してゆらに尋ねる。元はと言えば彼女が外を歩きたいと言ったのがここに来たきっかけだ。俺一人なった今は、どちらが表に出ても問題は無い。


 『あ、そうだったね!ええと、じゃあお言葉に甘えまして……』


 その言葉と同時に、あの引き込まれるような感覚がした。感覚は薄れ、体の自由は利かなくなる。

 そして一拍の間をおいて、



 「ようしっ!じゃー宮白山探検にしゅっぱーつ!!」


 『おー……』



 ゆらが左手を突き上げ、大声で元気よく叫んだ。誰も見ていないとは言え、それでも恥ずかしさを感じる。止めるようなことは言わないが、羞恥心から返す声が細くなる。


 もちろん、ゆらはそんなこと気にしない。

 とっても楽しそうに、辺りを見回しーーそして、跳ねるように走りだした。


 ……山道を。割と全力で。


 「よし、行こう!」

 『いや待て、そんなに焦るな。別に走らなくても大丈夫だ』

 「ふふん、大丈夫!しっかり掴まって!」

 『どこに!?……後でバテるから走るのは止せって!』


 元陸上部とは言え、山道を突っ走り続けるほどの体力は持っていない。


 ……だからホント歩いてくれ。おーい。




 「……暑いね」

 『走るからだ』


 ゆらは走るのをやめてくれたあとも、意外にテンションが上がっていたのか、一段飛ばしでぐんぐん登っていった。かなりペースが速い。いや、別に神社は逃げやしないって。


 ……あと、走り出したときに右手に持ったお土産の袋は割と容赦なく揺れていた。お菓子、形が崩れていないといいのだが。

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