第5話 睡る少女

 バスを降りると、目的地のすぐ傍だった。太陽の眩しさに目を細め、手でひさしを作って目線を上に向けると、青々と木が生い茂るかなり大きな山が視界を覆う。

 この緑豊かな山が母の言っていた宮白山。聞いた話だと、その少し登った場所にくだんの宮白神社があるという。



 『うう、止まるボタン、押してみたかったなあ……』

 『すまん、俺もすっかり忘れてたわ。次の機会があればまた押させてやるから、そんなに気を落とすなって』

 『う、そうだね。よし、帰りこそは!』

 『悪いけど帰りは駅のバスターミナルまでだから、降車ボタンを押す必要はないな』

 『うぐぅ……』



 少し気落ちしているアイツを慰めつつ、ときに突き放しつつ、少し古い町並みの中を歩く。夜刀上ゆらの家は山の麓にあり、バス停からは五分もかからない。地図を確認しながら、山に沿って歩道を歩く。


 大して時間もかからず、彼女の家に到着した。 


 「……ついた」

 『わ、大きい……』


 大きい。第一印象は正にそれだ。

 白い塀に囲まれた、純和風の豪邸だった。

 夜刀上家は歴史のある名家だと母から聞いていたが、こうして家の前に立つと一般市民でしかない俺はどうも気後れしてしまう。自然と背筋が伸びた。


 表札に『夜刀上』と書かれているのを確認し、インターホンを押す。ピンポーンというお馴染みの音に、はーいという声が返ってきた。少し緊張しながら用件を伝える。


 しばし間を置いて、ガラリと扉が開いた。同時に明るい色の洋服を着た妙齢の女性が顔を出す。夜刀上ゆらの母親の智惠さんだ。昨日見た写真に写っていたので分かる。俺と同い年の娘がいるとは思えないほど若い見た目の、大和撫子風の綺麗な人だ。


 「悠一君ね。ようこそ、来てくれてありがとうね。暑かったでしょう?さ、上がって上がって」

 「お邪魔します」

 『おじゃまします』


 門をくぐり、庭を歩き、玄関に到着する。智惠さんが「悠一君来てくれたわよー」と言いながら扉を開けた。そのまま玄関で靴を脱ぎ、彼女に続いて幅が広い廊下を歩く。


 『広いねー。掃除とか大変そう』

 『お手伝いさんとか雇ってるのかもな。確かに大変そうではあるけど、こういう広い家って少し憧れないか?』

 『うんうん、いいよね部屋たくさんあって!和風で!うーん、でも実際に住むと落ち着かなそうかも?』

 『あー、かもな』


 感想を言い合いつつ歩き、そのままリビングに通される。この部屋はフローリングの洋室だった。


 「お茶とカルピスと、あとオレンジジュースがあったかしらね。どれがいいかしら?あ、コーヒーと紅茶もオーケーよ」

 「ありがとうございます。えっとそれなら……」


 『どうする?俺はどれでも構わないが』

 『ボクもどれでもいいよ』

 『そうか。なら……』


 「お茶でお願いします」

 「ええ」


 お茶と聞いてアイツからちょっぴり落胆した雰囲気を感じたが、さすがに無視する。内心欲しいものがあったなら、遠慮せず言って貰いたいものだ。


 智惠さんは冷蔵庫から冷たい麦茶を出してくれた。加えて戸棚から茶菓子を出してから席に着く。この部屋はクーラーが効いているとは言え、さっきまでは暑い中を歩いていて少しのどが渇いていた。ありがたく麦茶を貰い、のどを湿らせる。


 「ふう。……突然お邪魔してしまってすいません。昨日の今日で急だったでしょう?」

 「いえいえ、そんなことはありませんよ。遠いところからありがとうねえ。ゆらもきっと喜ぶわ。そうそう、お母さんは元気にしているかしら?電話で話した限りでは変わりなさそうだったけれど」

 「今日は残念ながら都合が悪くて来られませんでしたが、元気ですよ。最近は趣味にも力を入れてるみたいで、少し前にもドラマのロケ地巡りなんかを歩き回ってました」

 「あらあら、ドラマ好きは学生時代から変わってないのね」

 「あー、昔っからなんですね。そう言えばかなり前のビデオテープとか、たくさん家に残ってます」

 「ふふ、昔は結構いろいろ追っかけてたからねえ。お気に入りを見逃したときなんか、まあ大騒ぎして……」

 「ええ……」


 世間話をしていると、母がいたら耳を塞がれて追い出されそうなエピソードがちょいちょい飛び出してきていた。自分の母親にもはしゃいでた時期があったんだなと思うと、結構面白い。

 そんな俺を見て、智惠さんはクスクスと上品に笑った。

 

 「あの頃は楽しかったのよねえ。懐かしいわ。あの頃のメンバーともすっかり疎遠になっちゃって、最近は年賀状でしかやり取りしてなかったし。電話が来たときは驚いたわ。随分話し込んじゃった」

 「本当、急にすいません」

 「そんなことはないのよ。久しぶりに話せて楽しかったし、それに今日お見舞いに来てくれたことは本当に嬉しいわ。あの子のところに身内以外の方が来てくれることはめったになかったから」


 そう言って、最後は少し悲しそうな顔で微笑んだ。

 俺も曖昧な顔になってしまう。意識を失ったのが三歳のときなら、そりゃお見舞いに来る友人知人は限られるだろう。彼女本人の友達と言えるのは、俺くらいのものなのかも知れない。

 

 「もう随分前のことになるんだけど、一緒に遊んだの、覚えているかしら?」

 「それは……すいません、ほとんど覚えてないです。でも、最近ふとしたことで神社で一緒に遊んだのを思い出して、それで母に話を聞いて……」

 「あらそう、覚えてたのね。……何して遊んだかも覚えてる?」

 「……いえ。参道を手を繋いで登ったこと、ぐらいです。思い出したのは」

 「そう……」


 顔に影が差した。

 可能性は低いと分かりつつも、神社で迷子になったときに何があったのかを知っているのではと期待していたのだろう。無性に申し訳ない気持ちになる。


 『ボクのことはともかく、夢のことも言わないの?』

 『んー、言ってもいいけど、別に言ったところでなあ……』

 『あと、参道を登るじゃなくて降りてなかったっけ?』

 『いや、そんな些細なこと気にしなくてよくない?』


 言葉の綾というやつだ。


 「参道をね……。そう言えば宮白神社に行ったときも、ずっと手を繋いでたわね。ふふ、よく覚えてないかも知れないけど、ゆらとはとても仲良くしてくれたのよ」

 「あ、分かります。母にそのときの写真を見せて貰ったので。どの写真でも一緒に楽しそうに遊んでて、覚えてはないんですが、なんだか懐かしい感じがしました」


 『え?懐かしかった?』

 『……嘘も方便ってやつだ』


 いちいち横槍を入れるアイツを軽く嗜める。人と話しているときに茶々を入れるのは気が散るのでやめて貰いたい。



 「そう言えばあのときゆらが……あら?」


 「あ」



 そのとき、智惠さんの話を遮るようにリビングのドアがガラリと開いた。音に反応してそちらを見ると、小学生くらいの女の子が意表を突かれたような顔で立っている。誰?と目が雄弁に語っていた。


 「ちょ、ちょっと愛梨。何そのだらしない格好は?お客さんが来てるのよ」

 「あ、お母さん、えっとこの人は……」


 こちらに目を向けてくる少女は、写真で見た夜刀上ゆらによく似ていた。小学校高学年くらいだろうか。順当に成長したらこうなりそう、と思うくらい顔立ちに重なる部分がある美少女だ。くりりとした目と肩で切り揃えたショートカットは、より活発な印象を与えてくる。

 が、伸びたTシャツにボサボサの髪と、格好は完全に休日モードだった。


 「昨日話したでしょ?お姉ちゃんのお見舞いに来てくれた葛葉悠一君よ。聞いてなかったの?」

 「あ、ああ。あの神隠しの」

 「ちょっと、愛梨!?」

 「え?」

 『神隠し?』


 少女は気になる発言のあと、『ヤバっ』という顔をしてぱっと逃げてしまった。残された智惠さんが怒鳴るのをこらえるように言葉を詰まらせる。そしてはあ、と溜め息を吐き、席を立ってドアを閉めた。


 「ごめんなさいね、恥ずかしいところを見せちゃって。次女の愛梨よ。全く、夏休みだからってだらけちゃって」

 「いえ、別に。しかし神隠し、ですか?」

 「ああ、それは……」


 気まずそうに目を逸らす。

 別に大したことじゃないんだけど、と前置きして、


 「ほら、ゆらが意識を失ったときのこと、お母さんに聞いたでしょ?あの子の昏睡は本当に原因が不明で、……それに神社での出来事だし。あのときの状況も相まって神隠しに遭ったって噂になってるのよ」

 「神隠しですか……」


 言われてみれば確かに、子供が神社で消えて戻ってこなくなるなんて神隠しそのものだ。まさかあの夢って神隠しで迷い込んだんじゃあるまいな、と妙な想像をしてしまう。


 「あんまり気にしないで。単なる噂だから。でも、そうね。せっかく来てくれたんだし、続きはゆらの部屋で話しましょうか。あの子も賑やかな方が楽しいでしょうし」


 そう言って智惠さんは、閉めたばかりのドアを再び開けた。俺も席を立ち、お見舞いに持ってきた果物だけ持って後に続く。


 『とうとうボクに会うんだね。う、なんかドキドキするかも』

 『お前と決まった訳じゃないけどな』


 緊張したような声で話すアイツにほぼ反射的にツッコミを入れる。

 そう言う俺も少し気が張り詰めていた。あの夢の手ががりとか、引いてはもし二重人格の原因があの夢で見た頃にあるなら、そのきっかけとか、何かしら分かるかも知れないという期待がある。単に人一人が寝ているだけだろうとは思いつつも、そんな期待をしてしまう。


 『過度な期待は禁物って分かってるのになあ。さーて、鬼が出るか蛇が出るか』

 『出ないよね?』

 『そりゃ出ないだろうけど』


 まあ、山の近くだし蛇くらいはいてもおかしくはないが。

 









 「こっちよ。さ、入って」

 「あ、はい」

 『おじゃましまーす』


 案内された部屋の中に入る。

 ベッドと棚や机が置かれた、殺風景な部屋だった。広さは十畳ほど。床に敷かれたカーペットや洋風の家具で雰囲気が変わっているが、一応和室だ。カーペットの下は畳で、壁紙も落ち着いた色合いのものが使われている。


 ……いや、殺風景という表現は正確ではない。

 ベッドの横の棚にはお見舞いの品であろう小物が置いてあり、そばの丸テーブルには読みかけらしき栞の挟まった本が、本棚には医療関係の本や辞書などが置いてある。手前のタンスやクローゼットの上にはどこかのお土産らしきものが並べられており、使われたことのないであろう、綺麗なままの縫いぐるみもあった。綺麗に整頓されてはいるものの、雑多な感じは否めず、生活感自体はある。


 ーーーーしかし、年頃の少女の部屋と考えれば、やはり殺風景という表現が似合う。


 「…………」


 智惠さんの後に続き、ベッドに近寄る。

 一人の綺麗な少女が眠っていた。写真で見た彼女の面影を強く残している。

 この子が夜刀上ゆらだ。ようやく会えた。


 ……ようやく?

 何言ってんだ俺。昨日の今日で会いに来たってのに。


 『可愛い子だね。テレビに出てもおかしくないよ。あれ?これってもしかして自画自賛?ナルシスト?』

 『いやあ、それは客観的な事実で良いんじゃないか?……それよりもどうだ、実際に会ってみて。何か感じるモノとか思い出したこととかは?』


 割と期待して聞いてみるが首を横に振るイメージが伝わってきた。


 『んー、全然。キミは?』

 『いやー、俺もなあ……』

 

 改めて彼女を見る。


 アイツの言ったとおり、アイドルだって目指せそうな相当な美少女だ。長めの黒髪と綺麗に整った顔立ちの清楚系。少し頬がこけているが、それすら守ってあげたくなるようなプラスポイントと化している。さしずめ深窓のお嬢様といったところか。

 手足はか細く、痩せて筋肉も落ちていて、この上なく儚げな印象を与えてくる。触れると折れてしまいそうなほど華奢で、まるで綺麗ではあれど壊れやすいガラス細工のようだった。

 

 『……夢で見たときみたいな、懐かしさを感じるような気はするが……』


 彼女を見た感想は、逆に言えばそれだけだった。何かを思い出すなんてことは一切無い。


 彼女は偶然なのかあの日と似たデザインの、フリルをあしらった白いワンピースを着ている。同年代の男が来るとあって智惠さんがおめかしさせたのだろう。よく見ればうっすらと化粧を施してある。

 顔立ちの方もそんなに大きくは変わっていないし、おそらくあの夢を見たときと同じで、覚えていない昔の出来事に懐かしさを感じているだけだろう。


 

 「どう?本当に、ただ普通に眠っているだけみたいに見えるでしょ?」

 「……そうですね」


 彼女を見つめたまま動かない俺に、智惠さんがそっとそう言った。


 ……正直、それは賛同しかねる。

 身じろぎ一つせず綺麗な姿勢で眠る少女は、まるで芸術品のようで、動き出しそうには見えなかった。


 それは死体ではなく、眠り姫だ。


 生きていることに疑いはなくとも、同時に起きることもないと思わせられる。まるで魔法にかけられた童話のお姫様のようだった。誰かを待つかのように眠り続けている。


 しかし、そんなこと正直に言えるはずもなかった。

 彼女がただ眠っているだけではないことは、智惠さんが一番よく分かっているはずだ。しかしその言葉は本気だった。本気でそれを認めまいと、これは単なる深い眠りで、ふとしたきっかけで目を醒ますのだと、信じようとしている。


 「いつ目が覚めてもおかしくないはずなのよ。お医者様も体は健康そのもので、逆になぜまだ目が覚めないのか分からないっておっしゃってるの」

 「…………」


 智惠さんは目を細めて、そっと少女の髪を撫でた。その様子を見て、俺は思わず息を吞む。

 少し目を細めたりだけ。しかしたったそれだけの表情の変化の中に、どんな感情を抱えているのか。俺には到底想像できない。娘を撫でる手は幼子に対するように優しく、愛情が込められているのが分かる。愛する娘の現状に、どれほど心を痛めているのか、想像できなくとも、伝わってくるものがある。

 何か手がかりがあるかも、なんて軽い気持ちでお見舞いに来てしまったが、ここへ来て頭が急速に冷えていく。持ったままだったお見舞いの果物が、妙に軽く感じた。


 ……十五年間も昏睡が続いているんだぞ?少し考えれば、ことの重さくらい分かったろうに。



 「原因は不明……なんですよね」

 「ええ、そうね。ゆらは健康そのものよ。……十五年間、ずっとそう言われ続けてた。どのお医者様もそうおっしゃったわ」


 ……それはどんな絶望だろう。

 対処法どころか、原因すら全くの不明。

 娘に何をしてやることも出来ず、ただ時間だけが過ぎてゆく。あったはずの少女の、少女でいられる時間が過ぎ去っていく。


 それが十五年間。


 目覚めたところで、彼女の時間は三歳で止まったままだ。


 目覚める可能性という希望は、いつも持っていただろう。今日こそは、明日こそは、そう思い続けてきたのだろう。諦められるはずがない。

 ーーそして、裏切られ続けてきた。


 「そう、原因が不明なのよ。何でこうなったのか、全く分からない。……本当に神隠しなら、何であの子を連れて行ったのか神様に聞きたいわね」


 智惠さんは少しだけ表情を歪めた。

 抑えきれなかったのだろう。

 激情が心の奥底から漏れ出す。

 意図せずに、しかし心からの思いが溢れだす。


 「何度も思ったわ。神様どうしてってね。あの子は悪いことなんて何もしていないのに。なのに、何であの子が、ゆらだけが、どうしてーーーー」




 ーーーーどうして、あなたは帰ってきて、ゆらは帰ってこないのか。 




 最後までは言わなかったが、そう言いたかったように聞こえた。


 申し訳ないような、いたたまれない気持ちになる。覚えていないとは言え、俺が一緒にいたときにこうなったのは事実。俺が原因である可能性すらある。

 軽い、自己中心的な理由でお見舞いに来たことを少し後悔した。



 「……ごめんなさい、少し感情的になっちゃったわね。わたしは部屋の外に出てるから、何か話しかけてあげて下さいな」

 

 そんな意味にも取れてしまうことが分かったのだろう。智惠さんは少しばつが悪そうな顔をして部屋を後にする。去り際に、「さて、愛梨はどこに逃げたのかしら」と呟いたのが聞こえた。可哀相に、叱られるのだろうか。




 『……ちょっと不謹慎だったかな』


 静かになった部屋で、アイツはポツリとそう言った。俺と同じで、軽過ぎる気持ちでお見舞いに来てしまったと感じているらしい。


 『ああ、そうだな。俺も反省した』

 『うん。……でも、愛されていたんだね、ボクって。迷惑かけてるのは申し訳ないけど、それはやっぱり嬉しいかな』

 


 そうだよな。……いや待て。



 『あー、お前はやっぱり、実際に会っても自分は夜刀上ゆらだと思うんだな』

 『え、違うの?神隠しに遭ってキミのところに来たってことで、何もおかしいところはないんじゃない?』

 『いやお前それは……』


 ……コイツには非科学的とか、そういう思考はないのだろうか。まあそれはいい。今更だ。



 ーーーーああ、そういえば。


 それよりふと、考えたことがあった。コイツの呼び方だ。


 正直、そろそろお前だのアイツだの呼ぶのはどうかと思い始めていた。本人がそう認識しているなら、そう呼んでやっても構わないだろうか。 ーー『ゆら』と。



 『……そうだな。それなら、お前のこと、今からはとりあえず「ゆら」って呼んでもいいか?』

 『え?ボク?』

 『そう。暫定的だけど、お前の名前。何時までもお前って呼ぶのもどうかと思ってな。嫌なら構わないが』



 人の名前を借りているようで、少し悪い気もするが、どうせ俺たちしか使わないので問題にはなるまい。別の名前を付けてもいいのだが、せっかく自分で認識している名前があるのだし、多少紛らわしくてもそっちで呼んでやりたい。ついでに言えば、個人的に『ゆら』という名前はしっくりくる良い名だと思うのだ。

 

 『ううん、全然嫌じゃない。むしろ嬉しい!ボクの名前かあ。いいね、うん、これからはゆらって呼んで!あ、ならボクもキミのこと、ユウって呼ぶね!いいかな!?』

 『ああ、それでいいぞ……「ゆら」』

 『!!……うん、分かったよ、「ユウ」!』


 相当に嬉しかったようで、しんみり気味だった空気を吹き飛ばしてくれた。もう少し早く付けてやればよかったか、と苦笑する。


 しかし自分をベッドで眠る少女だと疑っていないコイツ……否、ゆらを見ていると、だんだん本当にそれで合っているのでは、なんて思えてくる。ゆら、と呼ぶようになったのなら尚更だ。ゆらに合わせて、はっきりしたことが分かるまでは彼女と『夜刀上ゆら』を同一と考えて話を進めるのもいいかも知れない。



 ……彼女、か。

 あれ、そうするとゆらは女の子ってことになるのか。……え、ゆらって女の子か?


 『ゆら、お前って……』

 『ん?なに、ボクがどうかした?』


 ……ボクっ娘?

 

 いや待て。もしも、もしも本当にゆらが夜刀上ゆらなら、俺は女の子と四六時中生活を共にしていることになるのか?風呂もトイレも?


 ……いや、これ以上考えないでおこう。これ以上はまずい気がする。



 と、そんな感じで思考が沼に入りかけたときだった。



 「何難しい顔してんの?神隠しのお兄ちゃん」


 突然後ろから呼び掛けられた。はっと後ろを振り返る。


 「え?……あれ、愛梨ちゃん?」

 「うん」


 そこには、首を傾げた愛梨ちゃんがいた。

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