第4話 彼女のいる町

 翌日、俺はまたしても遠出していた。


 駅から出て、すぐ近くのバスターミナルに向けて歩く。改札を抜けると、停留所に何台かのバスが止まっているのが見えた。

 歩きながらポケットをまさぐりメモを取り出す。母が渡してくれたものだ。行き先を確認する。


 (えーっと、白木町行き、か)

 『あ、あそこじゃないかな?あのバスが止まってるバス停』

 『お、そうだ。あそこだな』


 運良くバスの発車前に来ることが出来たようだ。アイツが教えてくれたバスの方に移動し、一応下りる停留所の確認もしておく。よし、間違いなさそうだ。

 さっそく中に入る。あまり混んではいない。俺の他は三、四人と言ったところか。

 奥の空いている席に向かい、腰を下ろす。荷物と持ってきた果物を脇に置き、背もたれに体重を預けた。


 『はっ、止まるボタンがある!ねえねえ、あれ押させてくれない?ボクが押してもいい?』

 『止まる?ああ、降車ボタンな。おっけおっけ、降りる前になったら代わるよ』


 興奮気味の声に押されて、前の座席の後ろ側についている降車ボタンを見る。そう言えばコイツとバスに乗るのは初めてか。最近移動した学校、陸上競技場、動物園はどれも電車と徒歩で行ける場所だった。


 一昨日の動物園でも感じたが、やはりコイツの興味は幼い子供と同じだ。俺も昔、降車ボタンを押したがっていた覚えがある。先に他の乗客に押されてぐずったっけか。

 対して頭脳は俺と同等。英語の長文だろうが微分の計算だろうが少なくとも理解は出来るだろう。俺の記憶を持つのだから当然ではあるが。


 ……何ともアンバランスだ。


 『いいの?やった!降りるのは「宮白山」だよね?うわあ、早く発車しないかなー』

 『あー、もし俺が代わるの忘れてたら言ってくれよ』


 俺の後にも何人かが乗り込んできた。バスのエンジンがかけられる。一応小銭があったかどうか、財布を確認した。

 運転手の慣れたアナウンスと共にドアが閉まる。


 『白木町行き、発車します』


 バスが走り始めた。









 何の気なしに、窓の外を眺める。

 乗り物に乗っているときに手持ち無沙汰になると、多くの人が窓の外を眺めるようになるのではないだろうか。普段はこういう場合、スマホを弄ることが多かったが、そちらに集中してしまっては相手との間に壁を作ってしまう。一人ならともかく、今はアイツに遠慮した。

 それに、話し相手がいるわけで、実は手持ち無沙汰で退屈というわけでもない。


 『おー、わあー。……んー?。あ、ごめん、もうちょっと右を見て貰っても……』

 『はいはい。お、レッカー車か。珍しいな。……そういやお前、バスどころか車に乗るのが初めてだったか。ああ、いや、一回父さんに駅まで送って貰ったな』

 『そうだけど、見る位置が高いし、それに知らない町だしね。面白いじゃない!』

 『確かに、知らない場所ではあるけどな』

 『まだ朝だし時間あるよね?ちょっと降りて寄り道してみても……』

 『悪いけど却下。お前に歩かせると日が暮れそうだ』


 勢いで言われた感じのある提案は即座に一刀両断した。出来るだけ頼みを聞いてやりたい気持もあるが、コイツの好奇心は無尽蔵だ。何気ない日常の光景でさえ、博物館の展示品のように見えるのだろう。時間が幾らあっても足りやしない。

 ちなみにソースは一昨日の動物園。動物のみならず自動販売機や木に止まっていたセミなどにも時間をかけていたのは記憶に新しい。本当に日が暮れるまで歩き回った。


 『ふふ、さすがに冗談だよ。道草は悪いことだよね!先生に怒られちゃう』

 『学校の通学路か。いや、特に時間の指定も無く「いつでも来てくれ」って言われたから、寄り道が悪いとも言わないけどな』

 『そうなの?』

 『……ただ、そもそもの話として、今向かっている目的地も「知らない場所」だろ。町を見たいならそっちでよくないか?』


 正確には幼い頃に一度行ったのだろうが、覚えてないのでノーカンだ。コイツが知らない町を歩きたいだけならば、わざわざ寄り道する意味もあるまい。


 『確かにそうだよね!あ、それならさあ、向こうで時間があったら、少し探検してみない?せっかく遠くまで来たんだし、どうかなあ?』

 『いや、言うほど遠くもないけどな。……でもそれなら、そうだな……」


 ちらりと時計を確認した。この分だと現地への到着は恐らく十一時頃。意識の無い人間のお見舞いに何時間もかかるわけがないので、まず間違いなく時間は十分にあるだろう。

 そして俺には、向こうで探検と聞いて頭に浮かび上がる場所が一つあった。


 『時間があるなら、宮白神社には行ってみたい。そこでどうだ?』


 宮白神社。

 俺と夜刀上ゆらが訪れ、彼女が意識を失った場所。そして恐らくは、あの夢の舞台でもある。行って何が分かるとも思えないが、暇なら行って損はあるまい。

 助かることに、今日は昨日ほど暑くもない。山中にあるらしいが俺の体力ならそう時間もかからないだろう。


 『いいねえ!あの、歩くとき、ボクも少し表に出ても良い?』

 『いいぞ。あー、でも多分道が悪いぞ。大丈夫か?お前歩くとき大体キョロキョロしてるし、景色に集中し過ぎてすっころんだりとか……』

 『う、それは……あるかも。……まあそれくらいは名誉の負傷ということで』

 『普通に不名誉だ。足下にはちゃんと気を付けろよ』

 『はーい!』

 

 悪びれしない元気な声に苦笑しながらも、冗談を言い合える程度には仲良くなれたんだと思うと嬉しくなる。遠慮がちだった姿勢も変わりつつあるようだ。


 ……でもバンドエイドは買っとこうかな。





 そこで一時、会話がとぎれた。

 特に話しかける内容も見つからず、アイツに習って窓の外の景色に集中してみる。至って普通の町並み。余り多くはない車や少し年季の入った住宅が目の前を通り過ぎていく。正直、ちょっと田舎というだけで真新しいものは見当たらない。

 そして、今の俺には気になっていることがたくさんある。コイツのこと、昨日の母の話、そして今から行く目的地のこと。脳の大部分をそちらが占めていて、景色が頭に入ってこない。

 

 『……ねぇ』

 『んー?』

 『……キミは、昨日のことを考えてるの?』

 『まあ、な。あれ、思考が漏れてたか?』

 

 それとも、どこか上の空で答えたのがバレたのか。

 

 『いやあ、やっぱりボクもすごい気になるしね。今向かってるわけだし』

 『お前もか。そうだよな、そっちが気になって景色とか全然目に入らん』

 『え?ボクは景色を楽しんでるけど?』

 『さいで』


 まあ、それは声を聞けば分かる。

 苦笑する俺が窓ガラスに映る。釣られたのか、アイツも少し笑った。


 『景色を見るのが楽しいのは事実だよ。バスは初めてだし。でも、ね。ボクもキミと一緒。心穏やかでは居られてないと思う』


 でも、の部分から声色ががらりと変わった。どこか間の抜けた声に芯が通り、大人らしさが顔を出す。ぐっと真剣味が増した。こんな声も出せたのかと、少し驚いた。


 『これはボクの正体に関わる事だしね。……ねえ、キミはぶっちゃけ、どう思う?ボクは「夜刀上ゆら」なのかな?』

 『……それはーーーー』


 どこか心細げな声だった。反射的に答えを返そうとして、しかし押し黙ってしまう。

 まだ、分からない。答えられない。

 自然と、昨日の母の話が思い起こされる。

 あれを聞いて、ますます疑念が増した。正直、非科学的だという現実的な思考を、状況証拠が上回りつつある。



 ーーーー昨日のことを、思い出す。



 『……二人ともちょっと目を離した隙に居なくなったのよ。本当に大騒ぎになって、必死で探したわ』

 

 ため息を吐きながら、目を細めて溢す絞り出すような声。母は少し躊躇いを含んだ表情のままながら、その時の様子を話してくれた。


 『皆で探し回って、警察に連絡しようかという話になった頃に、あっさり見つかったの。しかも境内からそんなに離れていない場所の、木の根元で。二人仲良く手を繋いで眠りこけてた。その時は私も智恵先輩もほっとしたんだけどね、何があったのか、二人とも全然目を覚まさなかった。揺すっても軽く叩いても眠ったままだったの』


 え?俺も?

 そう、あなたも。

 目だけでそんなやり取りがあった。


 『頭でも打ったのかって慌てて病院に駆け込んだら、暫くすると検査中にあなたはあっさり起きたのよ。だからゆらちゃんもすぐ起きると思ったんだけどね……』


 ……しかし、目覚めなかった、と。


 ついでとばかりに、『あの時、あんたしばらくは落ち着きがなくて大変だったのよ』と悪戯っぽく付け加えてきた。

 どうでもいい。今は俺より夜刀上ゆらである。先を促す。


 『はいはい、焦らなくても話すから。……残念ながら、ゆらちゃんはまだ目が覚めてないみたいなのよね。今に至るまで原因は不明。頭を打った形跡も無かったみたい。体は健康そのものなのに、意識だけが戻らないの』


 ……とまあ、以上であった。

 何とも奇っ怪な話である。母さんが俺に話すのを躊躇う理由も分かった。

 話を聞いたあと、俺は千本鳥居のある、石畳の参道のことを聞いてみた。しかし帰ってきた答えは『そんな覚えはない』という。あの夢があくまで現実にあった事だと仮定すれば、二人で居なくなったときに通ったのだろう。


 アルバムももちろん確認してみた。三十枚以上の写真があり、手を繋いで歩く様子、一緒にご飯を食べているところ、果ては泣き顔まで、いろいろとパシャパシャ撮られていた。その頃の子供は可愛い盛りだったのだろうが、今の俺からするとこそばゆい気分になる。一応、何枚かは抜いて、リュックサックのポケットに入れて持ってきている。

 話の流れでほぼ確信していたが、写真の夜刀上ゆらは、あの夢の中の少女と服装含め完全に一致した。ついでに付け加えると俺の格好も同じだった。

 

 ……ここまで来るとよりいっそう、気の迷いで考えたはずの、俺の第二人格イコール夜刀上ゆら説が成立してしまいそうに見えてしまう。しかし夢は夢として考えた方が現実的なのもまた事実。

 


 『ーーーーまだ、分からない』

 

 いつになく真剣なアイツの質問に対する俺の答えは、そんな煮え切らないものになってしまった。


 『そうかあー』

 『悪いな。俺もまだ、どう判断したものか考えが纏まらないんだ』

 『全然いいよ!何も分かんないのはボクも一緒だしね』


 考えが纏まらないとは言ったが、実際のところ何度も繰り返し思い出しては首を捻り、一応は自分の中で結論は出ていた。しかしその結論は曖昧なものだ。


 現実的に考えれば単なる偶然。二重人格の原因はさっぱりだが、夢の内容とは関係ないと考えるのが普通だろう。しかし関係ないと言い切るには、あの夢は異常過ぎた。どうしても勘ぐってしまう。

 かと言ってコイツの正体が夜刀上ゆらだ、などとは思えない。さすがにそれは俺の右脳辺りの冷静な部分からツッコミが入る。夢と現実との区別くらいつけろと。


 あり得ないと理性で否定しつつ、心のどこかでその可能性に期待しているような状態だ。まあつまりは、本気でそう考えてるわけではない。しかし、夢と同時に二重人格になった辺り、きっかけが夜刀上ゆらの可能性はあるのではないかと思っている。 

 考えが纏まらないと言うより、単に考えたけど分からないと言う方が正しかったかも知れない。


 ……しかし、何も答えを焦る必要はない。特に、今日は。


 『ま、そもそもの話、分からないからこそ何か分かるかもって期待して、こうして足を伸ばしてるんだろ。実際に本人に会えば何か分かるかもってさ』

 『あっ、そうだった。気がはやっちゃって……。うん、そうだよね!行ってから明日にでも考えよっか!』

 『精神的な面の話だから、過度な期待は禁物だけどな。……何かしらの収穫があると嬉しいが、まあそれとは別に、母さんの話を聞くと一回は行っといた方が良いと思うだろ?……お見舞い』


 そう言って脇に置いてある果物に目を移す。



 ……そう。俺は今日、昏睡状態の夜刀上ゆらのお見舞いに来ている。



 写真を確認し、俺は二重人格、夢、夜刀上ゆらの三者に何かしらの関連があることを考え始めていた。だから、母さんに夜刀上ゆらのお見舞いに行けないか相談したのだ。少し迷った様子だったが、すぐに相手方に確認を取ってくれた。結果はいつでも来て下さい、とのこと。とっくに入院から自宅療養に切り替えており、翌日の訪問でも歓迎しますと言ってくれた。

 特に予定もなかった俺は、早速電車に乗って彼女の家に向かった次第である。


 『うん、確かに。行かないより行った方がいいよね!それにボクもあの夢にで出てきた子なら、その辺の事情関係なく会いたいって思うよ!』

 『ああ。何しろ向こうは昏睡状態なんだから、そうそう進展があるとは思えないしな。お見舞いついでに顔を見に行くってぐらいに考えといた方が良いと思うぞ』

 『ん、そーするよ』


 それでいい、と頷いておく。

 自分から期待してるような発言をしたくせにそれかと思わなくもないが、当の夜刀上ゆらは昏睡状態なわけで、俺としても本気で何か進展があるとは考えていない。もしかしたら彼女や宮白神社のことで何か思い出すことがあるかも、と期待して無くもないが、あくまでその程度。気になったから、ついでに暇だったから来たというのが本音である。

 もちろんお見舞いに行きたいというのも嘘ではないが。 

 なんにせよ今ここで議論する意味はない。

 

 ……そう思ったが、アイツはまだ気になる様子だった。気がはやっているというのは本当のようだ。

 

 『ねえ、もしボクの正体が夜刀上ゆらだったとして。……その場合って、ボクはどうなっちゃうのかな?』

 『んー、仮にそうだったとしても、向こうが昏睡から目覚めない限りは何も変わらないんじゃないか?さすがにそこら辺の心配はないと思うが』


 おそるおそる、しかし聞かずにはいられなかったかのような調子で、そんなことを聞いてくる。どうやらコイツは、俺より真剣に自分は夜刀上ゆら説を推しているようだ。


 『そうだよね。……ごめんね?』

 『何が?』

 『いや、その。ボクはもう少し、キミのところにお邪魔させて貰わないといけないみたいで……』

 『……ああ、そういう』


 なるほど。

 今更ながら心細げな声の意味に気付いた。俺が二重人格に関することを調べ始めたことはコイツに自分の存在が邪魔なのではないかという不安を与えてしまっていたのだろう。

 確かに俺の行動は、早く二重人格を解消したいが故にも取れる。もしかしたら俺が原因を気にする発言をするたび心苦しく思っていたのかも知れない。加えてコイツがもし自分のことを夜刀上ゆらという別人かも知れないと認識したならば、その思いも加速したはずだ。


 『……はあ、なるほどね。それ気にしてたのか。気付いてやれなくて悪かったな』

 『え、いや……その』

 『とりあえず俺はお前のことを追い出したいとか迷惑だとかは思っていないから安心して良い。調べているのも単純に気になったからだ。今のところ仲良くやれてるだろ?気の良い話し相手が出来て、俺としても悪い気はしないんだよ』


 わざと呆れたような口調でそう言った。溜息のおまけ付きで。


 これは半分本当で半分嘘だ。迷惑には感じていないし、悪い気はしないというのも事実。しかし今のところは、だ。後々はこの状態を解消したいと考えてしまっている。


 俺の中で一番問題なのは体の主導権を握られていることだ。今は良くても後々体を失う危険が付きまとう。コイツに限ってそんなことになるとは考えにくいが、いつまでも良好な関係を続けられるとは限らない。どうしてもその可能性だけは廃しておきたかった。積極的な調査は、出来れば仲良くやれてるうちに何とか解決策を手に入れたいという思いの現れでもある。


 『そ、そう?ありがとう、とってもホッとしたよ』

 『お前は一々気にしすぎだよ。一心同体って言ってもいい状態なんだから、俺に対してはもう少し肩の力を抜いたらどうだ?』

 『ありがとう、気を付けるよ!』


 喜色に溢れた声を聞くと胸がチクリと痛む。かけた言葉に、今は嘘はない。しかし今は嘘ではないにしても、俺は同時に二重人格を解消する手段を求めている。慰めの台詞も、決して仲違いをしたくないという思惑が混じっていた。


 ……しかし、それでも。今はコイツとの生活を楽しいと感じていることは、それもまた紛れもない事実ではある。


 『まあ、あれだ。それにもし……もしも、お前が意識だけこっちに来た女の子だった、なんてオカルト現象があったなら……それなら元の体に返してあげたいとも思うだろ?』

 『……!』


 最後に冗談めかして付け加えた。心の中に棲むアイツに笑いかけることなど出来ないが、心情的には安心させるような、少し悪戯っぽい表情を向ける。

 少し深刻に考え過ぎたと思った。今はコイツのことを信じて、少しでも関係を深めて長くつき合っていけるよう努力するのが最善策だろうに。


 アイツは少し驚いたようだった。しかしすぐに嬉しそうに……思いも寄らぬ反応を返してくれた。


 『そ、そうだったんだ!もう、早く言ってよ。そう思ってくれてたんだ。ふふ、嬉しいけど、そんなに気にしてくれなくて良いよ?嬉しいけど』

 『お、おう』


 ……あれ?


 以外なリアクションだった。

 俺としてはほぼ冗談のつもりで言っただけで、単なる茶目っ気のつもりだったんだけど。


 すれ違いを覚えるがアイツはそれですっかり納得したようだった。『ボクの考えすぎだったんだねー。よかった』という声が聞こえる。


 『ははあ、お前もしかして……』

 『ん?なに?』

 『いや……別に』


 ……これはそうか。なるほど。

 さっきは俺より真剣に夜刀上ゆら説を推しているなんて言ったが、前言撤回だ。推しているどころではない。コイツは何も分かんないとか言いつつ、内心では自分は夜刀上ゆらだと確信に近いものを持っていたらしい。お前は生き霊か何かなのか。

 多分コイツは幽霊とかUFOとか信じるタイプだ。


 『あー、まあ本当にお前が夜刀上ゆらだったらの話だけどな』

 『分かってるよー。うんうん、そうだよねー』

 『…………』


 駄目だ。聞きやしない。

 とは言え、無理に訂正する必要もないだろう。せっかく喜んでくれているみたいだし。無邪気にサンタを信じる子供を見ているような気分である。



 ……と、そこで、ポーンという電子音が聞こえてきた。



 『ーーーー宮白山です。忘れ物に注意してお降りください』


 『あっ』

 『お、ついたな』


 いつの間にか時間がたっていたようで、バスのアナウンスが流れてきた。

 置いておいた荷物を持ち、降りる準備をする。



 ……んん?何か忘れているような。



 『あ、あー!止まるボタン!!』

 『あ』


 降車ボタンを押す約束をすっかり忘れていた。やばい、と思いつつボタンに目を向ける。

 が、しかし。


 『ありゃー』

 『ああ……』


 案の定、ボタンには赤いランプがしっかりと点灯していた。

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