ブラックサンタがやってくる!

えすの人

第1話 ブラックサンタは夜眠れない

「走れ墓よォ~風のようにィ~♪ 闇の中をォ~怖く惨くゥ~♪」


 なんと酷い歌だろう。

 とても大衆向きとは言えない歌詞。

 外れた音程。

 抑揚のないデカいだけの声。

 歌感ゼロ、むしろ獣の咆哮に近い叫び。


 全世界の音楽関係者に土下座して謝っても許してもらえないくらい悲惨な歌声が聖夜に響いた。声色が良くなければ法的に死刑宣告を受けていたことだろう。しんしんと雪が舞う深夜2時。草木も眠る丑三つ時。日本では邪悪が跋扈する時間帯とも呼ばれているが、実際にそいつは寒空の中を飛び回っていた。


「ヒャッホ~ゥ! メリークリスマス! 今年もサンタがやって来たぜ~ィ! 良い子はいねーかァ! 悪い子はいねーかァ! 今ならもれなく全員にプレゼントをプレゼントぉ!」


 喧しいくらいに元気な少女は遺憾ながら、サンタクロースであった。闇空を駆ける乗物に跨り、手綱をブンブン振り回す。やりたい放題大騒ぎである。しかし、我々の知るサンタクロースとは少し違う。

 空飛ぶ橇は石墓に変わり、橇引く獣は白骨化。袋の代わりに棺を携え、服は赤ではなく黒が主体。そして何より露出が高め。スレンダーボディが丸見えである。よほど体に自信があるのか、あるいは真冬の寒さを感じないほどアホなのか。その両方かもしれない。

 彼女はサンタもサンタ、間違いなくブラックサンタであった。


「主ヨ、自重サレヨ。今宵ハ聖夜トハイエ、未ダ寝ツケヌ輩モ多カロウ」

「だから何?」

「我々ノ存在ヲ知ラレテハ困ルノダ」

「いいじゃんいいじゃん! どうせ今起きてる奴は盛りのついたカップルしかいないんだしさ。ちょっと驚かしてやろうかしら?」

「主ニハ無縁ナ世界デアルナ」

「うるさい! シャラーップ!」


 喋る白骨獣はブラックサンタに鞭でシバかれるとその素早さを増して目的地へと急いだ。風切る寒さは肌に痛く、刃物を押し付けられているような感覚に陥る。ヒリヒリと痛む肌は赤くしもやけになり、始末が悪い。

 それでも、挫けないのがサンタクロースだ。プレゼントは万人のために。聖人であるなら、皆に平等でなくてはならない。腐っても聖人。黒くてもサンタ。求めらるれままに、いざ行かん。

 彼女はプレゼントを求める子供の元へと急行した。


○○○


 街の中心、時計塔のてっぺんに停車した空飛ぶ墓は禍々しく薄汚れていた。ブラックサンタは墓から屋根へ飛び降りると、ミニスカの汚れを手で払い袋代わりの棺をよいしょと背負って麓の広場を見下した。


「主ヨ、墓ノ掃除ハ徹底シテヤルベキダ」

「しーっ! シャラップ! 見てよあそこ。手紙を寄越したのはきっとあの子に間違いないわ」


 広場は噴水を中心に、ベンチと花壇が円状になって配置されている。寒さで噴水の水は凍てつき、花壇にも緑の色は見えない。憩いの場である大きな木も丸裸で冷風に靡くと最後の一枚と思われる枯葉がその身から飛び立っていった。

 とても寂しく、侘しい世界が眼前に広がっている。動くものは植物の屍ばかり。水すら凍てつき、生あるものは存在しない。ベンチの上で1人眠っている少年すら、その対象に含まれるだろう。

 汚れた上着に穴あきズボン。ニットも煤けて手袋はしていない。腕を枕代わりに横たえ、死人のように冷たく瞳を閉じている彼は浮浪者である。住む場所も、食べるものも、着るものにも恵まれていない。その年では働くこともできないだろう。そして、どことなく、愛してくれる人もいなそうだ。子供には庇護が必要なのだ。しかし、それをしてやれる人が周りにいない。彼は孤独のまま死にゆくだろう。


「主ヨ。シテ、彼ニ与エル物ハ何カ?」

「よーっし! 待ってなさい、今渡してあげるから! えーっと、あれでもない。これでもない」


 ブラックサンタはとこからか取り出したバールで乱暴に棺をこじ開けると、中からあれこれとプレゼントを漁り始めた。

 ガチャガチャ、グチャグチャ。

 プレゼントに相応しくないような音が棺から漏れだす。何かナマモノのような、金属のような、或いはその両方が入っているような雰囲気が滲み出ている。棺のデザインも不気味でセンスは最悪だ。プレゼントの内容もたがが知れている。

 しばらくするとブラックサンタは額の汗を拭うような仕草をして、棺からプレゼントを引っこ抜いた。ブラックサンタの手によって選定されたプレゼント、それは小型のナイフだった。


「ふぃ~。よし! これで強くなれ少年よ! 受け取れプレゼントぉ!」

「待テ!」


 温厚な性格に似合わず、白骨獣が声を荒げて言った。


「なにさ?」

「主、マサカ其ノ刃物ヲ投ゲテ寄越スノデハアルマイナ?」

「そうしますけど?」

「バカモノ! アマリニ危険デハナイカ!」

「おまっ、主人に馬鹿とはなんだ馬鹿とは! 近寄って起きちゃったらどうするのよ。存在を知られたら困るって言ったのはあんたでしょ?」

「ヤリ方ノ問題デアル。モウ少シ器用ニ立チ回ラレヨ」

「大丈夫だって。私に任せなさい!」


 白骨獣の制止を振り切り、ブラックサンタは指先でナイフをくるくると回して見せた。チンピラが喧嘩前に見せるものによく似ている。こいつはプロではない。ド素人だ。白骨獣は後に起こるであろう惨劇に目を伏せ耳を伏せ、祈るばかりであった。


「こほんっ。では、改めて。受け取れプレゼントぉ!」


 もはや誰にも止められない。投擲され、ブラックサンタの手元を離れる小型ナイフ。それは真っ直ぐに少年を目掛けて飛んで行った。速度十分。角度、向き、共に良好。鋭い刃は風に揺らぐことはなく、枯葉に邪魔されることもなく、完璧に完全に無欠にパーフェクトに少年のもとに到達し――。


 ――深々と肩に刺さった。


「ぎゃあああああああああぁ!!」


 少年は起きるより先に苦痛による叫びを発した。骨にまで到達しているだろう根元までめり込んだナイフとその傷口は痛々しく、溢れる鮮血で雪は深紅に染まっていった。彼は恵まれた存在ではない。お金もなければ薬も持ち合わせていない。手当をする人もいないし、浮浪者を匿う御人好しも存在しない。では、骨まで達した刺し傷を一体どうするのだろうか。

 傷は膿み、腐り、白骨が露出する。その腕をぶら下げた生者を人は生者と呼ぶだろうか。浮浪者よりたちの悪いアンデッドを忌み嫌い、今まで以上に遠ざけるだろう。死ぬより辛い生き地獄だ。少年は死と孤独に一歩近づいた。

 たまらずベンチから転げ落ち、自らの血の海にその身を浸す少年を、ブラックサンタは歯をガタガタ震わせながら眺めていた。


「どどど、どうしよう……」

「結果ハ、ワカッテイタ」

「どうして教えてくれなかったのよぅ……」

「モウ何モ言ウマイ」


 少年の悲痛は続く。叫び、転がり、血と雪が寒さで固まり、真っ赤な雪だるまが完成してしまった。


「これが本当の血だるま……」

「呆レタモノヨ」

「あっ、でも見て!」


 途端、少年に変化が生まれた。涙が枯れたか。痛みで気が狂ったか。今後の人生に絶望を抱いたか。

 否。それはすべて否だ。

 少年は痛みに耐えながら不器用に立ち上がり、そしてニコリと笑った。


「ありがとうサンタさん。これで……ママを殺したあの男に復讐ができるよ」


 涙をすすり、息を止め、一息に肩からナイフを引き抜いた。

 金属に塞き止められていた血液は行き場を見つけるとすぐにあふれ出し、彼の空洞を赤で満たす。傷口を手で押さえ、薄暗い街灯を頼りに、赤く凍った少年は街へと消えて行った。

 広場に残ったのは、悲劇を物語る赤だけだった。


「一件……落着よね。あの子、どうなっちゃうんだろう?」

「ツケテ見テハドウカ?」

「いや、そんな時間はないわ! まだまだプレゼントを待ってる子供たちがいるもの! 急がないと夜が明けちゃう!」


 ブラックサンタは棺に釘を刺し蓋をすると、よいしょと持ち上げて墓に積み込んだ。そして自らも墓に飛び乗ると、鞭で白骨獣をシバき、次なる子供の元へ急行した。


「走れ墓よォ~風のようにィ~♪ 闇の中をォ~怖く惨くゥ~♪」


 いつものように酷い歌声を撒き散らしながら、ブラックサンタは闇夜を疾走する。もはや誰にも止めることのできない、止める権利のない絶望の疾走。

 聖夜に乞えば即惨状。絶望振り撒くブラックサンタ。


○○○


 『メメントモリ』

 誰にでも平等に訪れる。酷く、惨く、残酷な結末。

 未熟なサンタは、未だそれを理解できないでいる。

 ブラックサンタは平等に、公平に絶望を届けに悪夢の聖夜を駆けて行った。

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