第6話 手を繋ぐよりも近い・・・

 バレンタインデーの翌日、世間が早くもホワイトデー商戦に入ってる中、俺は学校へ登校していた。


「押野くん、今朝はなんだか嬉しそうな顔してるね」


 隣には、石井さん。彼女が歩いている。

「そ、そうかな?」

 おそらく俺は今、石井さんが言うように嬉しそうに、ふやけた顔をしているだろう。

 それもそのはず、昨日はバレンタインチョコを貰い、翌日早々に一緒に登校できているのだ。俺にとっては、こんな些細なことがとても嬉しい。


「そうだ、昨日はありがとね」

「う、うん。お口に合ったようでなによりです…」

 昨日家に帰ってからLINEでも伝えたが、もう一度直接伝えたかった。

 俺が感謝の言葉を述べると、石井さんはモジモジと、とても恥ずかしそうな仕草をとる。

 それを見ていると、こっちまで恥ずかしくなってくる。


「そ、そうだ!今日は一緒に帰らない?昨日帰れなかったし」

 俺もとても恥ずかしくなってしまったので、話題を切り替える。

「そ、そうだね!一緒に帰ろう!…というか、一緒に帰りたいな」

 ぐはっ!効果は抜群だ。なんだよそのセリフは、反則すぎるだろ。


 その後も、他愛もない会話をしたり、石井さんにドキドキさせられたりしながら、学校に着いた。


「じゃあ、先に教室行ってるね」

「あぁ、また後で」

 学校に着いたら、下駄箱で一旦お別れだ。一緒に教室に入って、クラスメイトに付き合ってるのがバレるのを避けるためにだ。

 まぁ、一緒に校門に入ってくる時点で、バレそうなものであるが。


「ねぇ、押野君と一乃いちのって付き合ってるでしょ?」

 ほら、こんな風に。

 ん?こんな風に……?あれ?

 俺は恐る恐る、後ろを振り返る。

 するとそこには、石井さんとよく一緒にいる亜影あかげさんが立っていた。

 ショートカットで小柄な女の子だ。俺の印象では、落ち着いた子ですごく、石井さんと相性が合いそう。

「や、やぁ、亜影さん。今、なんて?」

「おはよう、押野君。だから、一乃と付き合ってるんでしょ?」

「ええっと……」

 やっぱりバレてるじゃあああああんんん!

 まずい。石井さんとは、他の人たちに俺たちの関係は教えない約束だから。でも、沈黙は肯定と捉えられかねない。

 今ここで取れる手段は……。

「おっと!もう、こんな時間か、HRに遅れちゃう、早く教室に行かないとぉ!」

 俺はその場から、ダッシュで教室へと逃げる。


「ちょっとぉ!逃げるなんて卑怯だよー!後でしっかり話してもらうからね!」


 後ろで亜影さんが、なにやら言っているようだが今は無視だ。


 その後、HRと1~4限の授業が行われたのだが、その間ずっと亜影さんが俺のことをじっと見据えていた。



「押野~、今日はどこで飯食う、学食でも行くか?」

 昼休みになり、安達がいつものように声をかけてくる。

「いや、今日はちょっと用事があってな、悪いが一緒に食べられないんだは」

 実のところ、予定なんて一切ないが、俺は早急にこの場所から逃げなくてはいけない気がする。


 安達に別れを告げて、教室から出ていこうとしたところで、俺の前に例のあの子が立ち塞がってきた。

「あの、そこ、通していただけませんか?」

「ダメ!後で、話は聞かせてもらうって言ったでしょ」

「それは、亜影さんが勝手に言ってるだけで、俺は話すなんて言ってないんだけど」

「ふ~ん。じゃあ、この写真を、クラスのLINEグループに送るけどいい?」

 そう言って亜影さんが見せてきたのは、俺と石井さんが並んで歩いている写真だった。

「ちょっ!誰かに見られたら、どうするんだ!てか、いつの間にそんな写真を」

「だから、バレたくなかったら、すべて教えなさい」

 この女、おとなしそうに見えて、エグイことをしやがる……。

「……わかりました。話しますから、場所を移しましょう」

 まんまと、屈してしまいました。


 俺たちは学食に移動し、あまり人が集まっていない一角に、向かい合って座った。

「まずは、押野君と一乃は付き合ってるの?」

「そ、それは……」

 言えない。言っちゃいけない。だって、石井さんとの約束だから。

「ほら、言わないと問答無用で、この写真を投下するよ」

 くっ、鬼畜すぎる。てか、これってどう見ても盗撮だよな。

「あの子のことだから、恥ずかしくて皆には内緒にしてるんでしょ。てか、バレバレなのよね。あんなに、一生懸命、押野君のこと見つめて、最近はなんだか毎日嬉しそうで」

 これは、友達だからこそ分かることなのだろうか。

 石井さんが、そんなに俺のことを思ってくれているなんて……。

「ほら、別に誰にも言わないから言いなさいよ。私一人にバラすか、クラス全員に知られるか、どっちがいい?」

「そ、それは……」

 亜影さんだ。亜影さんなら、石井さんの悲しむことなんてしないだろう。つまりは、この約束は絶対に守ってくれるということだ。

 でも、石井さんの許可もなく話すのはとても出来ない……。

「えっとー・・・」


「ちょっと、美里みさと何してるの?」

 必死に悩んでいると、突然俺たちの会話に誰かが入り込んできた。

 振り返ると、少し不機嫌そうな石井さんが立っていた。

「おぉ、一乃いいところに来たね」

「いいところ、じゃないよ!一緒にごはん食べる約束してたのに、勝手にいなくなるんだから…」

「ごめんよ、でもね私には、確認しなきゃならないことがあるのだよ!」

「何よ?」

「ズバリ!押野君と一乃が付き合っているのか否かを!」

「ちょっ!美里…」

 明らかに、石井さんが動揺している。

「一乃の親友としては、やっぱり知っとかなくちゃいけないでしょ」

「それで、朝から押野くんに付きまとってたのね」

 あれ?石井さんなぜそれを?

「ふ~ん、私が押野君に付きまとってるの知ってたんだ。これって、やっぱり押野君が気になってってことだよね」

「うっ…、それは……」

 石井さんが、追い込まれている。

 というか、石井さん、そんなに俺のこと気にしてくれていたのか?

「それに見て!この距離!肩触れ合っちゃってるじゃん!こんな距離、恋人でもない限りこの距離では歩かないでしょ」

 そう言って、亜影さんは例の写真を指さす。

 見ると、確かに俺と石井さんの肩が触れ合っていた。

 いつの間に、こんな距離で歩いていたんだろう。お互い、無意識のうちに近づいてしまっていたのだろうか。

「ふぁ!いつの間に、こんな距離に……」

 石井さんも、顔を真っ赤にして驚いている。

「さすがに、これでは言い逃れできないでしょ。ほら、どうなの?言ってみなよ」

「…っぐ!」

 石野さんが、押されてる。何とかしないと……。


「ちょっと、亜影さん!そろそろその辺で……」

「そうよ!付き合ってる!私と押野くんは、その…付き合ってるの」

 とうとう、耐えられなかったのか、石井さんが今まで隠してきた秘密を暴露してしまった。

「石井さん!?いいの?言っちゃって」

「うん。そりゃ恥ずかしいから、あんまり言いたくはなかったけど、美里は私の一番の親友だからね。隠してるのは、ダメかなって……」

 そっか。俺が、安達に言ったのと同じ理由か。


「やっぱりね。これでスッキリした。最近の一乃は私に対してどっか、素っ気なかったからね。押野君がいるんなら仕方ないか」

「ごめんね、美里」

「ううん、私こそ、無理やり問い詰めちゃってごめんね。この写真は消しとくから」

 そう言って、亜影さんは、写真の削除ボタンを押そうとする。

「あぁ!ちょっと待って!」

「どうしたの、押野君?」

「その……、その写真貰えないかな?」

 俺と石井さんのツーショット。それに、すごく近い距離で触れ合っている。消すのはもったいない。

「ちょっと、押野くん!?み、美里……その、私も貰えないかな?」

「もう、何よカップルは。初々しすぎるでしょ」

 俺は、亜影さんと連絡先を交換して、写真を送ってもらった。


「それにしても、良かったね一乃。ずっと、押野君が好きだって悩んでたから」

「ちょっ!美里……」

「え?そうなの?」

 それは初耳だ。てっきり、俺の片思いだと思ってたから。

「しょっちゅう私に相談してたもんね」

「もう、やめて!バカ!嫌い、美里」

 そうだったんだ。石井さんも、俺のことがずっと好きでいてくれてたんだ。

「押野くんも、なんなのその顔!」

 どうやら、顔がとてつもなくにやけていたようだ。



 その後、放課後になり俺は約束通り、石井さんと一緒に下校をしていた。


「はぁ、今日は散々な一日だった」

 石井さんが肩を落としてつぶやく。

「そうだね。でも、新しい発見もあったから俺は悪くなかったかもって」

「新しい発見って?」

「石井さんが、俺のことずっと好きでいてくれたこと」

「……そ、それは…」

 ボフッ!と、顔を赤くする石井さん。


「……あの、押野くん、もうちょっと寄っていいかな?押野くんに」

 そう言って、石井さんは身体を近づけてきた。

 そう、亜影さんが見せてきた写真の位置ぐらいまで。肩と肩が触れ合う距離だ。


「う、うん……」

「………………」

 その後、しばらく会話が途切れてしまい、お互いの心臓の音だけが伝わってくるようだ。


「あの、これって、もしかしたら手を繋ぐよりも近い距離なのかもね」

 不意に、石井さんがそう言った。

 考えてみれば、手を繋ぐとその分距離が出来てしまうけれど、これならば何も遮る物がないから、非常に近くなる。

「そ、そうだね…」

「手を繋ぐのは、恥ずかしいけど、これなら大丈夫かな……。押野くんは、嫌じゃない?」

「う、うん…。というか、むしろ俺はこの距離がうれしいかな」

 すごくドキドキするが……。

「そっか。なんか、押野くんを近くに感じられるな…」


 そのままの距離感のまま、俺たちはいつもの駅で別れた。


 今日は、本当に色々あった。

 そして、いろんなことを発見できた。

 石井さんも俺のことがずっと好きだったこと、そして、手を繋ぐよりも近い距離。

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たった一人、彼女が出来ればいい アレクさん @arekusan

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