サンタはつらいよ

山田の中の人

サンタはつらいよ


 最近は便利な世の中になったもんで、ワシらサンタ業界は手を焼かされておる。

 暗闇でも撮影出来る高感度カメラや、センサーに触れると警報が鳴る防犯システムが、一般家庭でもお気軽に入手出来てしまうのじゃ。

 その為、どうにかしてワシらを捕まえようとしたり、カメラのフレームに収めようとする輩が後を絶たない。

 困ったもんじゃ。


 遥か上空から目的の一軒家を双眼鏡越しに眺める。

 柵の外には防犯センサーが張り巡らされ、煙突の傍には振動、熱を感知する最新のセンサーが置かれている。


 どうやらこの家もそのクチのようじゃな。

 良い子の家にしかサンタはやって来ないと母親は教えなんだのか? ったく。


 「タロウや、ちょっとこの場で待ってておくれ」


 トナカイのタロウを上空で待機させたまま、ソリから一軒家目掛けて飛び降り、そして屋根まで後僅かというところで体をふわりと宙に浮かせる。


 フン、これくらいの事はワシらも想定済みじゃ。

 こんな事もあろうかと最新式のサンタコスチュームを月賦で買うて来たわい。

 子供達の笑顔を見る為とはいえ、なんでワシらが財布を痛めにゃならんのじゃ……。


 このコスチューム、防弾、防ガス、耐衝撃、超筋力アップ仕様は勿論じゃが、自在に空を飛ぶ事も可能じゃ。

 しかもこのコスチュームを着ていれば、あらゆるセンサーに触れても反応しないという優れモノ。

 見た目はサンタの衣装から大きくかけ離れて、黒くてボディーラインにピッタリとフィットするコスチュームじゃが、まぁそこは上から普通のサンタの衣装を着れば問題ないわい。


 指紋を残さぬよう指先に特殊なクリームを塗る。

 髪の毛一本から人物を特定出来る時代じゃから、髪の毛、髭は全て剃ったし、カツラや付け髭はサンタ協会から支給された物を使用する。

 うっかり市販品でも使おうものなら、落とした一本の毛から購入店を割り出されてしまい、即特定されてしまうのじゃ。

 世知辛い世の中になってしもうたなぁ……。


 ファイバースコープを煙突から侵入させて、室内の様子を窺う。

 手もとでクリクリとカメラの方向を調節しても、リビングにはカメラ等は設置されていないようじゃ。

 暖炉があるリビングには誰も居らぬようじゃが、奥の部屋から微かに声が聞こえて来る。


 「ねー父ちゃん、サンタの野郎まだ来ないの?」

 「そうだなー。今のところセンサーに反応はないなー」

 「とっ捕まえたら動画サイトにアップするんだー。広告料でボクたち大金持ちになれるね」


 ……。


 なんちゅークソ餓鬼じゃ! こんな奴にはプレゼントなんぞやらんわい!


 暗視ゴーグルを装着してから煙突へと侵入する。

 ……煙突が煤だらけじゃ。ったく、サンタの事も考えて欲しいものじゃ。


 これでもくらえ! と声が聞こえるドアの隙間から投げ入れたのは、最新式の超強力無音睡眠ガス。

 本来なら子供の部屋に忍び込んだ時に、子供が起きてしまいそうな場合にのみ使用するヤツじゃ。

 グヒヒ、コイツは瞬時に眠らせるぞい。


 母親は寝室でグッスリと眠っておったのでそのまま放置。

 そして子供部屋のドアを開けたところで異変に気付く。


 子供部屋には二段ベッドが設置されていたのじゃ。

 つまりあのクソ餓鬼以外にも、もう一人子供が居ったのじゃ。

 ワシとした事がうっかりしておったわい。

 下調べで子供が二人居る事は確認しておったのじゃが……歳には敵わんわい。


 二段ベッドの下の階には、気持ち良さそうに眠る少年の姿があった。

 何とも可愛らしいモンじゃわい。


 その二段ベッドには二つの大きな靴下がぶら下がっておって、中にはなにやらメモ用紙が入れられておった。


 『大金が欲しい』


 兄貴であるクソ餓鬼の靴下には、こんな紙が入っておった。

 誰がやるかバーカ! 貴様にはこれがお似合いじゃ! 

 問題集や参考書を靴下ピッチピチに詰めておく。


 そしてスヤスヤと眠る少年の枕元に掛かっている靴下にも、メモ用紙が入れられておったのじゃが、そのメモ用紙を見て言葉を失ってしもうた。



 『サンタさんへ


 まいとしまいとしさむいなか、ぷれぜんとをとどけてくれてありがとう。


 どうしてもほしいものがあるのですが、おねがいしてもいいですか?


 じつはぼくのともだちが、いじめられっこなんです。


 ともだちをまもりたいから、いじめっこにまけないちからがほしいです。


 こういうおねがいはむり、かな。やっぱり。


 ほかにもたくさんのぷれぜんとをくばらなきゃいけないからたいへんだとおもいますが、おからだにきをつけてがんばってください』



 汚くて読みにくい字ではあるが、今まで受け取って来た手紙の中で、一番心を打たれてしもうた。

 こんなにも優しくて可愛らしい子のお願いなど……見過ごせるわけがなかろう!


 本来プレゼントする予定だったオモチャを袋に仕舞い直し、ワシは一大決心をする。

 少年の望みが力なら――それをプレゼントするのがワシらサンタの役目じゃ!


 暗がりの中衣装を脱ぎ、少年の巨大な靴下に詰め込んだ。

 そう、最新式のサンタコスチューム一式じゃ。

 これがあれば虐めっ子なんぞ、一捻りじゃわい!


 「……少年よ、頑張るのじゃぞ。強く生きるのじゃぞ」 


 すっぽんぽんのままオモチャが入った袋を担ぎ、部屋を後にした。



 なんとも清々しい気分じゃわい。

 サンタ人生の中で、これ程にも充実したプレゼントは初めてじゃなかろうか。

 ハハハ、こんな老いぼれでもまだまだ現役で頑張れるわい。 

 よっしゃ、次の子供にプレゼントを持って行くか!


 ……さぶっ、まずはタロウのもとに戻って衣装を――


 ビー! ビー! ビー!


 けたたましいサイレンの音が寒空の住宅街に鳴り響く。

 ……家の敷地を出たところで、センサーに引っ掛かってしもうた。


 「「「何だ何だ?」」」


 野次馬達も集まって来て――駄目じゃなこりゃ。

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