第2話 狼と蒼い星 2
ウル森林遺跡。集落ウルでは禁忌とされている場所。深い森の中にある遺跡の真ん中には先史時代の遺物<ビル>が鎮座し、壁面に沿うように絡みついた大樹が、屋上まで顔を出し、空を喰わんとするかの如く枝葉を伸ばしている。
<ビル>の非常階段の4階付近。
そこに背の高い桃色の髪の少女と、少女より頭一つ程小さい黒髪の少年が階段を登っていた。
「あとどれくらい上ればいいのかな?」
桃色の髪の少女、シルカがたずねた。
「頂上なら見えてるだろ。」
黒髪の少年、アルエが答えた。
「もう少し休憩するか?」
今度はアルエが問う。
「ううん、もう大丈夫だよ。」
「そっか。じゃあ行こう。お日様が隠れる前につかねぇと」
と言った瞬間、少し強めの風が二人を撫でた。
見れば、太陽は中天をとうに過ぎ傾きかけている。
「そういえば、アルエって意外と力持ちだよね」
「意外ってなんだよ。小さいくせに意外にってか」
「そんな事言ってないでしょ」
「思ってただろ。」
「ううん。そんな事思うわけない。でも、私の方が力が強いと思ってた。」
「男と女で力比べしてんじゃねぇよ。」
「ふふ。そうだね。なんだか嬉しいような寂しいような。」
「何言ってるんだよ。」
「何言ってるんだろうね。急に思っちゃった。」
そう言うシルカの視線の先には、前髪を風に揺られ、見え隠れする蒼い瞳が映っていた。
アルエはこちらと目が合ったことに気づくと、
「バカ言ってると置いて行くぞ」
そう言ってすぐに階段を上り始めた。
言葉遣いがいつの間にか悪くなった。
15歳の時、声が少しだけ低くなった。
そして、力持ちになっていた。
でも、昔から変わってないところもあった。
それを確認したら、なんだか急に安心出来た。
「ねえ、待ってよ。」
シルカは階段を上るアルエの背中に声をかけ、自身も上り始める。
「待たねぇよ。お前を待ってたら次のお日様が来ちゃうだろうが。」
「そんなにのろまじゃないよ。」
いつもと違う場所で、いつも通りのやり取り。何故だかそれが凄く楽しくて、シルカの足取りは自然と速くなり、アルエを追い越した。
「そんなペースで大丈夫なのか?」
「平気だよ。」
「結構高いんだから転けるなよ。」
「そんなにドジじゃないよ。」
「しっかりしてる奴には言わねぇよ。」
「ひどい。お姉ちゃんにそんな事言って。」
階段を登りながら下にいるアルエの方を向こうとしたら、
「わわっ!」
踏み出した足が段差に躓き体勢を崩す。
「危ない!!!」
転げそうになったシルカにすかさずアルエが手を伸ばす。
シルカはアルエと手すりに支えられ、なんとか踏みとどまった。
「えへへ、ありがとう」
「ったく、だから言ったんだよ。ドジ。あんだけ行きたくないって言ってたのに何をそんなに興奮してるんだよ?」
「何でだろ?」
「俺が知るか。今度は隣に居ろよ。支えるのって重たいんだ。」
アルエの眼がじっと見つめてくる。
「わかった。」
「行くぞ。」
そう言って今度は並んで階段を上り始めた。
他愛もない会話が長い道のりを短くしてくれる。
「ねぇ。」
「どうした?」
「帰ったら、髪切らなきゃだね。」
「ん?ああ、確かに邪魔になってきたな。」
そう言うと、アルエは目にかかる前髪を払いのけた。
「うん。だから、」
「久々に切ってもらおうかな。」
「いいの?」
「切りたいんだろ?」
「そんなことないよ。でも、久々な気がするな。」
「そうだっけ。」
「昔は私が切ってたのに、最近は気がついたら自分で切ってるんだもん。私に髪を切られたくないのかなぁって思ってた。」
「そういう訳じゃねぇよ。ただ、シルカが前髪の長さにこだわるから。」
「だって、アルエの眼って綺麗なんだもん。見えてた方が絶対格好いいよ。」
「別にそんなことはどうでもいいんだ。」
「じゃあ何が嫌なの?」
「嫌って訳じゃねぇけど…その。」
「なに?」
そう聞くと、
「目の前にずっと立たれるとどこ見てたらいいのかわかんねぇんだよ。」
アルエは顔を真っ赤に染めてボソッと呟いた。
「え…何?聞こえなかったよー。」
「もう言わねぇよ、ばか。」
顔を真っ赤にしたアルエが可笑しくて、ついつい意地悪したくなる。
「来年には私も結婚しないといけないんだなぁ。」
そう呟いた時、アルエの身体が少しだけ強張った気がした。
集落ウルでは、女性が数え年で16歳になったとき、結婚相手を決める。
理由は簡単で、出産の為である。繁殖と言ってもいい。
先史時代はカガクの発達により、高齢でも比較的安全に子供を産むことができたらしい。
しかし今では、集落ウルで最も必要とされ、最も難しいことの中に出産が入っている。
だから、女性は早いうちに結婚の相手を決めているのだ。
「そうだったな」
アルエが捻り出す様に言葉を吐いた。
今日何度目かの沈黙が流れた。
「はは、変なこと言っちゃったね。」
シルカがおどけてみせる
「別に。」
また沈黙だ。
「アルエは結婚どうするの?」
「…」
アルエは黙り込んだまま答えてくれない。
(この話、嫌なのかな?)
そんなことを考えていると、
「着いたぞ。」
シルカは、言われて初めて周りを注視した。
辺りを見回すと、目の前には遥か彼方まで広がる大地があった。いつも見上げてる木々は遥か下にあり森の端まで見渡せる。そして、大空は白い雲を自由に泳がしている。
「うわぁ、ウルの森ってこんなに広かったんだ。」
「ああ、そうだな。なぁ、あそこに見える水溜まりってなんなんだろうな。」
「うーん、あれが海なのかな?おばば様が教えてくれたような。」
「海…あれは海か。 行ってみたいな。」
「アルエの言う通りだね。下とここじゃ景色がだいぶん違う。」
手すりに身を乗り出し、子供みたいに目をキラキラさせて広がる世界を眺めていると、
「よし!」
とアルエが大声を出し、少しびっくりした。
「どうしたの?」
「上に行くぞ。」
「え、ここじゃないの?」
「だってほら」
そうやって上を指す。
指の先をみると確かにまだ上がある。
ここは非常階段の最上階。
アルエが指しているのは屋上のことだ。
「折角ここまで来たんだ。一番上はここじゃない。」
「でもどうやって行くの?」
この階段は屋上には繋がっていないのだ。
「これって、熊がいた所にあった壁と同じで中に繋がってる気がするんだ。」
一通り周囲を見回したアルエは、周りの壁とは明らかに違う建材で、上半分がぼやけて中が見えるようになった薄い壁、<ドア>に目をつけた。
「どうにかして中に、」
言いながら、<ドア>の突起に手をかけた。
ガチャガチャ
「「動いた。」」
二人の声が揃った。
しかし、突起はわずかに動くのだが開く気配がない。
しばらくガチャガチャと動かしていたが、しびれをきらし、
「壊すか。」と一言。
あわてて
「ダメだよ、そんな事したら」
とアルエをなだめる。が、しかし、
「構わねぇって。禁忌の場所に来るやつなんてウルには居ないだろ?それに、もうずっと前の遺跡なんだろ。壊れてたって不思議じゃないさ。」
と、彼を説得するには言葉が足りなかった。
「でも、やっぱり…」
「やっぱり怖い?ここで待ってるか??」
「そんな事ない。そんな事ないよ。」
「じゃあ、行くか。」
「うん。行く。」
そうして内部に入る決意は決まったが、肝心の方法が見つからない。
「でも、どうやって入るの?」
「とりあえず力一杯殴ってみるか。」
「え?」
アルエの言葉を理解できなかった。
その間にアルエは<ドア>を力一杯、殴り付けている。
バコ!バコ!!
錆びた鉄板のドアは、アルエの拳のあとを残す様にわずかに凹んだ。
「ちょっと、アルエ」
拳がドアを打つ音で全てを理解し、アルエを静めようとするが、
バリーン
アルエの拳は、<ドア>の擦り硝子の下半分を打ち抜いた。
「どうなったの?」
「な、開いただろ」
シルカの心配をよそに、アルエは笑っている。
「ばか!けがしてるじゃない」
アルエの左手は、打ち抜いたガラス片に引っかかれ、傷だらけになっていた。
「このくらい大丈夫だって。」
「大丈夫じゃない。ちょっと見して。」
アルエが隠そうとする左腕を強引に掴み、
「傷は深くないみたいだけど、」
少しだけ安心し、そして、
ビリビリビリ
自身が羽織っている外套を無理やり裂いて、傷だらけの左腕に巻き付けた。
「あんまり無茶しないでって言ってるでしょ。」
あまりにも凄い形相だったらしくアルエも
「ごめん。」と素直に謝った。
シルカが落ち着いたのを見て、
「なぁ、それって俺のじゃなかったっけ?」
とシルカが引き裂いた外套を指差した。
「え!?…あ、そうだったね。でも、アルエが」
「はぁ、気にすんな。ありがとう。」
そう言って、シルカの丸くなった背中を
ポンっ
と、優しく叩いた。
「ごめんなさい。」
「だから、別に良いって。」
そう言って<ドア>の前に立ち、出来た穴を見て
「俺一人なら入れるかな。」
と、まだくっついている大きめのガラス片を折り始めた。
<マド>がある程度四角くりぬけたのを確認すると、
「ちょっとだけ抱えてくれ。」
眺めていたシルカに声をかけた。
「抱えるって何を?」
「俺をだよ。これなら中に入れそうだから」
そういうと、<ドア>の前に立ち腰を持つようにジェスチャーをする
「わかった。」
アルエの腰に手を回した。
小さくて細く見える身体は思ったよりも締まっていて固かった。
(昔は可愛かったのになぁ。)
そんなことをつい考えてしまう。
「いくぞ。」
「うん。」
「せーの!」
アルエは掛け声とともにジャンプして〈マド〉の上部分をつかみ、シルカに支えられて下部分に両足をかけた。
「よっ!」
アルエの背中を支えていた両手の平から重さが消えた。
「シルカ」
「入れたね。」
「ああ。」
パチンっ
二人は<ドア>越しにハイタッチをした。
「よし。俺は中から引っ張るからシルカは外から押してくれ。」
「うん。」
<ドア>の突起を内外で持ち、一気に内側へ動かそうとする。
ミシミシっ
<ドア>はわずかに動きながら、悲鳴をあげている。
「んー」
顔を真っ赤にして押すシルカ。
「くぉー」
ガチャガチャ
力任せに引っ張るアルエ。
そしてついに、
カチン!ザザー
内側の鍵が開き、<ドア>は重たい音をたて動き始めた。
「開いた。開いたよ、アルエ。」
「ああ。やったな。シ…」
くしゅっ。くしゅん!
喜び、勇み足でアルエの側に駆け寄ったシルカは急にくしゃみが止まらなくなった。
「大丈夫か?」と聞かれ
「うん。」と答えるも鼻のムズムズがとまらない。
薄暗い室内を見回す。
ずっと閉鎖されていた空間には久しぶりに空気の流れが出来て、大量の埃が宙を待っていた。
「口元塞いどけ。」
アルエが気づいて教えてくれた。
「わかった。」
そう言って、口元を外套の襟部分で隠すように覆う。
「進んでみよう」
と言うアルエに頷き返し、後ろをついて行く。
中はカビ臭く床はタイル張りで、
白い壁に部屋がいくつも並んでいる。
「変なところだね。」
「そうだな。けどなんか、少しだけ懐かしい匂いがしないか?」
「え、カビとか埃とか?他に何か匂う?」
「そっか。」
代わり映えのしない廊下をしばらく歩くと
行き止まりになった。そこで、上ってきた道と同じようなものが上下に有ることにシルカが気づいた。
「アルエ。こっちに上に行く道が」
そう言って振り替えると、アルエは少し後ろにある部屋をジーッと眺めているのに気づいた。
「どうしたの?」
側に寄ると、アルエは他の部屋より少しだけ広い部屋の真ん中を眺めていた。
「いや、やっぱりなんか匂わないか?」
「私にはよく分からないかな。」
「俺もよく分からないけど、あれを知ってる気がする。」
と部屋の真ん中にある台座を指差す。
シルカも部屋の中を眺めてみる。
アルエは中に入り、真っ白の部屋の真ん中にある台座に不自然に置かれた、小さな桐の箱の前で立ち止まった。
「それが気になるの?」
聞くと、
「開けてもいい?」と帰って来た。
アルエが承諾を求めることなんて滅多にないことだ。
「私が開けるよ。」
自然とそう答えていた。
アルエは何も言わない。やっぱり少し怖いのかもしれない。
そして、ゆっくり箱に手をかけた。
「いくよ」
頷きだけが帰って来た。
サッ
蓋は思ったよりも軽く、身構えた分拍子抜けだった。
中には、文字の書かれた<紙>と<注射器>が入っていた。
「これだけ?」
「みたいだな。」
「何だろう。知ってた?」
「知らねえよ。」
「この棒みたいなのが気になるんでしょ。」
「…。そっちの薄っぺらいのは何なんだ?」
アルエは何も答えず、そして、シルカがもつ<紙>について聞いてきた。言われて、シルカは思い出した様に、<紙>に目をやり、
「これ、文字だ。文字が書いてあるよ。」
「文字なんて解るのか?」
「おばば様に教えて貰ってるからね。」
「何て書いてあるんだ。」
「ちょっと待って。」
-神-
ー--を-いーーにーー。
先天的にゲノム--にーしたーのーーをーつ
ヒトは、ーーーにーまれし力を得る。
ただし、ーーーではゲノムデザインーーが不ーーであり……
「だめ、暗いし知らない文字がいっぱいだよ。」
「力を得るか。」
「変なこと考えてないでしょうね。」
「正しいことかもしれないだろ。」
「絶対に正しくないよ。」
「持ち帰るだけだって。もう少し調べたいしな。」
「文字も読めないのに?」
「いいんだよ。」
そう言ってアルエは<注射器>をポケットにしまった。
「使ったら怒るからね。」
「使わねえって。だいたい使い方すらよくわかんねぇだろ。」
「約束だよ。」
「ああ。そういえば、上に行く道ってあった?」
「うん、たぶん。」
「行こうぜ。」
そう言って二人は屋上に続く階段を上り始めた。
屋上への階段はそれほど長くなかった。
入った時にあった<ドア>と同じものがあり
アルエがカチャカチャといじくっていたら
鍵が開いて<ドア>が開いた。
<ドア>の隙間から橙色の陽光が届く。
「眩しっ」
目を隠し少しずつならしていく。
二人の目が光に完全に慣れたところで<ドア>を完全に開く。
まず目の前に現れたのは木だ。
百年以上かけ<ビル>を支える様に巻き付いていた木。
木が陽光を遮る場所はとても暗く、光が届く場所はとてもまぶしい。
まるで太陽と大樹が陣取りでもしているみたいだった。
「すごいね。」
「ああ。」
あまりの光景に二人とも言葉を忘れてしまっていた。
「こんなにお日様に近づいたの初めてだ」
「私も。」
ピュー
夕陽を帯びた風が肌を触れた。
景色を眺めていると、一瞬だけ影が頭上を横切った。
「見て鷲だよ。あんなにいっぱい飛んでるなんで嘘みたいだよ」
新しい遊びでも思いついたかの様にはしゃぐシルカとは反対に、アルエはただ一言、
「羨ましい」と呟きジッと見つめている。
「あれ?鷲って編隊組んだっけ??」
矢じり上に編隊を組み、大空を飛ぶ鷲をしばらく目で追っていたシルカにある疑問が湧いた。
「ねえ、アルエってば」
今浮かんだばかりの疑問をアルエに聞く。
しかし、目の前に広がった世界に見とれるアルエには、そんな事心底どうでもいいのだろう。
シルカがアルエに一方的に話しかける。
それにアルエが空っぽの相づちを打つ。
それがしばらく続いていたが、急にアルエが
「あれってお月様だよな?」
空に浮かぶ満月を指差して聞いた。
「本当だ。まだお日様が居るのにめずらしいね。」
と答えたら、アルエが
「じゃぁ、あれって何なんだ。」
と、太陽と月から離れた方向にある天体を指差した。
「蒼い星だ。初めて見たよ。」
それは空が夕方に染まっているにも関わらず
自身を主張するかの様にオレンジの空にその蒼さを写している。
「あれが地球かな?」
シルカが疑問をまっすぐ声に出した。しかし、
「…違う。」
「でも伝承では地球は蒼い星だって」
「じゃあ、この遺跡は何なんだ?ヒトの、俺達の先史時代っていうのは、地球じゃなく何の歴史なんだ?」
「わからない。でも、じゃあ、私達はヒトじゃないの?」
「それは…」
「ここにはたぶんカガクがあったんだと思う。
もし、ここが地球で、ヒトが地球を捨てたなら、私たちは…」
ふとよぎった考えにシルカは思わず口を閉じた。
「よし、決めた!!」
「決めたって何を?」
「ここで考えたって何もわかんないからさ、
俺、あの蒼い星に行く。」
「本当に言ってるの?だいたいどうやってあんなに高いところに…」
「ここが地球なら遺跡を回ればあの星へ届くカガクがある。あれが地球なら帰るためのカガクがどこかにある。」
「あ、そっか。」
「シルカはずっと先史時代について知りたかったんだろ?だったらさ、一緒に来るだろ?」
「そんな事、急に言われても」
「俺はもう決めた。少し怖いけど、俺はもっと広い世界を見てみたいんだ。シルカ、俺と一緒にウルを出よう。」
こちらを見上げる蒼い瞳は真剣だった。
反射的に目を背けてしまった。
きっとウルを出ることは前から決めていたのだろう。
遺跡に入ったことで踏ん切りがついたみたいだ。彼はこうなったらもう止まらない。
入る前に感じた予感は少し当たったな。
やっぱり遠くに行っちゃうんだ。
今なら私も…
ウルが好きで、おばば様や皆が好き。
離れたくない。けど…アルエが。アルエと出会ってから、今までで一番私を求めてくれている。
再びアルエの方を向いた。
蒼い瞳は変わらずこちらを見上げている。
いつもは綺麗な瞳が、今はとても深く、飲み込まれてしまうような恐ろしさがあった。
「ずるいな。自分が困った時だけ私のことお姉ちゃんって。」
「そんなこと言ってねぇだろ。」
「じゃあ、言ってよ。私の背中を押して。」
お互いが見つめあったまま時間が止まった。
「…わかったよ」
アルエの一言で止まった時間が動き出した。
「…俺にはシルカが必要だ。傍にいてほしい。俺を守って欲しいんだ。」
口早にそう言い切ってシルカから目を反らす。そして、小さな声で
「お姉ちゃん」
「ふふっ、」
ああ、やっぱりアルエはアルエだ。
「言ったぞ。」
不機嫌そうに言葉を吐いた。
「うん。」
「これで、」
そう言いかけたアルエを遮り、
「まだ何も言えないかな。」
笑顔で優しく呟いた。
しゅるる
涼しげな夜風が二人の髪をそっと揺らす。
太陽が地平線へと沈みかけ、空がゆっくり夜へと染まっていく。
「なんだよ、言うだけ損じゃねえか。」
アルエか何とも言えない顔でそう愚痴る。
シルカはなびく髪を耳にかけ、
「お日様居なくなっちゃうね。」
と、つぶやいた。
「ああ。」
二人は無言で太陽が沈むまで空を眺めていた。
ぽとぼと
ゆっくりと流れる時間と、夜の静寂を細い雨が現実に戻す。
「雨、降ってきちゃったね。」
「ああ。」
「お月様隠れちゃった。」
「ああ。」
「暗いね。」
「そうだな。」
「帰る?」
「帰ろう。」
そう言って二人は歩き始め、ごく自然に手を繋いだ。
雲の上は大きな満月だった。
先史遺物《アーティファクト》と蒼い星 筏田蜜虫 @kiyopee
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