聖夜の告白

暁烏雫月

クリスマスデート

 見渡す限り人で溢れた、午後7時の駅。よくよく見れば、駅に集まっている人の半分は男女のカップルである。なぜカップルがこの駅に集まっているのか。その答えは駅のあちこちに貼られたポスターが教えてくれる。


 赤を基調としたポスターには「クリスマスイルミネーション2017」というイベントの名前が金文字で大きく描かれている。その下には開催期間が小さく記載。ポスターにはクリスマスツリーの絵、サンタとトナカイの絵、といったクリスマスを想起させるイラストもある。


 このイベントは、12月1日から12月25日までの25日間行なわれる。駅と、駅近くの大通りにある街路樹がこの期間に夜限定でライトアップされるのだ。また、駅の近くには大きなクリスマスツリーが用意され、午後5時を過ぎるとツリーに装飾された電球が点灯する。ここは毎年クリスマスシーズンにイベントが行なわれる、有名なデートスポットであった。


 そんな駅の改札口付近で、智樹は人を待っていた。チェスターコートにスキニーパンツというキレイめな格好で人を待つその姿からは、友達と遊ぶ訳では無いとひと目でわかる。何度も腕時計で時間を確認しては、キョロキョロと辺りを見回して人を探す。待ち合わせ時間が近いのだろうか。


「遅れてごめんね、智樹さん。待ったよね」

「全然待ってないよ。俺も今来たところだし」

「嘘はやめて。待ち合わせから30分も遅れちゃったんだから……」

「仕方ないさ。仕事、長引いたんでしょ? さすがにスーツ姿でデートってのも味気ないしさ。ま、俺はいくらでも美咲さんを待てるんだけど」


 智樹の待ち人がやってきたのは午後7時を過ぎてから。美咲と呼ばれたその待ち人は、白いコートの下に、グレーのニットセーターとネイビーのスカートを身につけた女性だった。わざわざ仕事が終わってからデート服に着替えて待ち合わせ場所にやってきたらしい。


 美咲の姿に、智樹の耳が少し赤くなる。スカートから出ている足はストッキングもタイツも身につけていない生足。それが見るからに寒そうなのに、智樹の目にはやけに魅力的に映る。智樹と美咲は恋人同士である。今日は二人の仕事帰りに、クリスマスデートをする約束をしていた。


 夜風が寒いのだろう。美咲は両手を擦り合わせては息を吐く、という動作を繰り返している。その仕草をこれ以上見たくなくて、智樹は美咲の手を掴むと自らのコートのポケットに入れた。二人はそのまま体を寄せ合いながら、イルミネーションの下を歩いていく。





 駅で合流した二人が向かったのは、とあるレストランだった。事前に智樹が時間指定の予約をしていたらしく、混んでいるはずの店内でスムーズに席に着くことが出来た。運ばれてきた料理を前に、智樹と美咲は卓上で目を合わせる。赤ワインの注がれたグラスが、その光景を洒落たものにしていた。


「改めて、ハッピーメリークリスマス」

「メリークリスマス!」


 智樹が音頭を取り、二人のグラスが卓上でカチンと音を立ててぶつけられる。ただそれだけなのに、二人して頬を赤く染めて俯いてしまう。場を沈黙が包み込んだ。その沈黙を気まずく思ったのだろう。二人がほぼ同時に似たような動きを見せる。


 智樹も美咲も、椅子の下の荷物入れにしまった各々の鞄に手を入れた。神妙な顔つきで何かを探して鞄の中を漁る。やがて目当てのモノを見つけたのか、二人の表情がほとんど同時に明るくなった。互いに探していた物を鞄から出して、荷物入れは椅子の下に仕舞う。そこまではいい。


 探し物を見つけた二人は同じタイミングで顔を上げた。互いの視界に映る相手は嬉しそうに笑いながら、何かの入った紙袋を抱えている。あまりにタイミングが揃い過ぎて、思わず二人は口元に手を当てて笑ってしまった。


「息ぴったりだね、俺達」

「ふふふ、そうみたいだね。もしかして、紙袋の意味も同じだったりして」

「それはどうだろ。美咲さんに、俺の紙袋の中身、当てられるかな?」

「えーと、自惚うぬぼれてたら恥ずかしいんだけど……クリスマスプレゼント?」

「うーん。半分正解で半分不正解」

「ってことは、クリスマスプレゼントの他にも意味があるってこと、かな?」

「うん。で、美咲さんのそれは俺へのクリスマスプレゼントなんだね」

「あっ! 智樹さん、図ったでしょ!」


 会話の流れで自分の紙袋の中身をバラしてしまった美咲は、そのまま耳まで真っ赤に染めて俯いてしまった。恥ずかしくなってしまったのだ。もっとも、その恥ずかしさの理由はプレゼントの意味ではなく中身にあるのだが。


「とりあえず、料理、食べよっか」

「は、はい」

「あ、でも……忘れそうなら先に交換する? 俺としては、もう少ししてから渡したいというか、その……」

「だ、だだだ大丈夫です!」

「とても大丈夫には見えないんだけど……美咲さんがそう言うならいっか。じゃあ、デザートが運ばれてきたら交換しよう」


 恥ずかしさのあまり敬語になり、言葉を激しくつっかえる美咲。そんな美咲に、思わず智樹は口元を抑えて顔を背けてしまう。余裕そうに話してはいるが、実は余裕なんてほとんどない。美咲の前でボロが出ないようにするのが精一杯なのだ。





 食事が進むにつれて適度にアルコールも回る。デザートが運ばれる頃には二人共饒舌じょうぜつになっており、デートの初めに見られたぎこちなさが消えている。デザートを前にしてようやく、二人は互いの持っていた紙袋を相手に差し出した。


 最初に紙袋を開けたのは智樹。美咲がくれた紙袋を開け、中身を確認。紙袋の中に入っていたのは黒いマフラーだった。アラン模様のマフラーで、普段使い出来そうなシンプルだがオシャレなマフラーに、思わず智樹の顔がほころぶ。


「これ――」

「その、下手かもしれないから、嫌なら使わなくていいからね」

「え、これ、手編みなの? お店で売っててもおかしくない出来じゃん。すっげー嬉しい」

「褒めても何も出ないよ?」

「いいの。俺が褒めたいから褒めてる。このマフラー、早速使わせてもらうね。ありがとう、美咲さん。やばい、編んでるのを想像したらめちゃくちゃ照れる」


 智樹が子供のように無邪気に喜ぶ。その様子を見て、美咲の心がほんわかと温かくなった。ここまで喜んでくれると思わなかったからだ。早速マフラーを首に巻き付けて「どう?」と訊ねてくる智樹。そんな智樹に、「似合ってる」と小さな声で返すのが精一杯だった。


 智樹に続いて、美咲も紙袋を開ける。智樹がくれた紙袋は、美咲があげたものに比べると小さくしっかりとした作りだ。智樹にならって中身を取り出してみる。紙袋から出てきたのは、小さな立方体の黒い箱と直方体の黒い箱。二つの箱の中身が予想出来ず、開けて確かめることにした。


 まず最初に手をつけたのは直方体の箱。箱を開けると、丁寧にしまってある金色のネックレスが目に付いた。ネックレスのデザインは雪の結晶をモチーフにした、派手すぎないが洒落たもの。美咲が最も好むタイプのネックレスである。


 次に手をつけたのは立方体の箱だった。直方体の箱の中身がネックレスであったことから、立方体の箱の中身がなんとなく予想できる。しかし、美咲はこれ以上自惚れたくなかった。だから開けて中身を確かめることにしたのだ。


 立方体の箱を開けると、その中には美咲が予期していたとおり、指輪が納まっていた。ダイヤモンドが一粒だけ、ハマっている。一粒ダイヤを立て爪で留めたシンプルな銀色のリング。美咲が指輪の箱を開けたことに気づいたのだろう。智樹が美咲の目の前で箱から指輪を取り出す。


「その……えーと、その…………お、俺と、かか、家族に――家族に、なってくれ!」

「智樹、さん?」

「け、けけけ、けけっ、けっ、けけけけ」

「だ、大丈夫だよ。その……つ、伝わってる、から。ただ、驚き過ぎて」

「その、ほ、本気、です。ずっと俺のそばにいてくれませんか?」

「智樹さん、そっちはつっかえずに言えるんだ!」

「あの……答え、くれませんか? 美咲さん。この指輪、受け取って――」

「あの、わ、私こそ、よろしく、です」


 美咲の返事を聞くと、智樹は人目もはばからずに美咲に抱きついた。そしてその左薬指に指輪をはめる。その婚約指輪は、美咲の指に驚くほどピタリとあっていた。

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