第九十六回 漢兵は大いに敗れて長安より退く
「
それを聞くと、劉曜は軍勢を発して先に進むこととした。関心と関河を心配する
劉曜も追っつけ到着すると、戦勝を祝って飲宴を開いた。その夜は奇襲があるかと慮って兵士は夜を徹して警戒し、夜が明けると軍勢を進めて長安の城を囲む。
この時、斥候が駆け戻って言う。
「
劉曜はそれを知ると、城を囲む兵を徹して軍営の守りを固める。
鞠允たちも無闇に進まず、中途に軍勢を留めると長安城に人を遣わした。その使者は
※
翌日の辰の刻(午前八時)、長安の城門が大きく開き、
その指示が及ぶより先、韓豹と華勍が漢の軍列に斬り込んだ。
漢陣では関河、
その時、西北より鬨の声が響き渡り、鞠允と麴持の軍勢が攻め寄せてくる。秦州の
漢の将兵は力戦して軍列を支え、索綝と賈疋が声を嗄らして叫んだ。
「
晋の将兵はそれを聞くと勇気を奮い、命を捨てて先を争う。漢兵はその勢いに抗い得ず、ついに崩れて逃げ奔る。韓豹は漢兵を追って
◆「渭水」は長安の北を流れ、藍田関を抜けた漢軍は長安の南から攻め寄せたと考えられる。よって、長安城を出た漢兵は城を過ぎてその北まで逃れたこととなる。
※
劉曜は一戦に一万余の兵を損ない、大いに怒って言う。
「吾が軍勢を率いるより、一戦に打ち破られたことはない。この敗戦は将兵が軍令に従わぬためであろう。明日には再び戦を交え、それでも勝てねば指揮にあたる者を斬刑に処する」
関河が諌めて言う。
「兵士を責めても益はありません。先の戦では晋軍に前後より挟撃され、それを支えきれなかったために敗れたのです。軍令に従わなかったわけではありません。晋は新たに帝を立て、力を尽くして兵を募っておったのでしょう。その将兵の士気は低くありません。また、再戦にも機を選ばねばなりません。聞くところ、宋始と
「遠路を此処まで到り、すでに険要の地は過ぎておる。それにも関わらず寸尺の功績も立てられず、軍勢を退くなどできようか」
関山も言う。
「彼を知り、己を知れば百戦して百勝を得ると申します。
「卿の祖父(
関山が言葉を重ねる。
「いまだに八十斤(約47.4kg)の大刀を振るって三石力(約215kg)の弓を引き、敵を畏れることなどございません。一騎打ちであれば晋の小僧どもなど物の数にも入りませぬ。ただ、吾が軍は敵地の奥深くにあり、戦機を選んで戦わねば勝ち目はございません。それゆえに申し上げているのです」
「兵には進むことはあっても退くことはない。吾には吾の策があるのだ」
劉曜はそう言い放つと、関氏の宿将たちを後詰に回し、喬智明、邢延、
「先に朝廷はお前たちを先鋒に任じ、さらに要職をも授けた。今日こそはその恩に報いて吾を助け、昨日の怨みを雪げ。索綝と鞠允を擒とした者を長安攻めの第一の功労とする」
劉曜は軍勢とともに再び
※
晋の斥候は漢軍の動きを知ると晋軍に告げ報せ、索綝と鞠允は諸将に言う。
「漢賊どもは昨日の戦に破れ、士気は低い。鋭気を比べれば吾が軍が勝っていよう。劉曜は愚かにもこの劣勢で再戦しようとしている。すみやかに進んで一戦すれば、漢賊どもは吾らが勝勢に乗じていると思い知るであろう。そうなれば、崩れるのも早い」
韓豹と華勍が軍勢を率いて先発すると、漢兵と行き遇った。両軍が布陣すると、漢将の喬智明が勇を恃んで突出する。梁緯は密かに矢を番え、晋の軍列に迫る喬智明に狙いを定める。一矢が放たれるとその肩に突き立った。
敵陣にあたる前に矢を受けた喬智明は怒り狂い、矢を抜きもせずに馬を駆る。魯充が鎗を引っ提げて馬を飛ばせば、喬智明は三叉で鎗を止めると、柄を返して魯充の頸を打ち据える。魯充はほうほうの態で馬を返した。
ついで華膺が救いに飛び出して魯充の後を追う喬智明を食い止めるも、わずか三合の間に討ち取られた。華勅が怒って喬智明に迫り、斬りかかろうとしたところ、背後に迫る邢延の一突きで馬から転げ落ちる。
二弟を損なった華勍は大いに怒り、喬智明に馬を攻めかかる。十合もせぬうちに梁緯が馬を飛ばして背後に回り、逃れきれずに華勍の一刀を浴びて地に落ちる。
劉曜は喬智明の落馬を見ると、銅鞭を振るって晋の軍列を蹴散らした。それを韓豹と鞠允が迎え撃って戦うことわずか五合、鞠允の鎗は銅鞭にへし折られる。韓豹は大刀を振るって劉曜の前を阻み、鞠允はその隙に逃げ去った。
※
後軍にある関山と関河が救援に現れて焦嵩の軍勢を退けるも、宋始は焦嵩を救いに向かって竺恢の軍勢が漢軍と衝突する。竺恢は陣頭にあって漢兵を支えて奮戦する。その弟の
矢は狙いを違えず関山の左肘に突き立った。
矢傷を負った関山は陣後に退き、代わって関河が軍勢を返した宋始と焦嵩を迎え撃つ。竺恢と竺懐の兄弟は関山の後を追い、打って出た関心に前を阻まれる。
晋の援軍は漢の後軍に掣肘されて陣頭に攻め込めない。
※
索綝が弓隊を差し招いて一斉に矢を放とうとしたところ、漢陣の西が崩れたつ。見遣れば、南陽王の麾下にあった胡崧と張春が攻め寄せてきたのであった。
漢兵たちは思わぬところを攻められ、浮き足立って軍列が乱れる。晋兵が嵩にかかって攻め立てれば、ついに潰走をはじめる。漢陣の崩れを見た竺懐が見れば、関心が関山を守って逃げ去っていく。その関山の手には大刀がない。
関山が肘に傷を負ったと知り、馬を拍って後を追う。それに気づいた関心は頭をめぐらせて攻め寄せる竺懐を大喝する。
「矢を放った賊はお前か。馬を駆っても吾には止まっているように見えるわ。その腕前で吾らに迫ろうとは、死を求めているようなものであろう」
そう言うと、大刀を振るって一刀両断、関山に矢傷を負わせた恨みに報いた。
晋兵たちは関心の勇猛を畏れて脚を止め、索綝と鞠允が大喝して二人の旗総を斬ると、ようやく吾に返って漢兵を追いはじめる。その喚声は数十里に響いた。
劉曜が声を嗄らして兵を留めようとしてのも留まらず、ついに
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