第九十四回 劉琨は再び并州を取る
翌日、
先頭を進む日律孫は漢陣を見ると自らも布陣し、部将の衛雄が陣頭に出る。それに続いて
「お前たちは五部の地を許されながら、それに飽き足りず
「吾らが長安を棄てて滎陽に退いたのは、
劉曜が嘲笑うと、劉琨は怒って叫ぶ。
「お前たち賊徒は
その声が終わるより早く、衛雄は槊を振るって馬を駆る。劉曜は如何にも剽悍な衛雄を見ると将兵の士気が下がらぬかと懼れ、自ら馬を出す。
衛雄が槊を突き込んで心の臓を狙えば、劉曜は鞭を振るって打ち落とす。二人は悪戦すること四十合を過ぎて勝敗を決さない。晋将の郝詵と
漢陣からは
※
この時、晋の陣頭には拓跋部の日律孫と賓六須が馬を立てている。
日律孫は黄色の鬚に紫の面、賓六須は赤眼に紅の眉、魁偉な容貌の二将はともに三叉の刀を手に一丈(約3.1m)になんなんとする大馬に打ち跨り、一つ馬腹を拍てば風を捲いて漢陣に攻めかかる。
晋軍も姫澹を先頭に
この戦は先の晋陽での戦とは異なり、晋漢の将兵が正面から衝突した。兵は兵に対して力を比べ、将は将を狙って隙を窺い、砂塵は滾々と天に揚がって数十里の先からも目に明らかであった。
劉琨は一進一退して互いに譲らぬ戦況を見ると、密かに命じて矢戦に備えさせる。
劉曜は鞭を振るって乱戦の巷を抜け出ると、晋陣に斬り込まんと馬を駆る。劉琨はそれに応じて弓隊を出し、劉曜を狙って一斉に矢を射放たせた。
劉曜は一時に七つの矢を身に受けつつも、馬を拍って軍列に向かおうとする。その時、遅れて放たれた矢が劉曜の馬の眼に突き立った。馬は地に倒れて劉曜の身が砂上に投げ出される。
衛雄が馬を飛ばして槊を突き込めば、劉曜は身を翻して立ち上がる。そこに晋兵が殺到するも、劉曜は銅鞭を振るって薙ぎ払い。晋兵は夥しい死傷者を出した。
衛雄は馬を返して槊を構え直し、馬を拍ってふたたび劉曜に向かう。そこに関河が大刀を振るって衛雄を止め、一歩も前に進ませない。劉琨の副将たちは劉曜を包囲せんと図り、劉曜の周囲を固める漢兵たちは次々と倒される。晋兵たちは劉曜の包囲を徐々に狭めていく。
※
漢の
劉曜がそれを拒んで言う。
「今は存亡の間であって各々が生命を全うするよりない。吾は身に七鎗と十余の矢を受けて傷は重い。必ずやこの戦で命を落とすこととなろう。将軍はこの馬に乗って劉燦たちを救い、戦場を離れよ。吾とともにこの戦で命を落としてはならぬ」
「今や大漢は平陽に根本を定めて晋との戦は熾烈を極めております。天下は一日たりとも大王を欠いてはなりません。この傅武は将兵の列にあるばかり、死んだところで大漢は小揺るぎもいたしますまい。此処は命を捨てて大王を救うべき切所です。事の軽重を誤ってはなりません」
「将軍が晋兵の包囲を破らねば、吾が命はすでにない。さらに将軍の命を捨てて吾が生き延びることなどできようか」
「鮮卑の軍旗が野を埋めております。おそらく猗盧の軍勢が到着したのでしょう。すみやかに離脱せねばなりません」
傅武はそう言うと、劉曜を抱きかかえて馬に乗せる。自らは手綱を引いて晋兵を払いつつ、ついに
※
拓跋猗盧の軍勢が戦場に到着すれば、漢の将兵はすでに戦を棄てて汾水を渡っていた。晋兵と代兵はその後を追って晋陽に向かう。
城まで三十里(約16.8km)ほどに迫ったものの、劉曜の周囲にはわずかな人馬しか残っていない。そこに
それでも代兵は追いすがり、
日律孫、賓六須、衛雄、郝詵、姫澹と張儒が率いる軍勢が迫るところ、
「吾らは西北より軍勢を発して天下に横行した。それにも関わらず、今日は代郡の鮮卑に遅れをとっておる。これでは大丈夫とは言えまい」
漢の将兵は死力を尽くして代兵を阻み、晋陽を前に激戦を繰り広げる。それを見た拓跋猗盧は劉琨に言う。
「漢賊どもは剽悍、力を比べては死者が増えるばかりであろう。弓兵を広く配して一斉に射放てば、労せずして挫けよう」
劉琨はその策を容れて弓隊を展開する。一斉に放たれる矢は
この二将が代兵を支える間に姜發たちも晋陽に退いた。
劉曜は矢傷の痛みが甚だしく、帳中に臥せっていた。姜發が城壁に上がって代兵を見遣れば、ちょうど日が暮れたこともあって拓跋猗盧は軍営を置いて夜を明かすつもりであるらしい。
姜發は劉曜が臥せる帳に入って言う。
「大王の矢傷は重く、敵を退けるのは難しいかと思われます。また、将の傷を負う者も多く、王逵と趙国は戦死し、一万を超える兵を喪って兵の半ばは傷を負っております。晋陽を守り抜くことはできますまい。代兵は明朝から城攻めにかかるつもりのようです。今夜のうちに城を抜けて平陽に退き、再起を期すのが上策です」
「軍師の諌めを聞かず、この敗戦を喫してしまった。
劉曜は姜發の言を
ついに劉曜は晋陽と滎陽の軍勢を平陽に返し、それらの地を晋に委ねた。
翌日、劉琨が城を攻めようとすると、晋陽の父老たちは城門を開いて晋軍を迎え入れる。劉琨は晋陽に入城すると民を安撫したことであった。
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