第八十七回 劉曜は一たび長安城を打つ
晋帝の
瞬く間に半月が過ぎるも、陳安をはじめとする諸将は守戦に勉め、連日の攻勢を堪え凌ぐ。攻城戦がつづくと、攻める側に緩みが生じるのは常のこと、漢兵もその例外ではなく懈怠して隊伍の乱れが目立ちつつあった。
※
日々城壁から漢兵を監視している陳安は、隊伍の乱れを見ると
「漢兵は城攻めに飽いて懈怠しはじめました。漢賊を退けるには、畢竟は出戦して打ち破るよりありません。この緩みを突いて四つの軍営を踏み破ります。今であれば必ず勝てます」
「卿の奇略には愕くばかりだ。確かに、漢賊の軍営を踏み破って賊帥の首級を挙げれば、漢賊どもは逃げ奔るよりない。万一、漢賊どもが反撃に出ても孤らが兵を出して城内に迎えてみせよう。後顧の憂えは心配するな」
南陽王の許しを得ると、陳安は北宮純と手筈を定める。
「軍勢は夜襲の用意を整えておき、二更(午後十時)を過ぎて漢賊の軍営の灯火が消えた後に攻めかかる」
「よかろう。漢賊どもは吾らが出戦するとは夢にも思っておらぬであろうな」
二更を過ぎた頃、長安の城門が静かに開いた。
※
北宮純は八人の部将とともに先鋒を務める
城門では老将の
酒を好む劉曜は、監軍を務める太子の
晋兵の夜襲を覚った
油断していた漢兵の多くは鎧を脱いでおり、急なこととて着込む暇もない。陣内に踏み込んだ晋兵に次々と斬り殺されていく。地に注ぐ血で黄沙が赤黒い泥濘になった。
※
劉曜と劉燦はいずれも勇猛であったが、泥酔して視点も定まらず闇雲に刀鎗を振るうばかり。同じ頃、姜飛、関山、
北宮純と八将は力の限りに斬り込んだものの、関山と姜飛が軍列を固めてつけ入る隙を与えず、ただ北宮純にあたったところだけは、大斧で斬り払われるように軍列を崩された。
劉燦と劉景は劉曜を支えて後退をつづける。陳安と
暗闇の中、劉曜を救いに向かう関河は陳安に行き会った。両手で二本の戟を操る陳安は、関河を討ち取るべく馬を駆る。関河は慌てもせずに大刀を振るい、陳安の乗馬の頭を斬り破った。
馬は砂上に倒れ込み、投げ出された陳安は一転して身を翻すと、晋の軍列に紛れ込む。
北宮純は城西に置かれた軍営を攻めていたが、そこに南の軍営から
ちょうど陳安も関河との戦を捨てて糜晃が守る城門に向かっていた。北宮純は副え馬を与えて先に行かせ、自らは城東に向かって張春、王毗、李昕と軍勢を合わせ、整斉と退いた。
※
劉曜が兵馬を点検してみれば、この一戦で一万人もの兵士を喪っていた。当然、その怒りは凄まじく、城を囲むと連日のように猛攻を繰り返す。城内では動員された民が城壁上に煉瓦や石を運び、重い労働に倒れる者が続出した。
さらに半月が過ぎると、柴草が尽きるとともに食糧は払底し、怨嗟の声が聞こえはじめる。
陳安は北宮純に言う。
「漢賊どもが長安を囲んで一月あまりになるが、救援が現れる気配もない。さらに城内の民は怨みの声を挙げつつある。このまま籠城しては、日ならず内より変事が起こって城は陥ろう。肚を括って出戦し、漢賊を撤退に追い込むより生き延びる道はあるまい」
北宮純もそれに同じ、晋の諸将は城門を分けて突出し、漢の軍営に攻めかかった。
先の敗戦に懲りた漢将たちは、いずれ晋将が出戦せざるを得なくなると読んでおり、備えは万全であった。呼延勝は王毗を打ち殺し、関心は李昕を斬り、姜飛の鎗が
陳安たちはほうほうの態で城内に逃げ込み、それより出戦しての勝利を求めなくなった。日を送っても来援はなく、二ヶ月が過ぎた頃には城内の大道に餓死者が連なり、屍すらも盗まれて食に供されるに至る。
漢兵たちも連日の攻城戦で死者はひきも切らず、ついに軍勢の三分の一を喪ったことであった。
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