第八十二回 石勒は人を遣りて趙彭を訪う
この時、漢の
その麾下にある
「先帝が崩じられたからには、
「
徐邈は何も言い返すことなく、その夜のうちに姿を消した。
※
王彌は徐邈を殺すべく追っ手を放とうとしたが、そこに斥候が駆け込んで告げる。
「石勒が倉坦を陥れて苟晞を斬ったとのことです。河北と河南の半ばは石勒の拠るところとなりました」
それを知った王彌は石勒を憎んだものの、力攻めでは敵わず、逆に攻め寄せてくるかと懼れた。そのために書状を認めて戦勝を賀し、人を遣って倉坦に送り届けさせた。
その書状は次のようなものであった。
近頃、
彌の願うところは、明公の翼について前駆となり、共に百姓を救うことであります。もし、彌を左軍として苟晞を右軍とされれば、天下など平らげるにも足りません。願わくば、明公におかれてはこのことに意を留めて頂き、妄言となされませぬよう。
石勒は書状を一読すると
「
「謀ろうと考えているに違いあるまい。それゆえに謙退して吾を驕らせようとしている」
「王飛豹は自立を志しているものの力が足りません。それゆえ、本心を隠して
石勒と張賓の傍らにあった
「吾の見るところ、王飛豹は外は親しく見せても、内には人を忌む心があります。おそらくは両端を持するつもりでしょう。留意して扱わねばなりません」
そう話すところに友人が使命を帯びて平陽から到着した。
※
その者は石勒の顔を見ると言う。
「即位したにも関わらず、明公と
石勒はそれには答えずに問うた。
「新主は先帝に比べてどのようか」
「比ぶべくもありません。新主は荒淫を
◆「大宗正」は『
それを聞くと、石勒は嘆じて言う。
「新主がそれほど残忍であるならば、吾など一朝に罪を得て
「吾らと新主は旧い交誼があり、理によれば平陽に入って先帝を拝し、新主の即位を慶賀せねばなりません。しかし、姻戚の呼延氏さえも誅殺されるとあれば、明公に仮借する理などございますまい。しばらくは外にあって様子見に徹し、新主の意に沿って事を奉じるのみです。ただ臣節を守って付け入る隙を与えないのが上策です。平陽に向かって屠られる鶏になるよりは、外にあって追い使われる方がまだしもでしょう」
張賓の言葉に石勒が言う。
「それならば、さっさと襄國に引き上げて拠点を固めるのがよかろう」
「そうではありません。新主に猜疑されている以上、妄りに動いてはならぬのです。それに、明公が北の襄國に帰られれば、
石勒は張賓の献策に嘆じて言う。
「軍師の御示教は故旧の名に恥じぬ。かつて吾が祖父(
「福運には軽重があり、年齢の上下や父祖の尊卑には関わりません。明公の
石勒は張賓に謝すると、諸将を集めて言った。
「この鄴を根拠とするにも賢才が足りず、百姓を治められぬ。このままでは東に軍勢を出せば西を失って大業など成し遂げられず、後世に哂われるだけに終わろう」
「この地に先の
それを聞いた張賓が言う。
「趙彭の名は吾も聞き及ぶところ、ただ招聘して応じるかは分からぬ」
「試みに人を遣わして招請してみるのがよかろう」
石勒の言葉に従い、趙彭の許に使者が遣わされた。
※
趙彭は使者に見えると、石勒が郡太守であると知って涙を落とした。
「臣は晋室に仕えてその禄を食み、御恩を蒙った身でありながら、遠からず晋の宗廟が荒廃すると予見しておりました。これらはまさに天命、東に流れる黄河を西に向かわせるなど、所詮は人の及ぶところではないのです。明公は天命を受ける
石勒はその復命を聞くと、忠節を守りつつも懇切な言葉に嘆じて言った。
「吾はまさに大事をなさんとしておる。どうして威をもってこの人を従わせ、悪名を得ることができようか」
「これまでのところ、人民は将軍に服するものの、衣冠の士で節を改めて従う者はありません。これは大義を挙げて進退されていないことによります。大義を挙げれば賢臣義士は挙って到りましょう。そこを将軍が漢の高祖の如く師事してやればよいのです。これらの者たちは
▼「四皓」は『
「先生の言は大事を成す議論と言えよう」
石勒はそう言って笑うと、
これより、石勒が趙彭の臣節を全うさせたと近隣の士大夫は称賛したことであった。
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