第七十六回 漢主は夢によりて呼延攸を挙ぐ

 王彌おうび南陽なんようにあり、漢主の劉淵りゅうえん劉曜りゅうよう石勒せきろくを遣わして洛陽を攻めたと聞き、自らに命が降らなかったことで落胆していた。

 二人が洛陽を囲んで久しく落とせず、軍勢を退いたと知ると、いよいよ自らが洛陽を攻める番かと意気込み、大将の徐邈じょばく平陽へいように遣わした。

司隷しれい校尉こういの王彌が謹んで申し上げます。今、始安王しあんおう龍驤りゅうじょう将軍の劉曜、上党公じょうとうこう輔漢ほかん将軍の石勒は軍勢を率いて外にあり、洛陽を三月に渡って包囲して陥れらておりません。臣も軍勢を発して洛陽に向かい、加勢せんことを願っております。しかし、いまだ洛陽を攻めよとの勅命を蒙らず、妄りに動けません。聞くところ、二帥(劉曜と石勒)は三台を攻めており、洛陽の包囲を解いたとのことです。晋主が徳を修めて恩を布き、加勢を命じた諸侯がこれに応じれば、抜き難くなる懸念がございます。始安王と上党公に加えて臣と太子(劉聰りゅうそう)に詔を下されれば、洛陽を破るなど掌を反すかの如く、晋主を擒とすることは嚢中の物を取り出すようなものとなりましょう」

 漢主はその上奏を読むと机を叩いて怒った。

「小僧どもはどうしてこうも無能なのか。城を三月も攻めて陥れられず糧秣を欠くとは。さらに包囲を解いて決戦を避けるとは話にもならぬ。狗でももう少し役に立つであろうよ」

 諸葛宣于しょかつせんうが諌める。

「お平らかに。張賓ちょうひん姜發きょうはつはともに兵機を知っております。別郡を攻めているのは糧秣を確保するためでしょう。この度の戦で洛陽は必ずや陥れられましょう。ただ一軍に命じて糧秣を洛陽に送り、再度の攻囲を促すだけで、大事はなります」

 漢主はその言をれ、呼延攸こえんゆうを召し出して命じた。

「大事が成るには予兆があるものだ。昨夜、朕は夢に一人の神人を見た。その言葉によると、洛陽の地を手に入れるには、呼延こえん氏の者を用いよとのことであった。朕が思うに、石勒の麾下には呼延模こえんぼ呼延莫こえんばくがあるが、いずれも大将の器ではない。この度の戦では太子は動かしておらず、お前の兄の呼延晏こえんあんもまた西河せいかに留まっておる。さらにお前まで平陽にあっては洛陽は陥れられぬ。自らが皇親であることをよく考えよ。五万の軍勢とともに糧秣を洛水に運び、太子とお前の兄弟とともに劉曜と石勒の軍勢と会し、洛陽を陥れよ。労を惜しんではならぬ」

▼原文では呼延晏は劉聰とともに「洛水」に留まっているとするが、前段より推して呼延晏は「西河」にあることから誤りと見て改めた。

 呼延攸にそう命じると、さらに詔を発して王彌を車騎しゃき将軍に任じ、洛陽に向けて軍勢を発するよう命じた。


 ※


 呼延攸は軍勢を整えると平陽を発する。漢主は自ら糧秣を点検するのみならず、見送りにまで出た。

「お前は朕の言葉を王彌と太子に伝えよ。洛陽の陥落に専心して他事に意を用いるな。劉曜や石勒のように竜頭蛇尾に終わって無駄に銭穀を費やすな。包囲した以上は城内の敵に鋭気を養わせるな」

 呼延攸と徐邈は叩頭して命を諾い、平陽を発した。漢主はさらに人を遣って劉曜と石勒に勅書を与え、平陽から糧秣を送った旨に加え、王彌、呼延攸の軍勢と会する期日を報せる。

 呼延攸は西河で兄の呼延晏と会した後、洛陽に到ると軍営を置いて太子の劉聰に人を遣わした。晋兵は呼延晏の軍勢を見ても出戦しない。呼延晏は呼延攸を洛陽に残して自ら洛水の軍営に向かい、太子と軍勢を合わせた。

 この時、洛水には無数の船があったため、呼延晏はそれらをすべて焼き払わせたことであった。

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