第五十三回 慕容翰は木丸津を斬る

 鮮卑山せんぴざんの東部に拠る素喜連そきれんと西部に拠る木丸津ぼくがんしんは、封釋ふうしゃくの病に乗じて近隣の郡縣を陥れる。李臻りしんの仇を討つとの名分を掲げていたため、封釋は李臻を殺害した龐本ほうほんを斬首して首級を送り、兵を収めるよう説得した。

 二部は封釋が遼地の總帥であることから、朝廷が軍勢を発することを懼れて和を結んだ。しかし、封釋が軍勢を発して威を示さなかったため、ふたたび叛乱して各地を大いに乱した。郡縣の財貨を掠奪して陰山に隠し、人民を拉致すると老弱は殺害して幼い者は奴隷とする。壮年の者たちは徴発して従軍するよう命じ、それぞれ東西に地を広げた。


 ※


 鮮卑せんぴ慕容部ぼようぶ慕容翰ぼようかんは軍勢を率いて州境を出ると、斥候を放って二部の軍勢の所在を探らせていた。そこに、荷を負った旅人があって軍勢を見ると姿を隠した。捕らえさせてみれば、その旅人は泣いて訴えた。

「吾は義州の百姓です。木丸津により郡は攻め落とされ、慕容大人の許に難を逃れようとしているのです」

 それを聞いた慕容翰が言う。

「吾らは慕容部の者だ。これより木丸津の討伐に向かう。お前は吾らの郷導を務めよ。賊徒を平定した暁には重賞を以って報いるであろう」

 その者は、慕容翰の命をうべない、そうこうするところに皇甫岌こうほきゅうが追いついてくる。

「賊徒の動静を窺うところ、まだ急進して攻め打つべきではない。まずは兄上の軍勢と約して義州の大路を封鎖し、奇襲は明日まで待つのがよいだろう。明日は月の出が遅く、賊徒は闇夜を見通せまい。吾らは二更(午後十時)までに賊徒に迫ればよい。夜半になれば月が出る。その時に軍営を置いていれば、賊徒は吾らがどのように攻め寄せたかを測れず、愕き懼れよう。その後退を突いて追い討ちに討つのだ。行く先に兄上の軍勢があれば、木丸津を擒とするのも容易いことよ」

 慕容翰の策を聞いた皇甫岌が同じて言う。

「誠に妙計です。すみやかに計略を行いましょう。賊徒の不意を突いて破れぬことなどあり得ません」

 慕容翰は兄の慕容皝ぼようこうの許に人を遣わし、次のように告げた。

「すみやかに進軍して義州の城下を押さえて下さい。木丸津を北にある大道に逃れさせてはなりません」


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 慕容翰はその場に軍勢を一日ほど留め、翌日には弟の慕容仁ぼようじんとともにわずかな糧秣を携えた三千の騎兵を率い、二更の頃には木丸津の軍営に逼った。

 木丸津たちは日中に百里(約56km)四方に斥候を出して敵の姿がないことから油断し、慕容翰の軍勢が一昼夜に二百里(約112km)を超えて進軍してくるとは、夢にも思っていなかった。そのため、哨戒の兵も立てずに眠り込んでいる。

 兵士に白鷳はくかんの矢羽一條を兜に挿して目印とさせ、慕容翰は鬨の声を挙げると一斉に斬り込んでいく。

▼「白鷳」はキジに類する鳥、その羽で作った白い矢羽を兜の差したと解すればよい。

 木丸津の将兵たちは愕いて跳び起きたものの、身に甲冑を着ておらず、馬には鞍を付けていない。哨戒の兵もいないため、何処から敵が攻め寄せたのかも分からない有様であった。

 酔ってはいたものの木丸津だけは甲冑を着込んでおり、鬨の声を聞くと刀を振るって応戦する。次々に兵士を斬り殺したものの、屍をよくよく見れば己に従う者たちであった。

 慕容翰の将兵は闇夜に目立つ白鷳の矢羽を兜に挿しており、それを目印に同士討ちを避けたのである。木丸津の将兵は闇夜に響く鬨の声に愕き懼れ、闇雲に刀鎗を振るって互いを傷つけた。ついに屍は積み上がるほどに増え、流れる血は泉のようになる。

 夜半が過ぎて月が出た頃には、木丸津の軍勢はすでにその半ばを喪っていた。


 ※


 月明かりの下、慕容翰と慕容仁は軍勢を揃えると一斉に木丸津の軍営を蹂躙する。その勢いに抗う者とてなく、木丸津も一條の血路を拓くと東北を指して逃げ奔る。

 行くこと三十里(約16.8km)、まさに日が登ると遥か彼方に旌旗が現れる。木丸津はそれを見ると、素喜連の軍勢であろうと喜び、馬を拍って馳せ向かう。一里(約560m)ほどのところまで近づくと、前方の軍勢が鬨の声を挙げて陣を披いた。

 陣の中央に弓を手にして馬を立てる将帥は、紫の面に太い眉、角ばった顎に耳は大きく、漆黒の髯を短く刈り込んで鈴のように大きな眼で木丸津を睨み据える。銀の鎧を身に纏って金色の兜を戴く頭上には、「鎮東校尉 慕容大将軍」と大書された軍旗が翻る。これが慕容部の部帥、慕容廆である。

 その右には雄偉な体躯の壮漢が並びかける。広い額に黄色い髯、蚕のように太い眉に鳳凰のごとき切れ長の眼、巨馬に打ち跨って大斧を手にするその人は、黄巾の乱平定に尽力した皇甫嵩こうほすうの血脈に連なる皇甫真こうほしんであった。

 慕容廆の左にもさらに一将が並ぶ。紅顔に瞼は白く、角ばった顎と慕容廆によく似た面差しを髯で飾り、天性の英姿は中華の英雄かと見紛うばかり、この人が慕容廆の長子の慕容皝であった。慕容皝は八輪の金簡を手に戦意を隠しもせず、見るだに勇将の気概を露わにしている。


 ※


 慕容部の本軍に行き遭った木丸津は、昨夜二更から深夜まで戦をつづけ、さらに三十里も奔っている。鋭気は尽き果てて戦意は薄く、軍勢を留めて馬脚を休めるとともに、逃げ出す隙を窺った。

 その背後の空に塵埃が立ち登り、旌旗を翻して慕容翰と慕容仁の二将が率いる軍勢が攻め寄せる。

 木丸津の弟の木丸泥ぼくがんでいが言う。

「昨夜に吾らの軍営に攻め寄せた小勢が背後に逼っております。前面の軍勢は大軍の上に戦意も旺盛、にわかには討ち破れますまい。ここはその前を斜めに逃れて血路を拓き、海州より鮮卑山に逃れて軍勢を集めるのが上策です。素喜連と兵を合わせねば復讐は難しいでしょう」

 木丸津はそれに同じて将兵に言う。

「慕容部は手強い。ここは戦を捨てて決死の覚悟で斬り抜けよ。一度囲まれれば逃れる術はないと思え」

 言い終わるや、木丸津を先頭に木丸泥が殿後となり、慕容皝の軍勢に突っ込んでいく。それを見ると、皇甫真が大斧を手に馬を出して前を阻む。木丸津の将兵は決死の覚悟を固め、一人で十人に当たる勢い、その突撃を受けた慕容皝の将兵には多数の死傷者が出た。 慕容皝は金簡を手に馬を進めて叫ぶ。

「お前たちは事態を分かっておらぬ。すでに疲弊した軍勢で吾が大軍と戦うならば、一切を殺し尽くすことも容易い。吾はお前たちを憐れんで攻めかかるのを控えているに過ぎぬ。投降するならば 命を救って重く用い、相応の俸禄をも与える。投降せぬと言うならば、吾らが前を塞ぐ間に背後の鉄騎もまた到り、銅身鉄骨の体躯であっても無事では済まぬ。吾が自ら軍勢を率いておるからには、逃げ場などないものと心得よ」

 木丸津の将兵はそれを聞くと互いに顔を見合わせて出方を探る。そこに慕容翰の軍勢が背後から近づき、前からは皇甫真が馬を飛ばし、ついに木丸津の一族の木丸滋ぼくがんじを生きながら擒とした。皇甫真の武勇を懼れて木丸津の将兵たちは馬を下りて投降する。

 木丸津と木丸泥の兄弟が将兵を叱りつけても聞く者はなく、木丸津は数十人の一族腹心とともに決死の覚悟で包囲を破り、北を指して逃げ奔る。

 慕容翰が叫んで言う。

「草を切って根を残してはいずれ若芽が生じるもの、木丸津を追って逃がしてはならぬ」

 自ら馬を拍って先頭に立ち、木丸津の後を追う。木丸津の乗る馬は部内屈指の駿馬、慕容翰が馬を責めてもなかなか追いつかない。慕容仁も木丸泥の後を追ったものの、二十里(約11.2km)を過ぎても並びかけられない。百歩ほど先を行く木丸泥を睨んで弓を執り、慕容仁が一矢を放つと弦音に応じて木丸泥は馬から落ちる。

 ついに追いついた慕容仁は一刀を振り下ろして木丸津の首級を挙げた。

 慕容皝と皇甫真は木丸津の後を追い、慕容皝はその腹心の古禄ころくを斬って皇甫真は一族の得胡とくこを擒とし、軍勢を返して慕容廆に復命した。

 日が暮れて暗くなっても慕容翰だけは戻らず、慕容皝、慕容仁、皇甫岌、皇甫真の四人が捜しに出る。それでも見つからず、慕容廆は憂慮して寝ずにその帰りを待っていた。


 ※


 慕容翰は木丸津の後を追ったものの、木丸津は駿馬の脚に任せて逃げ奔る。馬を責めても二百歩ほどの差が縮まらず、苛立った慕容翰は弓を手に三矢を放つ。二矢は仕損じたものの、一矢は馬の脚にあたって棹立ちになり、木丸津は馬の背より地に投げ出される。一転して立ち上がったものの、馬は三、四丈(約9.3~12.4m)ほども跳び離れる。

 木丸津の部下が副馬を牽いて駆けつけたものの、その時には面前に慕容翰が逼って大喝する。木丸津は副馬に乗ることもできず、刀を振るって歩戦する。馬の脚を狙って刀を振るえば、慕容翰はその胸を狙って戟を突く。仰向けに身を開いて避けようとしたところ、その刃先が木丸津の咽喉を切り裂いた。

 ついに木丸津の首級を挙げると、馬頭を返して義州に向かう。五更(午前四時)にもなろうという頃合に陣に帰ると、慕容廆と慕容皝は二人して陣で待っていた。

「何処に行っていたのだ。兄たちを遣わして四方を捜したものの見つからず、お前は年少なので蹉跌を踏んだのではないかと心配しておったぞ。命知らずなことはするものではない」

 慕容廆がたしなめると、慕容翰が言う。

「虎穴を探らねば虎児を得ずと申します。木丸津の馬はかの曹操が騎乗した絶影にも比肩する駿馬でしたが、ここで逃がしてはならぬと思い定めて後を追ったのです。矢で馬の腿を射抜かなくては、木丸津を取り逃がしたことでしょう。この一晩で五百里(約280km)も馬を馳せてようやく木丸津の首級を挙げられました。これで遼地の一患を除いたと申せましょう」

 慕容皝が傍らより言う。

「駿馬も吾が弟もともによくやりました。これほど勇敢な弟があって賊徒を憂える必要はございますまい」

 慕容廆は二人の子を見て言った。

「お前たち二人は、必ずや大器となって大業を成すであろう。そうでなくては、これほどの文武の才幹と縦横の将略を天が授けるはずもない。慕容部の宗廟は必ずや盛んになるであろう。吾が死後を憂える必要はあるまい」

 それを聞くと慕容翰が言う。

「栄辱は天の定めるところ、力だけで動かせるものではなく、ただ吾ら父子は力を尽くすだけでございましょう。まずは賊徒を平定して百姓を救わねばなりません。すぐに軍議を開きましょう。木丸津が討ち取られて素喜連は必ずや吾らに畏れを懐いております。勝勢を駆って破竹の勢いとなし、すみやかに平定すべきです。素喜連を討ち取れば、慕容部の威は遼地を震わせるはずです」

 慕容廆もそれに同じて言う。

「その通りだ。木丸津を討ち取ったからには、すぐさま素喜連をも攻め取らねばならぬ。遅滞すれば素喜連に時を与えて平定が難しくなるばかりであろう。素喜連は木丸津よりも民を害すること甚だしい。この機に乗じて討ち取らねばならぬ」

 慕容廆と慕容皝は将兵に命じ、軍勢を二つに分けて素喜連を平定すべく東に向かったことであった。

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