第五十回 甘卓は偽って小女を取り返す
「公は清名の士です。どうして
「陳敏の不道を知らぬわけではない。それゆえ、これまで固く誓ってその信任を本心とは思っておらぬ。しかし、再三に渡って家人に請われ、一女を棄てて一家を守るために枉げてその縁談を受け入れたのだ。今となっては果たして吾は軍勢を委ねられ、ついに禍は吾が家に及んでしまった。吾が本心は公も知るところであり、公の正論は吾も重々に承知しておる。ただ、吾は兵権を委ねられたわけではなく、周囲は陳敏の一党に囲まれており、進退に窮している」
「一族の祭祀を保つのが一番の大事、それ以外は拘泥するにも及びますまい。
「顧公(顧榮)はすでに
「賊徒の叛乱はすでに朝野の知るところです。急がねば禍は身に及びましょう。公は敢えて一女を捨てて逆賊を討つにも、破れた靴を捨てるようにすみやかに行わねばなりません。汚名を着て死ぬよりは、陳敏の信任に背く方がましというものです。すみやかに計略を行うべきです。吾が此処に来たのは、顧彦先の依頼によります。必ずや牛渚に行ってはおりますまい。遅滞してはなりません」
「分かった。公は夜を徹して江左に向かい、兵権を握っている吾が友の
周玘はそれを聞くと、甘卓の許を辞去した。
※
それより甘卓は書信を偽造すると、陳敏に見えて言う。
「家より便りがあり、老妻が病を患って床に就いたとのこと、昨日には一族が挙って見舞いに行って誰もが重病であると言います。先ほど受けた便りも帰省を促すものでした。ただ、今は前に敵がある危急の際、任を捨てて帰省すれば大義に背くこととなります。小女を代わって帰省させることとし、吾は敵への備えに専心したいと願っておりますが、如何でしょうか」
陳敏はそれが偽計であるとは夢にも思わず、再拝して言う。
「公は真の親信の人、その児女は吾が骨肉の親も同じです」
ついに船を整えると、甘卓の小女を実家に送り返して母の看病をさせるよう命じた。
周玘も陳敏に見えて言う。
「聞くところ、錢廣は明公の威勢を懼れて
陳敏はその言を
周玘はそれより、甘卓との約定のために建康に向かったが、二日を過ぎずに先鋒より江水を埋める軍船と出遭う。これは建康より発した軍勢であった。率いる将帥は紀瞻と
それを知った周玘は小船に乗り換えて面会を求め、甘卓の書状を紀瞻に呈した。紀瞻は一読すると進軍を早め、卞壼に三千の軍勢を与えて小西門のあたりに布陣させる。自らはその後に続いて南門に対する位置に陣を置いた。
顧榮は錢廣の加勢に向かい、その一方で劉機の軍勢を遣わして
その高札には次のように記されていた。
先に
東海王は日ならず大軍とともに洛陽を発されるにあたり、先んじて
今、
吾が大義によって逆賊を討つにあたり、命令に従わぬ者は三族を戮するであろう。各々承知しておくがよい。
この高札を掲げるより、甘卓の許に投じる者は五千人を超え、廣陵の城中に来て戦に加わる者は一万を超えた。甘卓は檄文を各地に送り、義勇の軍勢を会するとついに城攻めに取りかかったことであった。
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