第四十八回 劉弘は死して陶侃と張光は兵を回す
▼「歴陽」は『
▼「廣陵」は『晋書』地理志では
瓜歩● ●廣陵
┏━━━━長江━━━━━━
┃● ●建康 ●京口
┃石頭城
烏江● ┃←溧洲
┃
歴陽● ┃
┃←牛渚
┃
廣陵にある
「すみやかに人を遣わして各鎮に命じ、
陳敏はその計に従うこととし、陳敏に与する各鎮では、官兵の攻撃が烈しければ出て戦い、緩やかであれば守りに徹するようになった。それより、陶侃と
二人は事態を憂慮し、
「昨日、
陶侃と張光はそれを聞いて色を失った。ついに軍事を
三人を迎える劉弘は涙を流して言った。
「まさに公らと力を合わせて陳敏の逆賊を平らげ、ふたたび中原を清めるべきところ、期せずして死病に冒されてしまった。再び起つことはできまい。天は太平を欲さず、この身を殺して賊徒を
「公はまず御身を自愛されよ。賊徒どもは吾らが平定に力を尽くして御覧に入れる。意に介されるには及びません」
陶侃と張光の言葉を聞いても、劉弘はただ頷くだけであった。二人は劉弘の命により軍に戻って賊徒に備えることとなり、荊州を発つ。劉弘の死はその数日後のことであった。
※
「いけません。この上奏を認めれば、朝命によらぬ人事が行われることとなります。悪しき前例となる
ついに
この山簡は酒を好んで政事に務めず、日々飲宴して暮らす手合いである。荊州に赴任してもその悪癖を改めず、賊徒が並び起って民に寧日はない有様となった。そのため、朝廷でも劉蟠を挙げて賊徒を平定させるべきという意見が出て、劉蟠は
▼「順陽」は『晋書』地理志では荊州順陽郡に含まれる。治所は
劉弘の子が任用されたと聞くと、賊徒はいずれも官に降って良民となる。山簡は劉蟠が己より優れることを嫉み、かつ、職を奪われるかと懼れて密かに上奏した。
「劉蟠は賊徒を殲滅するのではなく、すべて降伏させて麾下に収めております。賊徒となった者の心が正しかろうはずもなく、いずれは再び叛乱を引き起こしましょう。そうなっては禍は浅くはございません。陶侃と張光に命じて殲滅させるのが上策です」
東海王はその言を信じて劉蟠を
▼「越騎校尉」は『
※
陳敏に備える陶侃と張光の軍勢は、荊州からの糧秣を欠いて進退に窮していた。錢端はそれを知ってにわかに猛攻を繰り返し、官兵は連戦して敗北を積む。張光が憂慮して言った。
「山簡は軍事を軽んじて賊徒のことを忘れている。糧秣を欠いては戦はできぬ。ここはしばらく鎮所に還って糧秣を集め、その後に再戦を期するのがよかろう」
「賊徒を平定せよとの勅命を受けて、妄りに軍勢を返すことなど思いもよらぬ」
陶侃の反駁を聞くと、張光が言う。
「公の言は正しい。ただ、吾らは糧秣を荊州に頼っている。
ついに陶侃も撤兵に同じ、二人は軍勢を返した。
陶侃と張光が軍勢を返したと知り、陳敏は追撃を固く禁じる。それより近隣の郡縣に兵を遣わして長江の北、
陳氏の子弟は勢威を頼んで圧制を敷き、重税も相俟って民は塗炭の苦しみを舐めた。
※
「仁者は民を救うことを旨とする。先に
二人して嘆息するところに、
「陳敏は地を掠めて淮南に拠っておりますが、その勢威は朝露のようなものです。今や聖上は長安より洛陽に戻られ、朝廷には俊英の士が満ちております。これより大軍を発して賊徒を平定せんとされるでしょう。その暁には、諸賢は何の面目があって朝廷の士大夫に見えられるのですか」
二人は恥じ入ってついに陳敏を謀る計略を案じ、周玘が言う。
「かつて陳敏は
顧榮はその策に同じ、すぐさま書状を認めると切った髪を同封して誓いの証とする。その書状を腹心の者に持たせると、劉準の許に遣わした。
※
劉準は書状を一読すると、人を遣わして劉機を呼び寄せ、事を諮った。陳敏が己を叛徒と呼んだ遺恨もあり、劉機は顧榮の策に同じて自ら前駆となることを願う。
劉準はそれを止めて言う。
「陳敏の軍勢は強大になっている。一軍では如何ともし難い」
「吾らは朝廷より賊徒を平定せよとの勅命を受けております。名分は備わっており、将兵の士気は盛ん、軍令も行き届いております。さらに顧榮と周玘が内応するとまで言っておるのですから、勝てぬ道理がございません」
劉機の言からその意気込みを知り、劉準は劉機を
▼「瓜歩」は廣陵のやや上流、
廣陵の守兵たちは、劉機の進軍を知ると急使を発して陳敏に報せた。
「陶侃と張光を退けてより、江南をも兼併せんとしておるにも関わらず、劉準の賊めが邪魔立てするか。義に背く賊めが、許さぬぞ」
陳敏は怒って言うと、
「少々邪魔ではありますが、難しいことはございません。
▼「烏江」は『
▼「牛渚」は『後漢書』黨錮列傳の注に「牛渚は山の名なり。江中に突出し、謂いて牛渚圻と為す。宣州當塗縣の北にあるなり」とある。位置関係は烏江とともに先の概念図を参照。
陳敏はその言を
※
顧榮は密かに周玘を錢廣の説得に遣わした。
「今や朝廷には新帝が立って俊英が位を占めており、法は円滑に行われております。劉準が北から、瑯琊王が南から、應詹が西から攻め寄せており、日ならず陶侃と張光も到着するでしょう。東海王が自ら大軍を率いて洛陽を発したとの情報もございます。六軍が攻め寄せてきたとして、
「吾の観るところ、陳豫章の行いでは民心を得られるまい。民心を得ねば大事は成らぬ。しかし、彼は吾を信任して事を委ねておる。信任に背く行いは不義というものだ」
「将軍は間違っておられます。陳豫章は刑政を行うに律を欠き、子弟は横暴を働いて百姓は深く怨んでおります。その敗亡は掌を返すようににわかに訪れましょう。将軍は大才がありながら、史書に悪名を遺されるおつもりですか」
「それならば、公はどのような計略により吾を禍から救おうとされるのか」
「逆賊を助けて反乱を起こすより、国家のために兇徒を平定することが優れていることは自明です。忠義を行って叛徒を討つのは、将軍にとって掌を返すように容易いこと、ただ禍を転じて福とするのみならず、萬民の命を救って不世の大功を建て、千年の後にも伝わる功績を史書に遺せましょう」
「軍勢を率いて外にある身であれば、陳敏に叛くことは容易い。ただ、陳敏に叛けば吾が家眷は皆殺しにされよう。そうなっては、吾がために一族の老小を犠牲に供することとなる」
「顧榮と吾が内にあり、必ずや将軍の一族をお救いいたしましょう。将軍におかれてはまず陳昶を除かれよ。その後、偽って劉機の軍旗を掲げるのです。夜を徹して軍勢を返し、陳敏に攻めかかれば、防戦に終われて将軍の一族を刑戮する暇などございません」
ついに錢廣は周玘の説得に応じ、密かに人を遣わして劉機と密約を通じる。劉機は密約を受けてもその真偽を見極められず、厳戒態勢を布いてその到着を待ちうけたことであった。
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