第四十五回 陳敏は謀叛して江東に拠る
晋の
荒廃は洛陽に止まらず、
▼洛陽・長安・鄴・許昌の位置関係を示す概念図は以下のとおり。
┃山西┃ ▲ 山東
河套地方 ┃晋陽┃ ▲太
黄 ●汾 ▲行
河 水 ▲山
┃ ┃ ▲脈
┣━━┛ ▲ ●鄴
蒲坂津Z ▲
┃風陵津
━━渭水━━┻И━━黄河━━━━
長安● ◇潼関 ●滎陽
関中 ▲▲ ●洛陽
▲▲ ▲▲▲▲▲ ●許昌
▲▲▲▲◇▲▲▲
終南山▲武関 ●南陽
▲▲▲ 新野●
▲▲ ●樊城
━━━━漢水━━━━┓
襄陽●┃
┃
▼淮水方面の概念図は以下のとおり
━黄河━━┯━━┛
●滎陽 │ 彭城(徐州)
└─汴水─┐ ●│
●許昌 譙郡●└──┤●下邳
泗 ┏海
──┐ 水 ┃
└潁水─┐陳留● └─┏┛
└──┐ ┃
項城●│ ┃
上蔡● │ ┏┛●盱眙
新蔡● │ ┏┛
━━━淮水━━━━┿━━━┛
│●壽春
├─┐
│芍│
│陂│
└─┘
合肥●
繁栄を極めた中原に安寧はなく、民は窮乏して余財はない。ただ、
※
李雄の叔父の
「お前の母が吾が家に入った頃、部屋に二條の虹が生じて眩い光を発し、その光は中堂から天に上がる夢を見たという。その一條は徐々に淡くなって消え去り、もう一條はより強く輝くと五色の色を発し、ついに天に上った。その後に生まれたのが
李雄はその言を
※
晋の司馬氏は宗族が互いに争って殺し合い、ついに天の怒りを買って災異を招いた。
◆「光義縣」の位置は不詳。『
それより十日ほどが過ると、一族の
異変が頻発しているとの報告を受けた朝廷は、詔を下して郡守、縣令に刑罰を慎んで倹約に務め、天変を祓うよう命じる。
※
詔は
「天は晋朝の不道を憎んで災異が頻発しておる。これは天命が革まらんとする証左であろう。吾は江南にあって河北とは何の関わりもない。この地に拠って自立しておるようなものよ」
「この詔は吾らにとっても好都合、従われるのがよろしいでしょう。漢と成は日に日に盛んとなって朝廷も平定できません。さらに
陳宏の言葉を聞いた陳敏はそれに同じ、陳宏のほかに
※
それより幾ばくもせず、京口の呉王が
▼「薨」は貴人が死んだ際に使う。「
陳敏はその機を逃さず、銭端を遣わして輔佐するように偽り、その実、司馬常の兵権一切を奪い取らせた。銭端の後任には子の陳景をあてる。京口を押さえた陳敏はいよいよ不軌を図る心を決め、陳宏、陳昶、銭端たちに事を諮って言う。
「もはや晋朝に人はおらぬ。賊徒は四方に蜂起して西北は漢に蝕まれ、
子の陳景が言う。
「大事を行われるには、必ず高賢の士を得ねばなりません。朝廷は父君の勲功をもって数郡の統治を許し、藩屏としております。叛いたと知れば、軍勢を発して征討せんと図ることは必定、その際に高才大賢の人を欠いては防ぎきれますまい」
「江南には高賢と呼べる者が数名あるが、みな官を棄てて野に潜んでおる。屈して吾らに与するように仕向けるのは難しかろう」
陳宏が懸念すると、陳敏が駁する。
「才華に秀でて行いの清い者は、林泉に隠れても名は朝野に知られるもの、吾もよく承知しておる。かつて朝廷が度々抜擢しようとしたものの、これらの者たちは諸親王の行いを見て仕官を避けた。甘卓と
ついに陳宏も同じて言う。
「甘卓は呉王の長史として京口に鎮守しておりましたが、司馬常の無能を知って病と称し、郷里に退きました。甘卓の協力を得られるならば、呉王の命であると称して各地を従え、大事も行いやすくなりましょう」
その言葉を陳敏は納れ、甘卓が協力せざるを得なくなる計略を案じるよう、諸人に命じたことであった。
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