第三十八回 河間王司馬顒は太白山に走る
「事ここに至り、和睦は許されまい。危惧したところで無益である。軍勢を率いて
▼「藍田」は長安の南にあり、
翌日、祁弘、
東海王の軍勢は藍田を抜いたことを祝って軍営で祝宴を張ろうとした。
「吾らの軍勢は
祁弘はその言葉を聞くと袂を払って言う。
「
将兵はその言葉を聞くと、勇躍して軍勢を発した。
※
張輔と馬瞻が長安に逃げ込んだ後、東海王の軍勢も後を追うように攻め寄せてきた。それを見た
「東海王の軍勢は進軍を急ぎ、兵法の禁忌を犯しております。城を囲まれれば、そこで一息吐いて付け入る隙がなくなりましょう。包囲を許してはなりません。すみやかに軍勢を出して出鼻を挫くのが上策、大王が自ら出戦されれば将兵の士気も上がります。まずは一戦してその鋭気を阻み、それから計略を行うのがよろしいでしょう」
河間王はその献策を容れ、成都王とともに城を出て陣を布く。そこに祁弘が到着して対峙した。河間王は自ら馬を進めて祁弘に言う。
「諸王は張方を誅殺して罪を正すとの名目で挙兵し、孤はその罪を知って首級を送り届けた。それでも軍勢を返さず長安にまで攻め寄せるとは、天子を
「東海王の命を奉じて聖上を洛陽にお迎えし、天子に謁見すれば軍勢を返しましょう。長安を抜こうなどとは考えてもおりません」
祁弘の抗弁に郅輔が馬を出して言う。
「天子が長安に遷られたのは、洛陽が荒廃して食糧にも事欠くがゆえ。吾が主は仮に長安に奉迎して境内を安寧ならしめた暁には天子を洛陽にお返しするであろう。お前たちが軍勢を挙げて長安まで迎えに来る必要はない」
祁弘はそれに駁して言う。
「洛陽が荒廃したとは言え、天下の州郡より穀粟が届けられて一月もすれば府庫は満ち足りよう。妄りに天子を遷すには及ばぬ。河間王は長安に迎え、東海王は洛陽にお戻しせんとし、ともに天子のために行ったことではあるが、洛陽に還って宗廟を奉じるのが礼の正しい有り様であろう」
「聖上は此処にあり、吾らには過失も礼を失した行いもない。東海王が迎えに来るには及ばぬ。朝見を望むのであれば、甲冑を脱いで刀鎗を置き、朝見に向かうがよい。軍勢を並べて官兵を脅かす必要はない」
「武帝が開基された国都は洛陽であって長安ではない。お前たちが聖上を長安に遷したに過ぎぬ。その下心は言わずとも知れたこと、それにも関わらずなお妄言を吐くか。聖上を送り出して誅戮を免れるがよい。少しでも遅れるようであれば、城池を打ち破って満城の者どもを尽く誅殺するであろう」
祁弘の放言を聞いた張輔は怒り、大刀を抜いて斬りかかった。
「匹夫めが無礼にも禁闕を犯そうとするか。誅戮だけで許されると思うな」
「昨日は藍田から必死で逃れたにも関わらず、懲りずに大言を吐くか。腕前の違いを見せてやろう」
祁弘はそう言って哂うと、鎗を捻って迎え撃つ。刀鎗を交えて二十合を超えるも勝敗を分かたない。河間王に従う
東海王の陣からは糜晃と
その頃には張輔も祁弘の鎗を見に受けて馬下に絶命していた。
※
河間王は麾下の部将が次々と討ち取られるのを見ると、傍らにある郅輔に出戦を命じた。郅輔は諸将の戦死を見て一驚を喫し、にわかに目を見張って河間王を見据えて言う
「
そう言うと、刀を抜いて河間王に斬りつける。河間王が叫ぶ。
「
郅輔はにわかに自刎して果てた。その頸からは血が流れず、代わって全身の七穴より血が流れ出る。河間王はその死が張方を殺した報いであると思い至り、麾下の部将を喪ったことも相俟って長安を指して逃げ奔る。
東海王は河間王の軍勢が総崩れになったと観て叫んだ。
「司馬顒を
河間王はついに長安に入ることを諦めて
◆「木の実」の原文は「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます