応援コメント

第三十六回 東海王司馬越は兵を会して張方を討つ」への応援コメント


  • 編集済

    三国志後伝の世界にも冀州刺史はいたんだ(笑)。今まで散々、治下の諸郡が漢軍に攻められ、陥落してきたのに全く対処もせず、十四路諸侯として大会戦に加わらず、渤海や襄国も見捨て、八王の乱に加わるとは、温羨はとんでもない不忠にして無能の極みです。

    と、講談を本気にしたら、とてつもない冤罪が起きますな(笑)

    劉喬もなぜ、河間王・司馬顒の味方をしたのか良く分からないままでしたね。ただの権力争いかな。三国志後伝は恵帝を害し、懐帝を圧迫する東海王・司馬越が一貫して悪役ですからね。さすがに、河間王よりはマシな気はしますが。おまけに鉅鹿知府事の劉喬と同一人物か別人か謎のままで終わりました(笑)。なお、彼は三国志の劉廙の従孫にあたります。

    劉喬はこの後はもう活躍はなく、最期に名前が出るだけなので、ここで十六傑のリストから落とすことにします。すでに脱落者が四名目です。

    西晋十六傑(十四路諸侯+二)
    ✕ 征西大元帥・陸機
    荊州刺史・劉弘
    西涼刺史・張軌
    幽州惣官・王浚
    揚州刺史・陳敏
    幷州刺史・劉琨
    廣州刺史・陶侃
    青州刺史・苟晞
    ✕ 豫州刺史・劉喬
    樂陵太守・邵續
    滎陽太守・李矩
    ✕ 雍州刺史・劉沈
    順陽太守・張光
    ✕ 武威太守・馬隆
    南平太守・應詹
    南中郎将・祖逖

    【追伸】
    三国志後伝・第五十七回に鉅鹿知府事の劉喬と同一人物であることが明言されていますね。失礼しました。

    按《晉史》:劉喬字仲彥​​,南陽人也。其先漢之宗室,世封安眾侯,蔭襲。至三代祖劉奈魏侍中,父劉阜為陳留守。喬少為秘書郎,王戎引為參軍,同伐吳有功。復與羅尚濟江,大敗吳將留憲。又破武不還,授滎陽令,封關中侯。後遷鉅鹿太守。以許戌戰死於漢,喬走回洛陽,齊王拜為尚書右丞。

    作者からの返信

    こんにちは。

    〉冀州刺史はいたんだ(笑)

    通なツッコミをありがとうございます。魏郡が危ないのに冀州からは出兵しないという。
    そこ喉元ですよ、奥さん。幽州から出兵した王浚を見習え。


    〉温羨

    冀州刺史への疑惑はさておき、史実の温羨さんは東海王の成都王攻め後に冀州牧となっていますから、踏襲するなら冤罪です。そこを混ぜていいのかは微妙ですが。まあ面白けりゃなんでもあり、史実もファンタジーもテキストとしては等価ですから、受け手次第でしょう。


    〉劉喬

    史実でも東海王に敵対していますから、それを踏襲した感じでしょうかね。その後に大赦で許されたようですが。


    〉鉅鹿知府事の劉喬

    前作の「第七十一回 劉霊は鉅鹿に戦う」に登場している彼と同一人物だと思いますが、証拠はありません。思い込みかも。一応、知将キャラつながりということで、同一認定しています。


    〉劉廙

    マイナー。
    劉表に殺された劉望之の弟、と言われてもなあ、ですね。お兄さん含めて誰やねん、と。
    長沙定王劉発の末裔だそうですが、中山靖王劉勝の末裔である劉琨と劉輿とは不仲というか、敵対関係に近かったようです。さすがに同族意識はなかったんでしょうね。
    興味深い事例です。