第三十六回 東海王司馬越は兵を会して張方を討つ
「
温羨はそれを聞くと嘆息した。
「聞くところ、范陽王にはかつて罪過を犯しておられますまい。それにも関わらず、張方に謀られるとはおいたわしい限りだ」
「明公は
「一縣などと言われるには及ばぬ。かつて
温羨はそう言うと、部将の
さらに、參軍を務める
※
王浚は范陽王が冀州に入り、温羨がその長史となって劉輿が司馬となった経緯を李騰飛より聞くと、
遊暢が言う。
「先に東海王の命を奉じて成都王の軍勢を打ち破ったがため、吾らと成都王は怨みを結んでおります。河間王は張方たちに
王浚はその言葉に意を決すると、李騰飛を召して言う。
「
「
王浚は起ち上がって言う。
「温冀州が大義をもって吾を召されるとあれば、どうして従わぬわけがあろうか。祁弘と一万の鉄騎を霊璧に遣わしてすみやかに劉喬を破らせよう。吾は五万の軍勢を率いて長安に向かう準備を進める。范陽王が出兵して吾と軍勢を合わせる期日を連絡されよ。このまま張方の横暴を許すわけにはいかぬ。参軍は先行してこの言葉を温冀州に伝えられよ」
その言葉を受けた李騰飛は拝謝すると冀州に還り、王浚の言葉を伝える。范陽王をはじめとする衆人は喜び、人を遣わして東海王に事情を伝えた。
※
東海王は
この時、霊璧を守る劉祐の許には、許昌を破った軍勢とともに劉喬が到着していた。この時、張方は軍勢とともに関中がある西に引き返している。
劉祐は劉喬と軍勢を合わせると意を定める。
「すでに范陽王は敗れて許昌を落とされたと知れば、東海王の軍勢の士気は失われよう。軍を進めて一蹴すべきである」
ついに軍勢を発して東海王の軍営に攻めかかる。東海王は
その時、にわかに劉喬の後軍が乱れたつ。顧みれば、幽州の祁弘が到着とともに劉喬の後軍を一撃し、さらに側面を回って両軍の前面に姿を現した。
一団となって戦場に控える鉄騎とその先頭に立つ祁弘を見ると、糜晃が叫んで言う。
「そこに来た将は何者か」
「幽州の大将にして二十四路の総先鋒を務めた
その言葉を聞いた糜晃が言う。
「吾は東海王の先鋒を務める糜晃である。ともに敵陣に入って劉喬を
糜晃と祁弘は華文を挟撃し、瞬く間に華文は馬下に斬り下とされる。さらに一万の鉄騎が劉喬の軍列を蹴散らすと、脆くも崩れた兵は潰走をはじめる。
劉祐はその様を見ると、劉喬を先に行かせて自らは殿軍となり、豫州に引き返そうとする。その殿軍も祁弘の鉄騎を支えられず、ついに劉祐は生きながら擒とされた。劉喬はただ豫州を指して逃げ奔り、ついに逃れることを得た。
※
祁弘は擒とした劉祐を東海王の許に送り、東海王はこれを斬刑に処して祁弘に重賞を与える。
「張方はすでに関中に還りました。吾が主(王浚)は長安に向かっておられ、范陽王の軍勢も日ならず長安に到り着きましょう。大王におかれては星夜を冒して関中に軍勢を進められよ。盟主たる者が遅参したとあっては格好がつきますまい」
祁弘の言葉を聞いて東海王は鋭気を奮い立たせる。
祁弘の軍勢を還すとともに、人を長安に遣わして上奏した。その上奏文は、張方の横暴と河間王の専権を責めて次のように結ばれていた。
「四方の諸侯はみな義兵を挙げてその兵力は五十万を超えております。日ならず進んで長安を囲み、聖上を洛陽にお返しするでありましょう。河間王は雍州に退いて世々藩職を奉じ、軍勢による討伐を受けることを免れよ」
河間王は四方の諸親王の軍勢が盛んであると知り、東海王の上奏に従おうとした。張方は自らの罪の重さを知り、東海王が晋帝を擁すれば、天下に号令するどころかその命さえ保ち難いと考え、河間王に言う。
「大王は関中という形勝の地に拠られ、国は富んで兵は強く、天子を擁して天下に号令しておられます。その威令に従わぬ者はございません。東海王の甘言を聞いて聖上を洛陽にお返しすれば、吾らは孤立して東海王の思うがままにされましょう。親王には大王を嫉む者が少なくありません。それらの者たちが兵を擁して関中に向かっているとあれば、易々と近づけては何が起こるか分からず、万一の際には悔いても及びません」
河間王は張方の勇猛に頼りきっており、ついにその言に従うこととした。
「霊璧の軍営はすでに抜かれ、王浚と温羨は北から、東海王と南陽王は東から、それぞれ長安を目指して大軍を合わせようとしております」
霊璧失陥の報告を受けた河間王は晋帝を洛陽に戻そうとしたが、張方は固執して従わない。河間王は懼れてその子の
「祁弘はかつて
司馬暉がそう勧めると、河間王もそれに同じる。ついで、密かに
「今や三王と二公、それに幽州と冀州の刺史が軍勢を合わせて張方の罪を問おうとしておる。先に東海王より使者があり、『聖上を洛陽にお返しして世々藩職を守れば軍勢を引き返す』と申しておったが、張方が固く反対し、聖上を洛陽にお返ししてはならぬと言う。今や四方の軍勢は関中に迫っており、軍勢を率いる祁弘の勇猛は知らぬ者もない。孤が罪を得るのはすべて張方のためなのだ」
河間王の言葉を受けて郅輔が問う。
「そうであるとして、大王は主帥をどのように処されるおつもりでしょうか」
「お前は張方の指麾下にあるとはいえ、孤の腹心の将である。包み隠さず言えば、張方の首級を東海王に与えて軍勢の進軍を止め、和睦するのが唯一の策であろう。しかし、孤に代わって張方を討ち取る者がおらぬ。それが出来るのはただお前だけである。忠義の心によって孤に代わって事を果たせば、聖上に上奏して張方の職をお前に授けよう」
「臣として主命を蒙ったからには、理として行わぬわけに参りません。過分の褒賞など望みもいたしますまい。張方の首級を挙げるなど嚢中の物を取り出すようなもの、大王におかれてはご放念下さい」
河間王は郅輔を厚く賞して送り出したことであった。
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