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2018年3月3日 14:58
しかし、他軍と連繋する予定ならともかく、張顕兄弟とか呂鐘兄弟とか、20万の大軍相手に「襄陽守城録」の趙淳に否定された「真っ昼間から正面から打って出る」作戦をとりたがるのか(笑)講談だから仕方ないというのが答えでしょうけど、城に籠もって包囲されたら、周囲は降伏して補給を受けられず、じり貧になることはケースが多いから実際は一概には言えません。今回の呂鐘・呂律兄弟が晋軍の有力な人物で仲間に加わった唯一のケースですね。三国志演義なら、忠義を尽くそうと敵将を礼遇して心服させることが多いのですが、その唯一のケースが、一族が助かりたくて、忠義を尽くそうとする部下に言いがかりをつけて殺して降伏とは、酉陽野史はこういうところはシビアですな。呂律も「漢王朝こそが正統。俺は真の天子に帰順する」ぐらい言えばいいのに誰も言ってくれない(笑)関兄弟のキャラがやっと立ってきました。関山は関防の弟ですね。関心の兄とする『通俗續後三國志』の人物紹介は間違いでしょうな。関防は勇猛であるが落ち着いた重厚な性格で、関謹は真面目で大人しい性格、関山は気が強い荒々しい性格、関心は冷静で知謀と捕獲にすぐれているようです。また、関心の『母の鮑家に伝わる紅錦套索の術』はニヤリとさせるところですね。演義にない関索伝説まで取り入れるとは酉陽野史の三国志愛の深さを感じます。
作者からの返信
こんばんは。関氏兄弟の見せ場です。〉「真っ昼間から正面から打って出る」作戦講談ですから(キッパリ)〉一族が助かりたくて、忠義を尽くそうとする部下に言いがかりをつけて殺して降伏楊阜が馬超を走らせた際の史実を裏返した感じです。あの時は、家族が馬超に従うことを拒否して徹底交戦しました。翻案したわけですね。〉『母の鮑家に伝わる紅錦套索の術』元代に成立したと見られる『花関索傳』によるものなのですね。鮑三娘が関索の妻とされており、それを引いてきた、と。失われていたとはいえ、明代には一般的な演目だったのかも知れませんね。なかなか興味深い箇所です。
しかし、他軍と連繋する予定ならともかく、張顕兄弟とか呂鐘兄弟とか、20万の大軍相手に「襄陽守城録」の趙淳に否定された「真っ昼間から正面から打って出る」作戦をとりたがるのか(笑)
講談だから仕方ないというのが答えでしょうけど、城に籠もって包囲されたら、周囲は降伏して補給を受けられず、じり貧になることはケースが多いから実際は一概には言えません。
今回の呂鐘・呂律兄弟が晋軍の有力な人物で仲間に加わった唯一のケースですね。三国志演義なら、忠義を尽くそうと敵将を礼遇して心服させることが多いのですが、その唯一のケースが、一族が助かりたくて、忠義を尽くそうとする部下に言いがかりをつけて殺して降伏とは、酉陽野史はこういうところはシビアですな。呂律も「漢王朝こそが正統。俺は真の天子に帰順する」ぐらい言えばいいのに誰も言ってくれない(笑)
関兄弟のキャラがやっと立ってきました。関山は関防の弟ですね。関心の兄とする『通俗續後三國志』の人物紹介は間違いでしょうな。関防は勇猛であるが落ち着いた重厚な性格で、関謹は真面目で大人しい性格、関山は気が強い荒々しい性格、関心は冷静で知謀と捕獲にすぐれているようです。
また、関心の『母の鮑家に伝わる紅錦套索の術』はニヤリとさせるところですね。演義にない関索伝説まで取り入れるとは酉陽野史の三国志愛の深さを感じます。
作者からの返信
こんばんは。
関氏兄弟の見せ場です。
〉「真っ昼間から正面から打って出る」作戦
講談ですから(キッパリ)
〉一族が助かりたくて、忠義を尽くそうとする部下に言いがかりをつけて殺して降伏
楊阜が馬超を走らせた際の史実を裏返した感じです。あの時は、家族が馬超に従うことを拒否して徹底交戦しました。翻案したわけですね。
〉『母の鮑家に伝わる紅錦套索の術』
元代に成立したと見られる『花関索傳』によるものなのですね。鮑三娘が関索の妻とされており、それを引いてきた、と。
失われていたとはいえ、明代には一般的な演目だったのかも知れませんね。なかなか興味深い箇所です。