第三十一回 関山と呂鐘は再び悪戦す

 翌朝の辰の刻(午前八時)、呂鐘りょしょうは戎装を整えると出戦せんと馬をき出す。その時、呂律りょりつが五千の軍勢を率いて飛ぶように現れる。

 それを見た呂鐘が言う。

「何ゆえに城を守らず此処に来たのか」

「斥候の報せるところによれば、漢将はなかなかに手強く、賢兄と一日悪戦して決着がつかぬと聞きました。それを聞いて手傷などを負われてはおらぬかと案じて駆けつけたのです」

 呂鐘は呂律を睨みつける。

楊参軍ようさんぐん楊謙ようけん、参軍は官名)が城にあるとはいえ、漢賊どもが詭計を施して西河せいかの城を襲えば、吾らが引き返したところで及びつかぬ。お前がおらねば誰が城を守るというのか」

楊守善ようしゅぜん(楊謙、守善はあざな)は知略に秀でて五千の軍勢があります。漢賊どもとて易々と城を抜けますまい。小弟しょうていは漢将の剛強を慮って参ったのです。昨日の戦われたところ、漢将は何者でどれほどの手並みでありましょうや」

▼「小弟」は年少の兄弟が兄に対する際の自称。

「先鋒を率いる主将は関防かんぼう、昨日の戦はその弟の関山かんざんという者が相手であったが、二百合を超えて隙を見せなんだ。難敵と言えよう」

 その言葉を聞いた呂律が言う。

「今日は小弟が出戦して漢の陣を踏み破り、吾ら兄弟の武勇を見せつけてやりましょう」

「関氏の兄弟は尋常の将ではない。油断して蹉跌さてつを踏むでないぞ」

 呂鐘はそう言うと、呂律とともに軍営を出た。


 ※


 すでに待ち受けていた関山は呂鐘の姿を見ると大音声に言う。

「昨日は日が暮れたため、お前に一夜の命を貸してやった。早く来て貸した命を返すがよい」

 呂律はそれを聞いて怒り、鎗を捻って馬を拍つ。

「お前は呂鐘ではあるまい。吾の相手ではない。さっさと呂鐘を出すがいい」

 関山が哂うと呂律が言う。

「怖いならばそう言うがよい。吾は大将軍の弟、呂正音りょせいおん(呂律、正音は字)である。これよりお前と三百合を戦って優劣を明らかにしてやろう」

「呂鐘は死を怖れて弟を身代わりに差し出したか。それならば、先に冥途に送ってやろう。兄が後から来るのを待っておれ」

 それを聞いた呂鐘が怒って言う。

「妄言を抜かすな。賢弟はしばらく引いておれ。吾が自らこの賊を行きながらとりことし、将家の子弟の技量を見せてくれよう」

 ついに馬を拍って大刀を抜きつれ、関山に馳せ向かう。関山も大刀を抜いて迎え撃ち、刃を合わせて支え止める。これより二将の白刃は白鷺が並んで飛ぶかの如く、馬も体をぶつけて力を比べ、馬蹄ばていが挙げる塵埃じんあい滾々こんこんとして雲龍が絡み合うように見えた。


 ※


 戦はたちまち五十合を超えて終わる気配もなく、三度の戦は午の刻(正午)までつづいて互いに譲らない。呂律はついに馬を拍って戦場に向かい、関山を挟み撃ちにせんと図る。

 一方の関山は左右に敵を迎えて怯む様子もない。漢陣の関謹かんきんは呂律が飛び出すのを見て自らも馬を馳せ、叫んで言う。

「吾らは四人の兄弟があっても加勢しなかった。お前が加勢に出るのを黙って見ているとでも思ったか」

 関謹は関山と呂鐘の間に割り込み、呂律は関山を相手に勇を奮う。四将は一団となって塵沙じんさを巻き上げ、強風も相俟あいまって両軍の兵士が見る姿は霞み、いずれが味方か分からなくなる。さすがの四将もそれぞれの陣に引き上げた。

 陣に戻った関山が関防に言う。

「賢兄は陣を守ってお待ち下さい。吾がこの塵埃を突いて敵陣に斬り込み、呂兄弟を擒としましょう」

 強いて陣を出ようとするも、西北から狂風が巻き起こって砂のみならず礫石まで巻き上げはじめる。両軍の兵士は目も開けられぬ有様となり、その日は風が止むのを待つうちに日暮れに至った。


 ※


 関防が呂兄弟の陣を睨んで言う。

「先鋒となったからには手に唾して西河を陥れ、吾が兄弟の勲功を表さんと考えておったが、呂鐘、呂律のような英勇が相手とあっては、にわかにこの郡を落とせぬ」

 関謹が駁する。

「たしかに呂兄弟は端倪たんげいすべからざる敵、許戌きょじゅつ典升てんしょうの如き強敵です。萬戸山ばんこさんの隘路を争っては日を送るばかりとなりましょう。ただ戦で武勇を競うのではなく、計略を用いねばなりません」

 関心かんしんも関謹に同じる。

「明日の戦では、三兄(関山)はこれまでとおりに対陣し、二兄(関謹)は三千の兵士とともに要路に伏せて敵の救援を断つのがよいでしょう。大兄(関防)は二千の軍勢を率いて西路上に遊軍となって下さい。吾は一千の兵士とともに西の山林に伏せ、三兄が敗走を装って敵を誘い込むのを待ちます。呂鐘はこの二日で一勝も得ておりません。三兄が兵を返して逃れるように見せかければ、必ずや勇を恃んで追い討つでしょう。伏処を過ぎれば軍勢を返して支え止め、呂鐘を追う軍勢を二兄が断てば、呂鐘の勢いもつづきません。勢いを止めてしまえば、吾は背後から伏兵を発して攻めかかり、母の鮑家ほうけに伝わる紅錦こうきん套索とうさくの術で呂鐘を馬から引きずりおろします。三人でかかれば呂鐘を擒とするなど容易いことです」

 関心の策を聞いた関防が喜んで言う。

「妙計と言うべきであろう。呂鐘を擒とすれば、呂律も後ろを気にしてこれまでの勇猛は奮えまい。西河は落としたも同然である」


 ※


 翌日の未明、関防、関謹、関心は伏処に向かい、関山は三千の軍勢を率いて呂兄弟の軍営に向かった。

 呂鐘が怒って言う。

「賊めがこの軍営に攻め寄せるとは、吾が手並みを忘れおったか。関兄弟を斬らねば男児とは言われまい」

 呂律が諌める。

「関家の兄弟は勇猛、軽率に応じてはなりません」

「吾が出戦して敵を退ける。敵が関山だけならば、必ずや討ち取ってくれよう。お前は三千の兵士とともに後詰となれ」

 言い放つと、呂鐘は軍営を出て陣をひらき、軍営の門前に馬を立てると関山を指差して言う。

「狂風さえなければ、お前は吾が刀の錆となっていた。幸運とも思わずまた挑むつもりか」

「吾と闘って今日まで生き長らえたのは上出来だった。無駄口を叩く暇があればさっさと攻め寄せて来い」

 呂鐘は無言で馬を拍ち、大刀を振るって斬りかかる。関山はそれを支えて言う。

「強がりを吐くと、擒となった時に合わせる顔を失うぞ」

 二人の戦はたちまち五十合に超える。それより関山の刀捌きはにわかに乱れ、ついに馬を返すと言い捨てた。

「お前が好漢と自負するなら其処で待て。吾が馬鞍を直して出直すのを待っておれ」

「逃げる理由など聞くに及ばぬ」

 関山は慌てふためいたように見せつつ西を指して逃れ去り、呂鐘は馬を責めて後を追う。山裾の丘を越えるとその先は林となっており、呂鐘は警戒して馬を止めた。関山はすでに伏処を過ぎたと見ると、馬頭を返して挑発する。

 怒った呂鐘は馬を進めて斬りかかり、戦うことわずか五合、背後から関心が馬を飛ばして攻め寄せる。関心は投げ網を打って呂鐘を絡め取り、関山は刀を振るって解く暇を与えない。

 関心が大力で投げ網を絞って強く牽くと、ついに呂鐘は馬から落ちたことであった。

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