第二十六回 邵祿は石勒の軍に降る
張兄弟の首級を呈された石勒は悦んで諸将に重賞を施した後、軍議を開いて攻城策を諮る。王彌が言う。
「張兄弟はすでに討ち取られており、渤海城の将兵は怖れて容易く抜けよう。吾が一軍を率いて城下を衝き、不備を襲って城を落とすのを待たれるがよい。大軍で包囲すれば城兵は必死の覚悟を固めて守り、外に救援を求めよう。そうなるとにわかには攻め落とせまい」
その意見を聞いた
「
張賓は張實の意見を容れ、軍勢を四つに分けて渤海の城に逼ることとした。
※
晋の斥候は漢兵の進軍を知ると駆け戻って城に報せる。邵祿は僚佐に方策を諮って言う。
「
僚佐は口を揃えて言う。
「朝廷は参軍(邵祿)にこの郡の統治を委ねられました。今や太守はなく、城内の者は参軍に従うのみです。異論がある者はおりません」
「みながそう考えるならば、吾の決定をみなが拒むこともあるまい。愚見によれば、人を青州に遣わして援軍を求め、その一方で軍民ともに城壁に上がってこの城を守るよりないと考える。そうすれば、漢兵が大軍と言えどもにわかに城を陥れることはできまい」
邵祿の言葉を聞いた僚佐が懸念を口にする。
「漢兵は二十万を超え、郡内を
「それならば、しばらく城を守って様子を見るよりあるまい」
僚佐は反対して言う。
「
それを聞いた邵祿が言う。
「みなの言葉に理がある。しかし、民の生命を保るべく城を明け渡しては、忠臣の行いとは言えぬ」
「吾らが命を擲ち、職に尽くして忠に殉じたとして、賊を退けて城を守り抜けましょうや」
邵祿は呻吟することしばしの後に口を開いた。
「みなの言葉に従う以上、吾を不忠と罵ることはできぬぞ」
「吾らは不忠ではございません。晋朝は諸親王の争いにより自ら損ない、これは時勢というものです」
ついに邵祿は人を石勒の軍営に遣わした。
「渤海城内の
使者の言葉を聞いた石勒が言う。
「吾らの進軍は地を得るためであって人を殺すためではない。古より『逆らう者を仇敵としても、従う者は一体の如し』と言う。従う者を損なう理があろうか。参軍の言葉が真率であるならば、吾は漢兵の蛮行を禁じる高札を書いてお前に授けよう。城に還って衆人に示すがよい。また、開城の暁には城内の官員の階一級を進め、邵参軍を渤海太守に任じよう。吾らの軍勢が入城すれば六街三市や城坊の門を開け放たせ、市は常のように開けばよい。
使者は城に還って石勒の言葉を伝えると、邵祿は官員を率いて城門を出て、石勒の軍門に到って投降した。
石勒は賓客を遇する礼により自ら出迎え、一同して城に入る。兵士を遣わして城内に説諭の高札を立てさせ、それを見た百姓は香炉を持って出て、入城する漢兵を道に拝する。掠奪などの蛮行は厳しく禁じられて漢兵たちは
石勒と張賓は邵祿に府印を
▼「襄國」は、鄴のほぼ真北にあり、渤海からは西にあたる。石勒の進軍路を考えると、
※
晋の間諜は渤海の落城を知ると、すみやかに襄國に向かった。襄國に鎮守する
弟の玖瓊は知識に富んで謀略に秀で、襄國の参軍を務めている。兄の玖佩は膂力に優れて智勇双全と謳われ、はじめは
▼「殿中将軍」は『後伝』、『通俗』ともに「殿将軍」とするがそのような軍号はないため、改めた。
玖佩は渤海の失陥を知ると間諜を四方に放って実情を探らせ、間諜からの報告を受けると軍議を開いて方策を諮った。
「石勒の驍勇には敵する者がありません。また、軍師の張賓は詭計百出、一戦にして渤海を下してその鋭鋒は甚だ盛んです。野戦となれば容易く勝てる相手ではありません。ここは城に籠もって堅守するのが上策でしょう。その間に人を幽州に遣わして
玖瓊の献策を聞いた玖佩が気の進まぬ風に応じる。
「
「王浚に不善の心があろうとも、同じく晋朝の臣下であって一家のようなものです。さらに喫緊の事態であれば、身を喪って家を滅ぼすことを避けるのが第一、まずは幽州に人を遣わして援軍を求めるべきです」
玖瓊が食い下がって言い、ついに玖佩も書状を認めると人を遣わし、夜に昼を継いで幽州に向かわせた。さらに、属縣に人を遣わして糧秣を集めるとともに城外の民を城に入らせる。それより城壁を繕って濠を深くし、漢兵の包囲に備えさせた。
襄國を発した使者は昼夜兼行の強行軍で進み、日ならず幽州に到って王浚に書状を呈する。披いて見れば救援の求める旨が認められている。王浚が仔細を問えば、使者が答えて言う。
「漢将の石勒と王彌は渤海を陥れて太守の張顕兄弟を討ち取りました。今また軍勢を率いて襄國を犯さんとしております。城中はこれを危急の事態と観るがゆえ、このように救援を仰ぐべく参りました。総管(王浚)におかれましてはすみやかに兵馬を発して襄國を救い、大晋の城池が漢賊に奪われる事態をお救い下さい。万一、襄國が陥れば幽燕の地も安寧ではあり得ますまい」
「軍議を開いて方策を定めるゆえ、しばらく賓館にて休んでおれ」
王浚はそう言うと、将佐を集めて事を諮った。参軍を務める
「襄國が危急ということであれば、救わぬわけにも参りませぬ。漢賊が襄國を破ればいよいよ猖獗を極めて必ずや幽州にも害が及びましょう」
王浚はその言を
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