第8話海

11月の初め もうずいぶん寒かった


こんな日に引っ越しなんてするもんじゃなかった・・・と


私はひしひしと冷える空を睨みつけて呟いた


新しい家には海の傍を選んだ


なぜか私は昔から海が好きであった


しかし私は「海」と聞くと1つのパーツを失くしてしまった


ジグソーパズルの様に何か心に引っかかるものがあった


だがそれを思い出した事はまだ1度も無かった


「潮の香りだ」思い切り息を吸い込むと


冷たい潮の香りの風が口一杯に広がった


その夜潮の香りに包まれて眠った時 とても懐かしい夢を見た


幼い頃毎日のように見た「海」の夢だった


その夢にはカイと言う少年が出て来た


青い目  潮の香りのする髪 そして何より


「海」を連想させる少年であった


カイは魚の様に海を泳ぎ その周りを色とりどりの魚達が囲んで泳いだ


私は砂浜でそれを見ていた


見ていたの?違う・・・何かが違う


カイが私を見ていた悲しそうな視線がやたら気になった


pipipi pipipi


目覚まし時計の軽快な音で目が覚める


私はゆっくりと辺りを見回した


まだ片付いていないゴチャゴチャとした部屋が目に入った


その中の1つの段ボール箱で目が留まった


正確に言うと段ボール箱から少し出ていた飲み込まれそうな


青色の布であった


「あ・・・あの布は・・・」


私はベットを飛び降り青い布を手に取った


思い出した・・・全て


私が小学校3年生の夏だった


私は祖母の家に遊びに行っていた


その近くに・・・海があった


毎日毎日 私は海へ1人で遊びに行って遊んだ


カイと言う少年と2人で


そしてある日私は「海」を・・・盗んでしまった


「海」の心を


それはとても美しかった  そしてそれは


とても青かった


人の目には見えないのかもしれなかった


波打つ音も  太陽の沈む光も  朝の匂いも


それから私は「海」へ行かなくなった


「カイ・・・あなただったの?私の夢に出て来るあの少年は。


私を怒っているの?私があなたを・・海を盗ってしまった事を」


涙が頬を伝い雫となって落ちて行く そして青色の布の上へ


更に濃い色の斑点を付けて行った


「行かなきゃ」


私は立ち上がりコートを羽織った


   ・   ・   ・   ・


風がヒョウヒョウと吹き私の体を冷たく切り込む


波も荒れ 海は渦を巻き 私を威嚇しているようだった


「カイ・・私を怒っているの?」


私は呟いた


手には今の海と同じ色をした青色の布がはためいていた


「あっ!待って!行かないで」青色の布が風にさらわれ


はためき海へ吸い込まれていった


風が収まり 海は静かに波打っている


私の前にあの頃と同じ少年 カイが立っていた


「ようやく帰って来てくれたね 待っていたんだよ?さあ遊ぼう


今日は何をするの?砂でお城を作る?それとも・・・」


そこにいるのは青い目をした少年カイ


そして私は?


私は・・・カイと一緒に遊ばなきゃ


「ねえ カイ。私夢を見ていたのよ とても楽しい夢だった気がするの」


カイは私を見てにっこりと微笑んだ

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パンドラの箱  一掴みの希望の短編集 夜紗花 @sayaka-toy-box

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