スーパイ・サーキット
その10:ライブ・七月四日(三)~日本格闘技史上最大のクーデター生配信──昭和の復讐・天下争奪戦!伝説最強のプロレスラーVSスポ根ブームの火付け役/平成の格闘技バブルが死神(スーパイ)を完全包囲!
その10:ライブ・七月四日(三)~日本格闘技史上最大のクーデター生配信──昭和の復讐・天下争奪戦!伝説最強のプロレスラーVSスポ根ブームの火付け役/平成の格闘技バブルが死神(スーパイ)を完全包囲!
一〇、Let Slip the Dogs of War Act.3
一二月三一日――新しい一年を迎えんとする夜のテレビ番組は、その土地その国の文化によって種々様々である。
日本の場合、かつての〝格闘技バブル〟の頃には
地域によっては吹雪の只中にて除夜の鐘が
七月四日という一年の折り返しからも少しばかり外れた時期に、その『
尤も、そのように仰々しい呼び方を用いているのは、築数十年と
視聴者に危険な誤解を与えないよう両手に瞬間的なモザイク処理が施されたが、「貧乏長屋の誤魔化し方として宇宙一痛々しい」などと揶揄する
日本で随一の人気を誇る格闘技雑誌の名称である。そもそも『
樋口郁郎が先代編集長ということもあり、
これを視聴できる手段の一つが全世界に
『熱田ミヤズ』という〝キャラクター〟の誕生が『
寝技を実演しようと激しく動き回って身を転がせば、髪飾りも畳敷きの床に接触してしまうが、めり込んだ部位が
製作者の
つまり、〝緊急特番〟と強く打ち出して二〇一四年七月四日一八時から
「――こんな場末の配信にお呼びするのがそもそも間違ってるレベルのスーパースター
大車輪さながらに右腕を振り回し、普段以上に大きな騒音への抗議として壁を叩いてきた隣室に向かって垂直に跳ね飛んで土下座する様子は平常運転の『熱田ミヤズ』だが、視聴者の目に今日の『神宮』が異次元のように映るのは、同じ画面に収まる彼女と比較して縮尺が全く合っていない男性の顔が頭部のみという奇怪な状態で浮かんでいる為である。
アニメ作品の〝キャラクター〟に近い描画で現れた『熱田ミヤズ』に対して、男性の顔は〝
「『
「愛する『
「日本時間では明日早朝の
『熱田ミヤズ』の人気を支える絶好調な毒舌に大笑いしながら頷くのは、『
表現として正確とは言い
両者のサイズを
人目に触れない裏舞台では周到な事前準備が進んでいたのであろうが、この〝生配信〟は午前一〇時にレオニダスが
「今日の一八時、MMAの歴史が〝本当の意味〟で変わる」というキリサメ・アマカザリひいては『スーパイ・サーキット』に対する当てこすりのような文言が投稿されるや否や、『
交流会を兼ねた
〝生配信〟の開始から数分程度が経過したばかりにも関わらず、数万にも及ぶ世界中の人々がパソコンやタブレット端末あるいは携帯電話の画面に釘付けとなっているわけだ。『ユアセルフ銀幕』には閲覧者による
「サッカーに人生を捧げるタイプはワンパクで行動力の塊みたいなヤツも多いからねぇ。コレを観ながら東京行きの
「やァだァ~、公開放送でデートのお誘い~? 〝裏社会のフーリガン〟から蜂の巣にされなかったとしてもレオニダス選手のファンから滅多刺し間違いナシじゃ~ん! 公開ギロチン刑への
丸みを帯びた
実在する被写体を
「皆サマの予想をイイ意味で裏切りつつ、最高以上の形で応えるのが一番の喜びなんだけどさ、〝人気者の圧力〟ならオレの肩にもビシバシ効いてるよ。さっきちょろっと話した通り、キリサメ・アマカザリ――マイ・ブラザーと
『
馴れ馴れしく〝ブラザー〟として扱う相手は、
これに対して
「〝プロ〟としての実績が一個もないブラザーが選手としての
「
「あっ! ブラザーだけじゃなくてオレにもしっかりキレてるのねっ!」
レオニダス本人による
『
彼女の配信に
「ご存知の通り、オレってば欲しがり屋の宴会芸人じゃん? 皆サマから要求されたモノを一つ残らず叶えずにはいられないんだよねぇ。オレとブラザーの急接近に
「その
何事もなかったように復活し、「爆発でアフロが更にもっさりした」と冷やかす
左右のレンズに別々の映像が嵌め込まれるという文字通りの〝額縁メガネ〟を押し付けられた恰好であるが、レオニダスにとって己の双眸を覆い隠した二人は揃って『
右側に表示されているのは同団体の公式ホームページから借用したものと
異種格闘技戦の時代から
『熱田ミヤズ』が怒気を撒き散らしながら列挙した通り、前身団体から『
言葉巧みに暴走族チームを宥めすかしてまでキリサメとの試合を望む理由について、レオニダス当人は〝
同じ境遇の
ライサンダー・カツォポリス――古代オリンピックの競技にして〝総合格闘技の祖先〟とも呼ばれる『パンクラチオン』の使い手だ。『
キリサメの養父にして『
『
「結果的にミヤズちゃんの解説番組を
「屁理屈くっ付けたって所詮は『
「一歩でも下がったら奈落の底にドボンってな具合の崖っぷちだから、カツォポリスは死に物狂いでブラザーにぶつからなきゃだし、そこまで
「そりゃあカツォポリス選手からすりゃ、崖っぷちからの一発逆転狙いなのは間違いないですけどねぇ~。〝
かつての〝格闘技バブル〟の功労者に対して、『熱田ミヤズ』は以前から異常なくらい辛辣に当たってきた。
『
その一方で、見所がない試合や見込みのない選手は舌鋒鋭く扱き下ろす傾向がある。サラシで無理矢理に引き締めている胴周りの贅肉など
四〇代半ばとなったライサンダーは負傷を理由に
文字通りに自らの
そのライサンダーがキリサメと熊本城の間に立ちはだかるという。『熱田ミヤズ』とレオニダスの間で飛び交った言葉は、格闘技界にとってまさしく〝青天の
「カツォポリスにはさっき話したツテから〝挑戦者決定戦〟の
〝誰か〟に向かってレオニダスは耳を澄ませる仕草を見せたが、これは〝第四の壁〟を破る行為だ。四畳半の『神宮』には届かないものの、そこかしこで呻き声が起こった。
『熱田ミヤズ』は
〝もう一つの生命〟という触れ込みは建前に過ぎないと誰もが理解しながら視聴しているのだが、この暗黙の了解を破って『神宮』の〝外〟に居る人間へ呼び掛けるのは、遊園地の着ぐるみに組み付いて中身を暴く行為にも等しいであろう。
チャンネルそのものを破綻させ兼ねないレオニダスに対し、『熱田ミヤズ』が左右の中指を立てるよりも早く、弦楽器の音色が抗議の代わりとして『神宮』に鳴り響いた。
沖縄で愛されてきた伝統楽器の
MMAへの未練を捨て切れないなら、クレープを焼いていないで自分がアマカザリと闘え――と、
「ブラザー、観てる~? オレと熊本城で
「さっきから〝挑戦者決定戦〟ってご陽気に連呼してますけど、万が一にもカツォポリス選手が勝っちゃった場合、タファレル選手への挑戦権もあっちに移るんですか? 番外編みたいな試合ならまだしも本興行でクソ同然の組み合わせなんてミヤズは許さないよ?」
「
今度もレオニダスは『神宮』の〝外〟に声を掛けたのだが、
この瞬間に限っては、迷惑に感じているのは『熱田ミヤズ』ただ一人である。レンズを覗き込む『
格差社会の最下層で命を繋ぐ為に編み出された
大多数の日本人は〝謝肉祭〟――『カーニバル』と聞いてリオデジャネイロに
『スーパイ・サーキット』による超人的な跳躍の頂点からキリサメが急降下を伴う攻撃を仕掛け、
慎ましい期間を過ぎ越す為にこそ狂騒の宴が開かれることも、
そもそも〝謝肉祭〟とはキリスト教に
新約聖書に
自分と対戦する熊本興行こそが〝ブラザー〟にとっての〝
そうして
それどころか、自分と対戦する資格を奪い合う〝挑戦者決定戦〟でMMA選手としての価値を示せなければ、『
ネット番組でレオニダスが吹聴しているだけであったなら、彼個人の冗談として聞き流しても構わなかったが、この〝挑戦者決定戦〟が『
ライサンダー・カツォポリスとの対戦を回避しようとした場合には、熊本興行の出場選手から除名され、相応の制裁措置が取られることも間違いない。
「オレが
キリスト教の祭礼やこれに由来する語句を用いながらも、レオニダスは〝主〟を軽んじる言行が酷く目立つ。キリサメにも面と向かって指摘されたが、熊本興行は彼にとっての〝復活祭〟などと述べておきながら、〝謝肉祭〟に重ねた岩手興行から数えても荒野で飲食を断った〝主〟に倣う四〇日間と全く合っていなかった。〝
本音と冗談の境い目を見極めるのが不可能な振る舞いを持て
「大らかな時代だったっつうノスタルジーを免罪符にしておかないと、パトカーのサイレンなり裁判所からの呼び出しなりが聞こえてくるような、常識も倫理も狂いまくった『昭和』のプロレスよろしく、無観客デスマッチでもやりたいワケ? 鬼貫道明がまだ『アンドレオ鬼貫』だった一九八七年に似たような試合を敢行したわよ。お誂え向きに
「ミヤズちゃん、ソレをど~してもっと早く言ってくれなかったんよ⁉ 『アンドレオ鬼貫』への
「タファレル選手の交流関係なんざ知ったこっちゃないですけど、樋口郁郎もきっと視聴してる生配信で〝天敵〟の名前を平気な顔して出せる図太さだけは褒めてやりますわ」
世界の〝全て〟を笑い話にしてしまうレオニダスの性格からして、〝
二重の意味で誇りを傷付けられた
*
しかし、約三ヶ月の内に二連戦を強行することは、回復が追い付かないほどの負担を選手に強いるという意味である。死闘の果てに命の
「この間から『サタナス』とかいう聖女気取りのテロリストがお
〝心技体〟を振り絞る〝プロ〟の
『ユアセルフ銀幕』はアンケート機能が備わっている。
自身のチャンネルでありながら、すっかり主導権を握られてしまった『熱田ミヤズ』は先程と同じようにレオニダスの鼻を長く引き伸ばし、今にも喉笛に咬み付きそうな唸り声と共にこれを折り曲げ、鼻先でもって時計回りに四択を指していく。
七月四日も希更は声優という〝本業〟で大忙しである。この日に予定されていた声の収録は一八時過ぎに完了したのだが、二〇時
MMA選手としての所属先――『
眉を
伸び盛りの才能が
勿論、絶無だったわけではない。だが、希更の観測する範囲では〝挑戦者決定戦〟が必要となるほど問題視されていなかったはずなのだ。
彼女の
人間という種を超越する
同じ〝ハニー〟でありながらも、良心そのものが反転したかのような急変に疑問など差し挟まず、妄信的にレオニダスの言行を肯定する人々との間に熱量の差を禁じ得ない希更であるが、その気持ちに寄り添わんとする
尤も、実名を特定されない形で好き勝手に意見を発信する手段などIT社会には幾らでもあり、『ユアセルフ銀幕』でキリサメに対する暴言を垂れ流す人間が別の
他の〝ハニー〟と比べて、同じ『
週末の都心は淀んだ血管の如く車輛の移動が滞る。七キロ程度という道程さえ遅々として進まず、それが己の心の有り
「……我を忘れた
「まさかと思うけど、片手ハンドルで
「バロッサさんの
「サッカーで例えるなら〝
「より悪質な〝
「本当はキリキリなんか好きでも嫌いでもないけど、レオ様が言うなら〝挑戦者決定戦〟も絶対正しい――そうやって無条件に支持するように誘導されたってコトですか? 数の暴力よろしく
「別の通称は『
そのことを見抜いた大鳥マネージャーは、〝挑戦者決定戦〟の実施を要請する声が大多数であると『
数の偽装ではないが、限りなく捏造に近い。
人の心に泥靴で踏み込み、ボードゲームのように状況を動かす謀略は〝ランボー〟とも『在野の軍師』とも恐れられる
「タファレルさん
大鳥が並べた言葉はどこを切り取ってもレオニダスへの侮辱としか思えなかったが、これも希更は否定せず、控え目に首を上下させることで相槌に代えている。
マネージャーの〝立場〟としては、担当声優から
マネージャーを共犯者にしようとする
レオニダスから持ち掛けられた吐き気を催す交渉も、有力な証拠である録音データの存在も希更本人に伝えておらず、万が一の場合に〝切り札〟として行使するよう
背広の内ポケットに忍ばせているのは
「バロッサさんもバロッサさんで、
「あたし以上に首を突っ込みたいのは大鳥さんのほうでしょ。今日は舌が回りに回ってますけど、友達をバカにされて
肩越しの呻き声が一番の返事であり、それが我が事のように嬉しい希更は甚だ場違いと分かっていながらも頬を緩ませずにはいられなかった。
初めて顔を合わせた頃はレオニダスと同じように担当声優の
〝大人〟だから粛々と職務を全うしているが、本心では大鳥も理不尽な逆風に晒されている
「……改めて釘を刺されなくても事務所に迷惑が掛かるような真似なんかしませんよ。こんな冷たい言い方はバロッサの
運転席に向けて口を鳴らしたのは、担当声優への信用が足りないという抗議ではない。夕陽の
父には内密にしておくよう忠告されたものの、自分自身の良心に従ってそれを黙殺した希更は、MMA選手としての所属先と故郷の〝火の国〟が武力衝突の可能性も有り得る緊張状態に陥ったことを
担当マネージャーの大鳥が自宅や収録先まで
天下に名高い二刀流の剣豪・
本来ならば故郷へ錦を飾る記念すべき大会になるはずであった熊本興行への出場はやむを得ないとして、リングの〝外〟で
「全方位の板挟みに遭わせたくないから内緒にしていたっていう押し付けがましいにも程がある親心、大鳥さんから見てどう思います?
「ご友人の為なら危険も顧みず手を差し伸べるご気性と
熊本城を踏み荒らさんとする〝暴君〟へ裁きの一太刀を浴びせるべく上京してきた幼馴染み――『
熊本武術界の旗頭を務めてきた細川家重臣の末裔――
怒れる武術家たちの思惑を彼女の背後に感じ取ったからこそ、法治国家の根幹を否定するような〝暴力〟に訴えることこそ誇り高い〝火の国〟の名折れと希更も再三に亘って諭したのだが、この
『
今頃は部屋に帰り着き、昔から変わらない
(
八代市に法律事務所を構える希更の父――アルフレッド・ライアン・バロッサは、古くから真っ二つに分断され、抜き差しならない状態が続いてきた熊本武術界を一つにまとめ上げたことは、樋口郁郎にとって自慢に値する功績などと皮肉を飛ばしていた。
発端は江戸時代まで遡る。
改めて
およそ四〇キロという距離に横たわる禍根は二つの城下町で道場を構えた武芸者たちの対抗意識と結び付き、熊本武術界を分断する緊張状態が
互いに誇り高い〝肥後武士〟である。その矜持は譲れず、一定の世代より上の人々は今でも張り合い続けていた。
熊本城下の一派は旧主・細川家が忠興から累代に亘って叙任されてきた『
これに対し、八代城に集った武芸者の一派は同地を治める松井家が称した『
これに由来し、晩年の忠興は〝
『
古代ビルマに由来する
物心が付く前から『
八代の剣士である
それはつまり、樋口成敗の武勲を『
団体代表が〝
「
「自分の場合は修行地が
「
「確か
「
「……そして、その
「ブチギレた〝肥後武士〟を更に煽って樋口社長を襲わせるっていう一発逆転策、父なら涼しい顔でやってのけます――って言い逃れが通じないのは
最大限に警戒すべき対象として、運転席と後部座席に座る二人の
九月の開催前から『
両派を
樋口郁郎からすれば熊本武術界の自滅は願ってもない筋運びである。もしも、レオニダスに協力を求められたならば断る理由があるまい。
ひょっとすると、〝暴君〟のほうから熊本制圧の逆転策に
戦国乱世よりも遥かに遡った平安時代末期――驕る
(樋口社長やレオ様の〝鼻〟が利いても『
幼馴染みの
(熊本と山梨を結ぶ
現在開催中のサッカー
希更の様子をルームミラーで見て取った大鳥マネージャーが双眸に鋭い義憤を宿し、ハンドルを握る五指にも一等強い力を込めたことは、改めて
「……熊本と『
「親子間でどんな会話があったのかは存じ上げませんが、そこまで見越した上で、お父上はバロッサさんを気遣われたのではありませんか。親は子どもの気持ちを
「……それはそれでムカつくんですよね、うちの父の場合は特に……」
手放せないまま抱えている慕情を抑え切れない胸騒ぎが上回ってしまった希更は、思わず
〝レオ様〟と
一つの事実として、
「――
液晶画面の向こうの〝レオ様〟は『熱田ミヤズ』の手で幾度か鼻を引き伸ばされ、カルロ・コッローディによるイタリアの童話『ピノッキオの冒険』の主人公のような有り
*
主要な選手・スタッフの顔触れが大きく変わらず、名実ともに『
〝格闘技バブル〟の熱狂へ乗るようにして、
『バイオバズゲイザーズ』という略称で呼ばれたその〝付属大会〟は、戦績の少ない日本人選手の育成や有力な外国人選手の発掘を主たる目的として、日本列島がMMAブームで沸き返る二〇〇三年に始動した。即ち、〝
わざわざスポーツ番組にチャンネルを合わせずとも、
MMAという新時代の〝スポーツ文化〟がきっかけとなって、この時期は格闘技そのものが社会現象を巻き起こしていた。『
「思春期ド真ん中の頃にさ、『バイオスピリッツ』や『バイオバズゲイザーズ』の熱狂にテレビで酔い
「同じ時代に生まれたんだから、ブラザーがオレと同じ〝MMAドリーム〟を浴びるコトを全世界にも認めて欲しいワケよ。そこで問題になるのがデビューの経緯なんだよなァ。本来、
「
「ミヤズちゃんのブチギレは、イコールで〝世界の声〟なんだよ、ブラザー。トライアウトやテストマッチの類いに
「本物の〝プロ〟だと名乗りを上げさせる舞台のお膳立てをアマカザリ選手にだけ都合してあげるのは、『
「下手すりゃオレまでテレビ出演やCMが打ち切られるじゃん! そこでお互い損する
「――『
嵐が直撃した大木の如くアフロ頭を縦横無尽に揺らすレオニダスを噴火と
彼女が上げた雄叫びの通り、中央には『
「日本中を旅して回る〝本大会〟が『
辟易とした表情の『熱田ミヤズ』が喉の奥から絞り出した「深夜の通販番組みたいなノリは我ながらキツいわ」という自嘲と、
キリサメたちと同じ大きさで揃えられた顔写真だが、誰よりも
〝平成の大横綱〟として相撲界の歴史に刻まれるはずであったモンゴル・ウランバートル出身の『
〝テレビ画面に映った瞬間にチャンネルを変える
二〇〇〇年に急性骨髄性白血病で急逝した〝世界一の
「
レオニダスが直々に紹介した通り、キリサメの間近に浮かべられた顔写真はスポーツ・ルポライター本人ではなくその息子の
「大学卒業後も『
「
相手に組み付いて姿勢を崩し、無防備化させて必殺の一撃を叩き込むという
日本のリングでMMA選手としての再出発を計画しているとも言い添えたレオニダスに対して、『熱田ミヤズ』は己のすぐ近くに表示されているのが言い返してこない顔写真であるのを良いことに、
痛罵を並べ立てる間、『熱田ミヤズ』は後から学んだという
胸部を穿たんと直線的に拳を突き出した
「果たして、『
「某局っつーか、『フクジテレビ』ですよね。芸能人の
「仮にも『
かつて
視聴率を目当てとするテレビ局の思惑によって歯車を狂わされた『
その一方で、何にも勝る皮肉である。以前に出演したスポーツ番組に
MMAの
「オーディション大会としての
岩手興行で突然にMMA挑戦ひいては『
その
読んで字の如く〝ローカルアイドル〟は地域の活性化を目的とした非営利団体であり、半ばボランティアに近い。住民も地域の催し物を盛り上げる〝近所の人気者〟といった感覚で接しており、名実ともに〝地元の星〟であった。
全選手の公開計量が実施される前日セレモニーの特別ライブなど、岩手県内の企業と提携する『
県内で活動する〝同業〟の人々より頭一つ抜きん出た無敵の
不屈の心意気は称賛に値するものの、
子どもの頃から親しんできた『よさこい』や、これに基づくダンスで鍛えた身体能力が格闘家としての素養に直結すると判断していた場合、この上なく惨たらしい形で〝プロ〟の洗礼を受けることになるだろう。
若い才能が暴走の末に壊れてしまう結末は、〝プロ〟の側も看過できなかった。この筋運びを憂慮したギロチン・ウータン――『
格闘家としての
「ホワイトハウスがやってる〝ビッグ・ブロック・オブ・チーズ・デー〟みたく夢を叶えたい大勢に手を差し伸べる
著しく品性に欠ける笑い声を巻き込みながら
黒い地毛を染めたものと
アマチュア大会で授与された金メダルを胸元で煌めかせ、優勝トロフィーを両手で掲げる写真には、『
写真を通しても瞭然というほど化粧が濃く、上下の付け
左右合わせて十指の全てに
競技用のラッシュガードを纏っていようとも、果たして何者だろうかと判別できない風貌であるが、格闘技に詳しい人々は一瞥だけで彼女の〝正体〟に気付き、「折原浩之の愛弟子を引っ張り込むとか樋口郁郎に喧嘩売る気満々」という感嘆を
それ自体が〝暴君〟への叛意ではないかと勘繰られた名前――『
数多の実戦経験と独自の哲学に基づき、日本で初めて『
己に克って
即ち、
栗色に近い毛髪を
毎週のように全国各地で試合を執り行い、統一された〝技術〟を磨き続けるという組織の体質は、『
〝サバキ系〟の空手家として日本選手権三連覇を成し遂げ、その実績を拳の
例えば
「自分でも抑え切れない愛されオーラのオレからしたらカルチャーショックなんだけど、しのんちゃんってば今すぐブッ殺したいって連呼するくらいブラザーにキレまくりだったよ~ん。
『打投極』の創始者から預けられた
様々な意味で対戦相手に好奇の目が注がれたが、
「ここまで盛り上げといてタマ切れとか信じられる? ビックリよね? 数万人が一斉にズッコケてるのかと思うとウケるわ~。ウケねぇよ! 〝日本対世界〟
「ついさっきコンセプトを明かしたばっかりじゃ~ん。夢を叶えたい大勢に手を差し伸べる
正面に据えられているカメラに向かってレオニダスが一等大きな声で呼び掛けると、クエスチョンマークのパネルが夥しいとも感じられるほど大量に飛び散り、『神宮』の隅々まで埋め尽くしていった。
これを
〝本大会〟である『
先程は満足な事前説明もないままカメラの向こうのキリサメに対し、「岩手興行から数えておよそ四〇日後」とキリスト教の〝
試合に向けた準備など間に合うはずもなく、出場選手の負担が危険な水準に達することも明らかである。文字通りに生死を賭すほどの試練を乗り越えた先にこそ、日本最高のMMA
「
「さすがのご名答~。樋口
景気良く選手を応募しておきながら、結局は資金面の問題から開催断念という末路を辿るに違いないと決め付け、鼻で笑った『熱田ミヤズ』にやり返すべくレオニダスが新たなる〝切り札〟として挙げたのは『クラウドファンディング』である。
『
『東日本大震災』の復興支援活動の中で新しい寄付の様式として注目を集め、広く一般に認識され始めたものの、銀行の融資や〝スポーツファンド〟の投資に際して判断材料となる〝社会的地位〟の影響を受けにくいという
ゆくゆくは金銭的な見返りが望める投資型・融資型や、出資で完成した商品や
この場合は純粋な寄付型となる。応援したい人間や
だが、その一方で今後の発展性・将来性を考慮すれば、悪い先行投資でもない。出場選手の密着取材という間接的な繋がりではあるものの、〝本大会〟である『
精力的にタレント活動をこなすレオニダスや、沖縄クレープの訪問販売による大成功から定期的にバラエティー番組へ招かれる
「タファレル選手の
「
レオニダスの口から何気なく発せられたその一言は、一八時丁度に〝緊急特番〟が開始されて以来、最も大きなどよめきを生んだ。
『ユアセルフ銀幕』の
『
*
MMAは〝暴力〟の応酬などではないが、互いの身を
人間という生き物が宿した精神の極限や、心身の崩壊をも省みずに闘い抜く境地――つまり、格闘技に人生を捧げた末、再起不能どころか、絶命という壮烈な結末を迎える登場人物を〝美徳〟として昇華してしまう〝
その視点から捉えるならば、『
格闘技やスポーツに携わる医療従事者も〝生配信〟に対する
これを
〝挑戦者決定戦〟を勝ち抜いたとしても疲弊が祟ってレオニダスとの〝本番〟で全力を発揮できず、再起不能の重傷に繋がってしまうことへの懸念など、四つの項目に分かれたアンケートは残り数分で投票時間が終わる。
その間際になって、レオニダスは『
この
一大会ごと『クラウドファンディング』で費用を工面するわけにはいかないだろうが、
この筋運びも受け取り方は人それぞれで異なっている。しかし、最初から〝付属大会〟を乗っ取る腹積もりでレオニダスと秘密裏に手を組んだという陰謀を疑う者は多くとも、『MMA日本協会』が樋口体制の『
アンケート機能で意見を募ってみれば、数万にも及ぶ閲覧者の内、〝暴君〟に対する造反と
いずれは
試合中の技術解説は
いずれも樋口郁郎が持たざる発想であり、〝本大会〟から切り離された状況でも成立させられるくらい独自性が強い。運営が軌道に乗った段階で『
〝付属大会〟あるいは〝オーディション大会〟とは名ばかりで、実際は新旧の顧客を引き連れて『
一〇時間を超える時差が横たわっている為、同刻とは言い
しかし、ラスベガスに所在する『NSB』の本社は憂色に染まってはいない。記念すべき七月四日の
三時を目前に控え、〝眠らない
器用に箸を使って縦長の紙容器に詰め込まれた中華料理を
二人の視線が向かう先を辿っていくと、据置式の液晶モニターに行き着く。尤も、その画面に映し出されているのは『熱田ミヤズ』が配信を行う四畳半の『神宮』ではなく、ルワンダの首都キガリに所在する
同地では〝内戦〟と
軍楽隊の演奏や軽快な太鼓の音色を背にする伝統舞踊など、失われた命への厳かな祈りと平和を噛み締める喜びが合わさった催しが続いているが、『NSB』の所属選手であるシロッコ・T・ンセンギマナも
その一方、『
ラスベガスが七月四日午前三時を迎えようとする頃、日本では夕陽が摩天楼群に沈み、ルワンダでは太陽が頂点に差し掛かっている。前者の〝緊急特番〟と後者の記念式典はどちらも『ユアセルフ銀幕』を介した同日の〝生配信〟であるが、三ヶ国間の時差が奇跡的に一致した為、『NSB』の本社であれば〝同時視聴〟の条件が整うのだった。
「……よりにもよって七月四日にクーデターなんて、悪い冗談にも程があるわ……」
イズリアルが喉の奥から絞り出した呟きは、余人の耳には「独立記念日のお祝いムードに物騒な気配で水を差された」といった意味合いにしか聞こえなかったことであろう。同郷ハワイの
無論、『
「――ルワンダにお招きいただいたことで老い先短い最後の夢も叶いました。国家的悲劇の終結から間もない一九九七年に
演説台の前に立ったルロイ神父は、スピーチを通じてこれから入場するンセンギマナの
依然として『神宮』を映し続けるノートパソコンの液晶画面からいよいよ目を離さなくなった
健康体操ではなく〝実戦〟に
動乱の時代を経て台湾に根を下ろし、他国の植民地支配による弾圧といった歴史の転換期で
平和の意義を全世界に向かって改めて問い掛けるルワンダの記念式典と見比べたとき、東洋武術の仙人の
付け合わせのポテトフライを口に放り込んだ古老に対し、真向かいの席でドレッシングも掛かっていない夏野菜の盛り合わせにフォークを突き刺していた
皮膚が剥き出しとなった
イズリアルに同行して『
自らが完成させた『打投極』の〝直系〟である
「彼のお母上や、パラアスリートとしての活動を支える人々と一緒に今日の晴れ舞台を見守ることが出来るのも、私にとっては人生のご褒美も同じです。何よりこの折れ曲がった腰が真っ直ぐ伸びるほど意義深くも感じています。MMA用のスポーツ義足の修理や調整に携わる義肢装具士のゼラスニィさんは、彼の出発点である工房と連携し、その開発と改良に励んでおられます。スポーツ義足に関わる技術が国を超えて一つの結晶になったと申し上げても過言ではないでしょう。……アメリカでは治療を終えた傷痍退役軍人にスポーツによるリハビリプログラムも用意されます。その一環であるトレーニングキャンプに退役軍人委員会の計らいで彼が特別参加したときのこと――故あって私も同行させていただきましたが、彼らは生まれた国や取り組む競技、自身が負った傷病の
真向かいの
「
「――生と死が紙一重という極限状態でしか生まれない迫真のドラマや、精神が肉体を超えた瞬間に覚醒する人間の可能性を〝熱筆〟し続けた功績には感謝しかありませんし、偉大な〝
『神宮』には新しい顔が加わっている。レオニダスと同じように隣の『熱田ミヤズ』と大きさの釣り合わない頭部が浮かんでいる状態だが、骨格全体が三角形にも近い輪郭を描いている為、いきなり視界に入ると〝歩く握り飯〟のように錯覚しそうになる。
『
色褪せた末に金魚を彷彿とさせる風情となった年代物のスカジャンを羽織り、安物のヘルメットを被ってスクーターで日本国内のMMA
「この番組をご覧になっている方の中には『バイオスピリッツ』の由来をご存知でない人も混ざっているかも知れません。〝バイオ〟は特撮ヒーローの『バイオグリーン』――つまり、巨大怪獣を退治する〝超生命体〟へのオマージュです。生身の俺たちは『バイオグリーン』にはなれっこない。巨大化とか、手から
頭部本来の形状を歪めるようにして脳天の左右に生やされた二本の角と、比喩でなく文字通りに顏が真っ赤に染まって〝焼きおにぎり〟と
声を荒げずとも生来の穏やかさが吹き飛ぶと予想できたからこそ、二本の角に向かって顔面の皮膚が捩じれ、怒りの表情が過度に誇張されて間抜けに見える加工が施されたのかも知れない。〝生配信〟が破綻しない程度にそれを緩衝する措置というわけだ。
〝付属大会〟にも関わらず、〝本大会〟とは〝別の道〟を選んだとしか思えない『
「――樋口さんとMMAで数年ぶりに〝面白いコト〟をやれるって言うのが俺には一番デカいんですよ! 二〇一一年に〝復活〟の旗を揚げたときに誘ってもらえなくて、
あくまでも樋口郁郎の面目が保たれる言葉を選び、
「七難八苦を
レオニダスの誘導を受けて大多数が追従した結果、先程のアンケートはキリサメとライサンダーの安全こそ優先するように訴える項目は得票数が最下位となってしまったが、
命を惜しむMMA選手は格闘家失格と決め付けるのは印象操作にも等しく、誤解を振り撒くアンケート自体がそもそも間違いだった――叱り飛ばすのではなく諭すような口調ながらも、揺るぎない声でレオニダスの悪ふざけを糾弾すると、たちまち
「選手の命を守る責任は俺たち競技団体の代表者が引き受けるものです。格闘大会を開催するということは、選手の命を預かる〝立場〟と義務を自分に問い掛けるのと
「チカちゃんってばさァ~、真面目腐った人生なんて一個も面白くないじゃん。言いたいコトは分かるぜ? リオの〝
「タファレル選手も皆さんも、〝一気呑み〟を危ないと止めますか? それともジョッキを空にするよう
「
「父親のほうの銭坪さんの言葉を借りますと、『スーパイ・サーキット』はまさに〝火事場のクソ力〟ですよ。限りなく〝
彼に詰め寄られたレオニダスと『熱田ミヤズ』は、〝何か〟を絞るような甲高い効果音と共に豆粒並みに小さくされてしまった。
『熱田ミヤズ』も同様であった。
『
そして、そのような男の言葉だからこそ、受け止める側の心に重く響く。
「一九六七年四月九日――最終回にバイオグリーンが倒されてしまった悔しさがきっかけになって
「そのヴァルチャーマスクがまだ若い頃だけど、オレが観たビデオじゃあエディ・タウンゼントが助走付けて殴りに来るレベルで練習生に〝シゴキ〟をブチかましてたよ~ん?」
「精神力で肉体の限界を突き抜ける過酷な修行だったのは否定しません。それでも反論させてもらうなら、一つの油断で命を落としてしまう格闘技に、
「つか、二〇年くらい前のテレビ番組でしょ、それ。『ユアセルフ銀幕』に著作権ガン無視で
「只今のご紹介の通り、ヴァルチャーマスクは
「闘いに殉じる美学の〝
レオニダスの悪ふざけで実施されたアンケートは、図らずも格闘技全般に対する観客側の危機意識を洗い出す形となったわけだが、
「無差別級は格闘大会の華だし、『
体重別階級制度の導入も、『
選手の組み合わせによっては大人と子どもが殴り合うような危うい状況となる為、国内外のスポーツメディアにも
『神宮』に浮かぶ頭部の大きさが元通りとなったレオニダスは、
「選手個人々々が最大のパフォーマンスを発揮できる環境を整えもしないで、
「そこで
「つか、アンタはどこまで『
「三度の
「無理があるんですよねぇ、そっちにハナシを持ってくのは。タファレル選手がブラザーだとか馴れ馴れしく呼んでる腐れ
「軽量級以前にブラザーは人間の皮を被った〝
「直近の〝挑戦者決定戦〟も体重や体格の釣り合いを考慮して何らかのハンディキャップマッチ方式でなければダメだって自分は考えています。アマカザリ選手の場合、ライトヘビー級に属するカツォポリス選手との体重差はミドル級の
「チカちゃんの人生、何が面白いのか、オレにはマジで全く
『
だからこそ、
体格差・体重差によって増幅される
悩める彼にとって、『
試合の内容については、『MMA日本協会』が中心となって討論会も実施される。皮肉が達者な『熱田ミヤズ』には〝実証実験〟などとからかわれたが、この〝公開検証〟を通じて日本MMAの
無論、〝生配信〟の終了後に〝暴君〟の横槍が入る可能性も高い。ルールの面に
それでも日本MMAの改革を目指すならば、
彼が率いる『
『
情報戦を得意とし、派手々々しい演出で大衆の注目を集める樋口体制の『
MMAのルール策定に
「ヴァルチャーマスクが体現した通り、〝
「ルートヴィヒ・グットマン博士が未来に託した『失ったものを数えるな。残されたものを最大限に活かせ』という言葉の意味も、実感と共に呑み込めてはいませんでした。パラスポーツに取り組む傷痍軍人の瞳にみるみる光が戻っていった理由を本当の意味で悟ったのは、ルワンダの〝誇り〟を分けて頂けたからに他なりません。それを私に教えてくれたのは、シロッコ・T・ンセンギマナ君との
全ては日本MMAの為に――歯が浮きそうな台詞を真っ直ぐに全力で発する『神宮』の
二ヶ国の〝生配信〟と向かい側に立つ
「差し迫ったテロ対策よりも〝内政干渉〟を一切受け付けぬという〝政治力〟の誇示が優先されるほどに
「日本のリングに郷愁抑え切れぬ小生にも、
「……新たなしきたりを力に任せて押し付けられた
〝
自身の作品との
僅かでも逆らおうものなら格闘技界で生きる場所を根こそぎ奪われると恐怖されてきたからこそ、反乱分子を封じ込めて実効支配を維持できたのだが、その神通力の効き目が確実に薄れ始めている。そして、この状況こそが更なる暴走の火種となり得るわけだ。
「少し前に届けられた内部情報によれば、進士選手が
一等不穏な言葉を投げ掛けることで
日本時間一八時から始まったのは、新しいMMA
熊本武術界との衝突は『NSB』でも早い段階で把握していた。文字通りの意味で身辺が脅かされている状況に加えて、『
たった一つでも打つ手を誤った瞬間に苦労を重ねて築いてきた〝全て〟が崩れ去るのだから、
「小生も
本来であれば、彼は中・軽量級選手が活躍している『
前途ある
その上、
その
「……
「何よりも当の
「自分たち
「虚しさが胸を刺しますが、未来に期する喜びを樋口と分かち合えるとは、とても……」
『
日本国内で活動するMMA団体の中で、中・軽量級の選手層が最も厚い『
先ほどレオニダスが熱狂の想い出を交えながら例に引いた『バイオバズゲイザーズ』にも運営スタッフとして参加しており、自身が守る団体とは基本方針からして
樋口郁郎が本当に逆上するならば、
そこで爆発する感情は嫉妬の一言で片付けられるくらい単純ではないだろう。しかし、『ヴァルチャーマスク』の
〝
『
「この番組に立ち会う何割かは、こう思うことでありましょう。MMAの〝正道〟を心から呼び掛け、己の団体で実践してきた
『打投極』の孫弟子が苦しめられた〝完全無差別級試合〟の改善を
自分に逆らえなくなるよう策を弄して人の心を縛り付ける樋口郁郎に対し、
「……
イズリアルの指摘に決して小さくはない呻き声を洩らしたのは、これを向けられた本人ではなく向かい側の席に座る
三者が揃って思い浮かべ、『神宮』で起きている叛乱劇との類似性を持つ出来事は『
「……もう三〇年も昔になるかの。
「小生も我が口より語るのが不思議でなりませぬが、『ヴァルチャーマスク』――
「部外者の覗き見による認識ゆえ誤解も多かろうが、〝
「戦後日本の〝格闘技文化〟を育てたのは己自身という〝誇り〟が高かったのは間違いございませぬ。〝
「……『
「自らのプロレス団体を持たんとする野望は、一九七八年には既に抱いていたかと。チョルモンが現役力士であった頃の好敵手である『
「……『
「平成を二〇年も過ぎた
「己の思い通りにならぬ『アンドレオ鬼貫』に取って代わるべく最後の決着戦を挑んだ一九八三年の
『
同じ法治国家にも関わらず、『昭和』は現代の社会よりも〝暴力〟の〝実効性〟が遥かに強かった。郷愁を駆り立てる夕焼けの底に〝誰〟とも知れない変死体が折り重なる荒んだ時代ではあったが、それでも外道の振る舞いを繰り返す者に〝天〟が味方し続けるはずはない――二人に背中を向ける恰好で立ち上がった
「……所属レスラーも
「プロレスとMMAの
「自らの手で積み重ねた実績と、これによって育まれた信頼は、目の前に
「
〝三日天下〟の闇将軍――と、重苦しい溜め息を引き摺りながら天井を仰いだ
『新鬼道プロレス』の掌握を確信した
一方の鬼貫道明はファンもマスメディアも味方となり、およそ三ヶ月という短期間で社長に返り咲いたが、その後も造反した仲間たちを懲罰人事で不当に苦しめることはなく、文字通りの〝無血〟で事態を収拾してみせた。
生まれた国こそ日本と違えども、イズリアルと
謀略の全てが徒労に終わったことを認められない
「……〝力〟を持ち過ぎた者、己の手に余る
焦茶色の
帳尻合わせのように最後は元通りの形となったが、仲間同士で醜い感情をさらけ出す叛乱そのものは『新鬼道プロレス』の
愛してやまない『新鬼道プロレス』を守る為とはいえ、苦楽を共にした仲間を欺き、大恩ある相手を裏切らざるを得なかったことは、〝
『
イズリアル・モニワにとっての七月四日は、自身の
独立記念日に合わせた『NSB』の特別大会が『ウォースパイト運動』による銃撃事件の余波を受けて中止になったことへの憤懣は、今も気を抜いた瞬間に破裂してしまいそうだが、善後策を話し合う会議に『
一八九四年まで遡るが、七月四日は群雄割拠のハワイ諸島を統一した〝大王〟――カメハメハ一世の手で建国された『ハワイ王国』が消滅させられた日でもあるのだ。
一〇〇年の栄華を誇った常夏の王国も入植者であるはずのアメリカが政治的影響力を強めると陰りが見え始め、〝カメハメハ大王〟から数えて八代目のリリウオカラニは、一八九四年七月四日の時点で既に〝最後の女王〟となっている。
王国転覆の首謀者は政治的パフォーマンスを見込んで、独立記念日の当日に本来の王家とは関わりのない共和国の樹立を宣言したのである。七月四日を境としてハワイはアメリカ本国の支配が加速し、四年後には準州の形で併合されることになる。
王国時代に入植した日本人移民団――『
『ユアセルフ銀幕』の〝生配信〟は、ハワイ王国を滅亡に追いやった陰謀と〝何〟が違うというのだろうか。共和国樹立の一年後に発生した最大規模の叛乱に
王政が不当に覆された日、ホノルルの王宮もアメリカ海兵隊に取り囲まれたのだが、およそ一二〇年前の動乱と現在の樋口郁郎がイズリアルの
〝付属大会〟となるはずの『
国内で開催されるMMA
それはつまり、〝暴君〟に自らの団体運営を支える〝
「――幾ら
独立記念日を含む週末の三連休は、愛する妻子に捧げると話して退勤した対テロ即応部隊々長――
ハワイ王国が滅亡へと突き進んだ最初の一歩は、リリウオカラニの先代――兄王・カラカウアの時代に制定させられた『
カラカウア王の信任を得て
この動乱で『ホノルル・ライフルズ』を指揮した『ヴォルニー・アシュフォード』は、アメリカ本国の『南北戦争』にも従軍した経験を持つ歴戦の軍人である。
一〇〇人程度の自警団に過ぎなかった同隊を一個の軍事力にまで鍛え上げる軍才の持ち主に、欧米から銃砲を手に入れて敵対勢力をことごとく制圧したカメハメハ大王の〝統一国家〟が脅かされる事態は、『歴史は繰り返す』という訳知り顔の一言で表し切れるほど生易しくはない。建国の〝大王〟が〝海の外〟の文明を広く受け
ノートパソコンの画面内で老神父が紹介し続けているンセンギマナが極めた『アメリカン拳法』の創始者――エド・パーカーもハワイ
己の過ちを悔やんだヴォルニー・アシュフォードが王家再興を目指す武装蜂起へ合流したように、日本MMAの
『NSB』の代表の〝立場〟としても、イズリアルは共催団体で起きた事態に複雑な表情を浮かべている。傍目には樋口郁郎への包囲網を主導しているように見えなくもないレオニダスだが、天秤の傾き方によっては手を結んだ全員を見捨てて離反するであろう。仮に〝暴君〟
「……
「仏に
「神話から時代を超え、霊峰ではなく日本MMAのリングに、果たして〝誰〟が二一世紀の『
MMAに正常性を強く求めるかのような筋運びは、日本格闘技界に大きな影響力を持つ『ハルトマン・プロダクツ』の総帥――トビアス・ザイフェルトが掲げてきた〝
(ストラールという名前だったかしら、『ランズエンド・サーガ』で闘ったメルヒオールの
その際に自分でも驚くほどよそよそしい挨拶を交わした青年たちが暗躍し、『MMA日本協会』を裏舞台から操っているとしてもイズリアルの想定内である。
シンガポールの『
(つまり彼らも
見込んでいる〝役割〟こそ異なるものの、『NSB』としても今すぐ『
「……利害や過去の遺恨を乗り越え、東北復興の
短く詫びた
『
〝誰か〟の口から真相が明かされることは永遠にあるまいが、不意打ち同然の逮捕劇は鬼貫道明が仕掛けた〝反撃〟であろうと格闘技界では四半世紀に亘って疑われてきた。それが〝真実〟であったことを
プロペラの先端としか
その
プロレスや格闘技の持つ〝力〟によって全世界を一つに繋げられると揺るぎなく信じ、自ら民間単位の〝スポーツ外交〟を幾度も成功させ、日本国内外の格闘家が集まる〝異種格闘技食堂〟を通じて
代表の肩書きを背負う〝立場〟となった以上は、あらゆる選択肢を常に脳内で並べなくてはならない計算高さに対する嫌悪感も、直視できないほど自らの手を醜く汚すことも、〝全て〟を飲み込まなければならないのだ。
守るべきモノの為には自らの理想に背を向けることを厭わない覚悟は、イズリアル・モニワも〝実感〟と共に理解している。そして、その
「……
日本格闘技界との旧縁によって冷静ではいられない
しかし、利用価値が残っている間は〝暴君〟という憎悪の対象のまま玉座に
それを『MMA日本協会』や『ハルトマン・プロダクツ』へ譲るような事態に陥ってしまったなら、団体を挙げて
イズリアル自身、『
「いつぞや樋口郁郎が団体間の〝交換留学生〟などと吹っ掛けて参ったじゃろう。アレに乗ってみるのも
「それはキリサメ・アマカザリを厄介払いしたかったときに樋口が捻り出した無理筋の口実でしょう。
両団体の
『
昨年末にタイのラジャダムナン・スタジアムから
「共催団体の代表の〝全て〟が疑わしくてならないのは甚だやり切れませんが、樋口が物珍しさでシリワット選手を〝客寄せパンダ〟に仕立て上げるつもりなら、その才能を見出した
「無論、ワンチャイ・シリワットを『
『
常人離れした才能の持ち主が心身を削る死闘を繰り返した末に燃え尽きて再起不能となるか、命が砕け散るか――破滅的な
格闘技
選手の心を深く傷付け、試合の安全性をも軽んじた樋口の所業は、『NSB』をドーピングで汚染し、肉体改造が施された〝超人〟たちによる見世物に貶めた
〝
男性の体に女性の心を宿して生まれたワンチャイ・シリワットを〝交換留学生〟の候補に選んだ理由を推し量っても、背筋に戦慄が走るくらい危険な兆候が感じ取れるのだ。かつては『
「……キリサメ・アマカザリを『
「うむ――アマカザリ君が『
『
「このまま『
古老の双眸は、そのように語っていた。
一等厳しい眼光に
その一方で、
彼の真隣には禁止薬物に頼って〝超人〟と化した過ちを糾弾され、『NSB』から永久追放の処分を受けたフランス・ノルマンディー
夏季冬季問わずオリンピックに代表選手を何人も送り込んできたフランススポーツ界の名門――バッソンピエール家に連なるその男は、今や別の名前と
そして、それは世界のMMAの旗頭を担う最大団体の代表が背負い続けなければならない〝罪の十字架〟でもあった。
(……私たちの
間もなくイズリアルが古老よりも遥かに強い眼差しで見つめる〝罪〟の先――ガラス壁の向こうに一つ二つと人影が現れ始めた。
自身が属する部署の一室でパソコン画面を
私服姿の大半が携帯電話やタブレット端末を手に持っているということは、『熱田ミヤズ』のチャンネルから垂れ流される一部始終を視聴しながら、文字通りに駆け付けたわけである。〝交換留学生〟を巡る交渉で樋口郁郎と対峙した上級スタッフなどはパジャマから着替えることも忘れて自宅を飛び出した様子だ。
「――名古屋市在住の『
先ほど『
「同僚上司のご一同も〝ひとり実業団〟みたいに出場してもらったら、会社の宣伝になると思っていませんか? 一旦、
年齢や職業といった細かい
表情も分からないほど強烈な映像加工で歪められていた頭部は元通りに戻されたが、一言々々に宿る信念の力は、燃え盛る正義の
その声によって鼓膜を打たれる
「――幾ら
「数え切れない脅威が迫るこの現状は、自然選択説を冠するMMA団体が極限的な環境に適応して更なる進化に踏み出せるかどうかの瀬戸際です。未来に手を伸ばす彼らの情熱を守らず、MMAを次の時代へ繋げるという〝
「しからば、儂らも最後まで付き合うのみじゃ。差し当たっては『
「MMAの為、『NSB』の為、私もあらゆる選択肢を放棄しません」
年齢も肌の色も性別も信教も――あらゆる違いを超えてMMAの発展に尽くす仲間たちを誇らしげに見回し、人差し指でもって皆に入室を促したイズリアルは、背後の
*
日本MMAの新たな
レオニダス・ドス・サントス・タファレルという『
『MMA日本協会』と結託し、集めた資金を持ち逃げする詐欺であろうと根拠なく断定した人々には同調しなかったものの、『NSB』のイズリアル・モニワも
「粗雑乱造などと文句を浴びせながら、有名画家の絵も美しいロングセラーのパズルを組むタイプの人間が『自分だったら遥かに良質な物に出来る』という根拠も節度もない妄想のもと、手に取ってくださった
世界のMMAを主導する
日本のインディーズ・シーンで伝説のカリスマと名高いパンク・ロックと、一九七〇年代末のギリシャで一瞬の稲妻の如く
この二曲は『
容易く模倣できない才能と感性の持ち主であればこそ、表木嶺子は国際的な評価を不動のものとしたのである。洋の東西を問わず格闘技・スポーツを愛好するファンの多くは、彼女の〝煽りⅤTR〟が使用されない競技大会を物足りなく感じる程であった。
挑発的な文言や挑戦的な演出を駆使し、選手と観客の昂揚を極限を突破するほどに引き上げる嶺子の〝煽りVTR〟を
観客席の拍手や歓声があって初めて完成するという表木嶺子の〝映像設計〟を少しも理解せず、表層的な部分をなぞっただけで模倣にすら至らなかったのだ。日本時間七月四日一八時から開始された〝生配信〟を最後の最後で台無しにしてしまったのは、番組全体の総括という点に
「――今後、我々の対戦カードが様々な議論を呼ぶことは百も承知の上。自分の姿は〝プロ〟の特権にしがみ付く浅ましい
画面越しでさえ纏わり付いてくるような重苦しい空気が口を開く前から垂れ込めていたライサンダー・カツォポリスへのインタビュー映像は、たった一つの咳払いで閲覧者の背筋を伸ばしてしまうほど凄味がある。
おそらくはギリシャの自宅で
パルテノン神殿で過酷な修行を積むスパルタ兵の生まれ変わり――これは『
粗末の二字でしか表しようがなかった。日希両国の
「浅ましい
〝遺言〟という感傷的な表現によって、あたかも〝次〟が引退試合になるかのような雰囲気を作り出されてしまったが、ライサンダー当人は
「今さら隠すまでもなく自分も故障が多い。完治の見込みがない怪我も抱えている。これで最後の
威張り散らして語気を強めるようなこともない静かで誇り高き決意表明は、意味合いそのものを真逆の形に変えられてしまっていた。
掴んで離すまいとインタビューの中で語ったのは〝プロ〟の
それとも『
〝浅ましい胴欲者〟という誤解を振り撒かれたライサンダーの側に風評被害といった実害が生じた場合、『
暗転を挟み、『プロフェッショナル・ミクスド・マーシャツ・アーツ』なる英文が水平に駆け抜けた
エーゲ海から
首都高六号
『
プロレスパンツを穿いた八雲岳と進士藤太が傍らに立って見守っていなければ二人の格闘家による練習の風景とは思えず、
その吾妻橋を挟んだ向こう岸――下町情緒を
柔道普及の
この日は施工主の都合で現場が午後から休みとなっていた。一方の
キリサメの
それはキリサメも同様だ。シャツの袖口は親友の
汗みずくとなりながら疲労よりも充実感が表情として浮かぶのは、双方にとって確かな成長を噛み締められる
「友達のデートを覗き見している気分になってきちゃったよ。それとも二人
「鎌倉ンときみてェに三つ巴で
「
「おう! 『あんな面白いお祭り騒ぎに誘ってくれないなんて友達甲斐もクソもない』だとかメールでブー垂れてやがったぜ、
「彼が混ざったら
「……僕を秋葉原で狙ったときみたいに、
「そんなサメちゃんだったら
「
「
常識的に振る舞ったかと思えば、
大正から昭和を生き、海を渡った先で体得したフェンシングに
季節に不似合いな物で連帯を示す通りに、
ギリシャのライサンダーに対するインタビューに続いて挿入された映像は、そのパンギリナンの背中ごと隠し撮りされた物であった。
競技形態を問わず、
概ね〝
『
だが、それはあくまでも広報戦略の一環である。試合に向けた取り組みの公開や記者会見など段取りは様々だが、選手・所属団体・報道関係者の間で合意されたものに基づかなければならず、練習する姿へ勝手に取材のカメラを向けることなど断じて許されない。当該
画面が前後左右へ不愉快に揺れ、『
それなのに隅田川を望む公園の片隅に見入ってしまうのは、キリサメと電知の
長野で繰り広げた
電知は五指を繰り出すのに最適な形で右手を開いていたが、前進という運動がそのまま攻撃と一致しているキリサメの場合は、身のこなしが更に小さくて済む。依然として両腕は垂らしたままであり、
対する電知の反応も電光石火の一言ではあった。
他団体の体重別階級制度に
直接的な
正面切って突進されたのであれば、その勢いを逆に利用して肩で投げ飛ばせたことであろう。しかし、
圧倒的な不利にも関わらず、キリサメの顔に焦燥が滲まないのは、電知との攻防を通じて互いの技を検証し合うことが前提となっている為であろう。彼の反応速度を読み誤ったことを反省しつつ、己に迫る反撃については片方の足首のみを刈って転ばせる〝足払い〟に留めておいたほうが別の技への派生にも適していたであろう――と、記録係のパンギリナンが驚いて
足首にさえ〝拘束〟を受けていなかったキリサメは下肢のバネを引き絞って垂直に跳ね飛び、蟹の
眼下の電知は『
鎌倉・
荒々しい
命中した一点を軸に据えて姿勢を翻し、拳で押し込む〝力〟の反動と肩や肘のバネを掛け合わせて右腕一本で跳ねることまで計算に入れた打撃だが、背中を地面に着けた状態の電知が素早く身を転がしてこれを
右腕を振り抜くべく上半身を捻り込んだ勢いに乗って旋回し、再び地上を睨む姿勢を整えた上で電知を踏み付けにしようというわけだ。彼ならば先に体勢を立て直して
地に伏せる
電知であれば、己に向かって右拳が降ってくることなど瞬く間に見破るとキリサメは信じて疑わない。直撃を容易くは許さない勘働きまで計算に入れているからこそ、互いを負傷させないことが前提となる
迫り来る握り拳を命中の寸前まで引き付けた電知は、その手首を左の五指で掴み返し、打撃を阻んだ直後には対の手も繰り出してキリサメの両腕に対する〝捕獲〟を完成させ、身動きそのものを封じ込めてしまった。
膝を折り曲げつつ足裏でもって鳩尾を蹴り込むという追撃を直感し、盾に代えるべく右足を持ち上げたキリサメであるが、
『
背中も硬い地面に幾度となく接触したが、キリサメの反撃を阻んだのは直接的な痛みを伴わない回転性の眩暈症状である。格差社会の最下層で数え切れないほど経験した命の削り合いに
眩暈といっても軽度であるから少し休むだけで速やかに収まるのだが、姿勢を整えようとしてよろめいてしまったキリサメに対し、
「今のが電知の得意技だと
「過去にも喰らわせた技を同じ相手にどうやってもう一度決めるかっつう駆け引きも試合運びってモンだしな。おれの柔道とブラジリアン柔術じゃ引き込み方も一緒に出来ねぇけどよ、コレがレオニダスだったら転がされた次の瞬間には寝技に持っていかれちまうぜ」
「サメちゃんの場合は〝虎の子〟の『スーパイ・サーキット』があるんだし、
「寅之助も
「段階踏んでいける状況だったら、ボクも理想論を蹴飛ばしたりしないんだけどねぇ。目の前で〝道〟を塞ぐ現実問題は真っ当な手段でどうにか出来るレベルじゃないでしょ」
「だからこそ正攻法にこだわらなきゃならねぇんだろ。……寅の心配は尤もだけどよ。何しろレオニダスの野郎は足癖も悪ィ。やっぱ九月までに何度か
無理矢理に引っ張ったシャツの裾で顔中の汗を拭いつつ今度こそ身を引き起こしたキリサメは、先に立ち上がって呼吸を整えていた電知と向き合い、今し方の攻防で浮き彫りとなった自らの不出来を一つ一つ反省し始めた。
実際の試合では双方とも足を止めずに追撃や反撃が交錯するが、
それが
電知や寅之助が生まれ育った浅草は向こう岸であるが、後者のように道場の跡取りとして生を
朱色の橋を跨いで暮らす人々からすれば珍しい光景ではない為、キリサメとの取っ組み合いを目にしても新しい
それ故に寅之助の説明を聞き
つまるところ、隠し撮りされた映像は下町の温もりまで踏み
下劣さは映像自体の品質にも
隅田川を行き来するボートに乗り込み、そこから公園へとカメラを向け、二人の真横をすり抜けながら動的な興奮度の高い場面を撮影したはずである。ビール会社に掛け合って黄金のオブジェが煌めく
視聴する者の興味を一瞬で惹き付けられる画を文字通りに見逃しているわけだ。
〝格闘家の日常〟を一層際立たせる下町情緒にも、そのカメラは全く意識を向けていなかった。空閑電知は『
「魂に火が入る闘いの直後に水を差すような真似はいかんと
『ハルトマン・プロダクツ』とメーカー名が刷り込まれたストロー付きのウォーターボトルを手渡しながら二人の検証に口を挟んだのは、『NSB』に
聞きようによっては、自分と全く同じ
「樋口の宣伝がアホみてーに下手クソな
「デタラメだもん、サメちゃん。ボクなんか自我の目覚めより早く剣道の〝
「岳のおっさんから
「あらゆる条件下で臨機応変に立ち回り、状況に左右されず
「
過去にキリサメと本気で闘った
本来ならば二人と同程度の鋭さでもってキリサメ・アマカザリというMMA選手に切り込み、その素質が
絵に描いたような〝上辺だけの喧伝〟を平素から扱き下ろしてきた藤太であるが、電知と寅之助がキリサメとの闘いから感じ取ったモノには右の親指を垂直に立てつつ得心し、頷き返す際には
決まり切った様式に
「
フィリピン
一度に発する言葉が短いなど日本語にはまだ不慣れであり、生活の基盤を日本に移して何年も経っていないことが察せられるが、古巣の『
付き合いが短く、顔を合わせた機会も
そのパンギリナンが「常識など通じず、行動も予想不可能」と苦々しく言い表した次なる〝敵〟とは、電知の対戦相手を直接的に指しているのではなく、『
歌舞伎町に端を発し、夜叉美濃が解決に一役買った銃器密造事件の主犯格という嫌疑が
先般の事件で密造された銃器は鞄のような日用品に銃弾の発射機構を仕込んだ一種の隠し武器であるが、
『
『NSB』を襲ったテロは
「待て待て待てやァーッ! おめーらの
「
「もっと言ったれ、キリサメ。つか、何ギレだよ、おっさん。
出番を
しかし、それは
吾妻橋公園はアスファルトやコンクリートで覆われておらず、地面が剥き出しとなってはいるものの、落下時の衝撃を吸収してくれる砂場は範囲が限られている上、そもそも子どもの遊び場を文字通りに踏み
しかも、キリサメの場合は致命傷が想定される形で急降下しようものなら『スーパイ・サーキット』の発動を招き兼ねないのである。
人間という種を超越する
何があっても負傷できないという独特の緊張感が
公園内を縦横無尽に動き回るキリサメと電知は、得意な技すら状況に応じて細かく変化させ、あるいは瞬間的な閃きの中で新たな戦法を編み出し、全く同じ攻防など二度と起こり得ないような試合運びを組み立てていく
「――キリサメ・アマカザリに九月は来ない。〝大人〟の責任として自分が食い止める」
青春という二字を象徴するかのような吾妻橋公園の情景を切り捨てたのは、エーゲ海から隅田川まで渡ってきた重苦しい声だ。
ライサンダー・カツォポリスに対するインタビューも未だに終わっていなかったわけであるが、高架下の隠し撮りから切り替わって画面に大写しとなったのはギリシャに所在する彼の自宅ではない。鬼貫道明と『鬼の遺伝子』による異種格闘技戦と同じ四角いリングに二人のMMA選手を迎えた『バイオスピリッツ』の試合映像である。
それはつまり、日本MMAの黄金時代――〝格闘技バブル〟が最も熱を帯びた時間まで巻き戻ったという意味である。
肌艶も瞳に湛えた力も、二〇一四年現在の姿とは比較にならないほど若々しいライサンダーが胴周りに贅肉など纏わせていない
試合を大きく動かしたのはライサンダー・カツォポリスである。互いの胸部を同時に
二段式の肘打ちだ。外から内へと閃く一撃目を死角から滑り込ませ、これを振り抜いた〝先〟からすかさず逆回転の二撃目を繰り出す――左右のこめかみを瞬く間に狙い撃ち、脳を揺さぶる連続攻撃の切れ味は、『
ヒサシのように前方へと突き出したリーゼント頭――正確にはポンパドール――が反り返り、己の頭蓋骨が軋む音を聞かされた
ボディーブローで相手の身動きを制した直後、片側の足首を払ってマットに転がし、肋骨を砕く蹴りや鳩尾目掛けて垂直落下させる
パンクラチオンを近代の〝総合格闘技術〟として体系化したのはギリシャに
だが、ライサンダーが極めたのは安全化が施された〝
「……
ギリシャの
腕を破壊されては〝打撃番長〟の名折れとなる為、
「ギリシャ語はちんぷんかんぷんだが、アタマの使い方は万国共通だろうがァッ!」
日本MMAが誇る〝石頭〟を不意打ち気味にぶつけられたライサンダーは、今まさに腹部へ突き立てんとしていた左拳ごと弾き飛ばされて危うく卒倒しそうになったが、リングを踏み締める両足から力が
剛速球を放たんとする大リーグの
これより一二年後にキリサメ・アマカザリへ放った際には、体力が底を突きかけていたこともあって直撃された側が哀しくなるくらい威力がなかった。しかし、黄金時代の〝打撃番長〟は桁外れの迫力だ。本来の標的から外れてリングを叩くのみとなったが、天井を突き破って隕石が落下してきたと観客の誰もが本気で錯覚したのである。
ライサンダーから距離を取るべく
己の首に巻き付こうとしていた腕ごとライサンダーを引き剥がしたわけだが、
この時点でライサンダーも次なる攻撃へ移っていた為、リングの〝外〟から試合を見守る人々に
このとき、ライサンダーは左足一本でライトヘビー級の体重を支えながら全身を傾け、
両の下腕による
「上等だ!
次の瞬間には左の五指でもってライサンダーの首の付け根辺りを掴み、対の拳を顔面に叩き込んだ。大仰と思えるほど血飛沫が舞ったのは、この一撃で鼻骨が
至近距離から反撃の拳を喰らわされた
マウスピースで防護されていなければ、
二人揃って
二〇〇〇年代に入って脳の
〝リン酸化したタウタンパク質の沈着を原因とする神経原線維変化〟というスポーツ医学の知識を持つ二〇一〇年代のレフェリーであれば、凄惨な乱打戦に割って入って制止したかも知れないが、二〇〇三年の日本MMAは「
二〇一四年の
声にさえ疲れと老いが滲んだインタビューに
日本MMAの黄金時代を築き、これを支えた
映像の切り貼りとしても粗雑の一言である。日本で地上波デジタル放送の導入が本格化し始めたのは二〇〇三年一二月であり、ライサンダーと
「……この手で初めて人を殺したのは、キリサメ・アマカザリと同じくらいの
一向に見苦しさが改善されない映像でありながら、一斉に閲覧者たちを前のめりにさせたのは、二〇一四年現在のライサンダーが絞り出した一言と、これを訳した字幕の内容が虚飾に彩られた〝緊急特番〟の締め括りには不釣り合いなほど重々しい為である。
有名芸能人が目当てという格闘技全般に関心の薄い者や、インターネット上で公開されている百科事典でも意図的に省かれているパンクラティアストとしての経歴を知らない者など、これ以上は観ておくべき内容もないと判断して〝生配信〟から退出しようと思っていた人々を引き締めた殺人経験の告白は、
「このまま九月の試合を迎えれば、彼自身にとって不幸な結果となり兼ねない。前途有望な〝最年少選手〟が自分と同じ過ちを犯す
過激さを押し出しさえすれば耳目を集められるという小賢しさで編集された
『ユアセルフ銀幕』の画面が再び高架下の吾妻橋公園に切り替わったとき、八雲岳と進士藤太の
二人ともプロレスパンツのみを穿き、剥き出しの上半身を泥だらけにしている為、傍目には本当に
「仰向けの電知に空中から変則的なフックを見舞うのも
「それでは余計な
「この野郎、藤太! ヒリつく状況に
喚き声から察するに、キリサメ・アマカザリの指導方針で意見を
水分補給を済ませて電知との
踏み込みと共に全身を捻り、螺旋の如き運動によって生じた全ての〝力〟を拳の先まで伝達させて撃ち放つ切り札――直撃の瞬間に爆発的な破壊力を生み出し、相手の身を隅田川まで
下方へと一気に働く〝力の作用〟に吸い込まれ、緊急回避を試みようとする
コークスクリューフックに用いた腕で素早く
両腕の
果たして、二撃目の
「今のはサメちゃんの判断ミスでしょ。大きく踏み込むときに電ちゃんの爪先だけでも下敷きにしておけば、ブン殴ったときに働く慣性の法則で全身をブン回されて、地面に
「
「完成を楽しみに待ってなね、サメちゃん。スクリュー気味のフックにも引けを取らない新技がキミに牙を剥くと思うよ? その前にボクが味見しちゃうけどね!」
「
休憩を挟む前の
軸足から腰へと連動的に回転を加え、拳が横薙ぎの軌道を描く寸前に肩・肘・手首に至るまで腕全体を内側へ捻り込んで攻撃力を撥ね上げる為、コルク抜きになぞらえる
キリサメが指摘した〝新技〟の
「二連撃の間に、発生する
「ありがとな、パンギリナン。やっぱ歯車の噛み合わせがモタついた感じだわなァ。相手の
これを冷やかすような寅之助の口笛も、未だに足元で組み合っている岳と藤太の聞き苦しい喚き声も、右耳から入って左耳へと素通りさせている。
「
「厳しく聞こえるかも知れないが、現状のキリサメ・アマカザリは『格闘技は
格差社会の最下層で
画面左側――ギリシャの
〝ペルーの
ギリシャはキリスト教正教徒の
*
クラウドファンディングの入金先と、これを指差す
底抜けに陽気なアフロ頭でライサンダーの重苦しい告白との温度差を際立たせたいという演出であろうが、閲覧者の財布の紐を緩めようとする意図が露骨であり、そこに〝緊急特番〟の〝全て〟が集約されていた。
「――
独特というよりも異様と表すべきであろうが、その二字は〝彼〟の
暗闇の只中にて
内側に詰めた〝何か〟の正体など分かったものではない葉巻の
両頬などは頬袋を持つ動物のように膨らみ、だらしなく垂れ下がっているものだから、何本かが長く飛び出した無精髭だらけの顎と首の境い目も分からない。これらに三方から圧迫され、四六時中、
一〇〇キロを優に超える体重を受け止めて抜けずにいる床に感心してしまうが、野ざらしの死体にへばり付く苔に近い
有史以来、最も愛嬌のない
雨風に吹き晒されて殆ど消えかけているが、『昭和』――とりわけ戦後間もなくの混乱期を
それと同時に未だ取り壊されていない〝事実〟を理解できず、口を開け広げたまま首を傾げるはずだ。母子を守る法制度が不十分であった時代に金銭目的の〝
事件発生当時に警察の押収を免れたのか、あるいは裏帳簿と同等の扱いで
その内の一枚が床に落ちたまま放置されているが、殴り書きのように記してあるのは三桁と超える〝何らかの番号〟と出生日時である。母子にとって大切な記録であることを理解できていない筆致で添えられた身長と体重の数値から察するに、一九四七年八月に『
それ以外の情報は一つもない。出生地も両親の正体も分からないのは、子を設けた〝事実〟すら闇に葬らなければならない〝事情〟がある為であった。同様の新生児が多額の養育費と共に特別産院へ引き取られた
新生児が育てられることもなく生き埋めにされ、命を奪われても血を分けた我が子と
鬼畜と罵倒しても足りない凶悪犯たちの逮捕に伴って助産院の資格も消滅し、
二〇〇〇年代半ばに『
薬品や血を吸ったとしか思えない
感情の働きが読み取りにくいほど薄い眉を僅かとて動かさない
ネットニュースの最上部には今日の昼から夕方に掛けて京都・
通称の由来となるほど縁の深い古巣がよりにもよって
司法解剖によって
しかし、〝彼〟自身は「計画通り」などと勝ち誇る様子でもない。そもそもコーヒー豆のような瞳に銃殺事件の続報すら映していない。感情どころか、存在自体が渇いていた。別々の場所で射殺された二人の被害者の間に直接的な接点はないが、一つの明確な〝共通点〟があり、これに気付いた〝世界〟が絶望の二字こそ似つかわしい恐怖に震え上がろうとも口の端など吊り上げず、狂わんばかりの悲鳴すら
「お
ラバージャケットは肩や胸部、胴体など至るところに装甲板の如く金属片が縫い付けらており、光の反射によっては
地べたに転がった脳味噌へ肘に当たる部位が突き刺さり、そこに繊維の根を張った不気味な意匠には「病魔を崇めよ」という悪魔信仰の如き英文まで添えられていた。あるいはこれを
MMA選手であった時代の自分と同じく〝最年少選手〟の呼び名を樋口郁郎から与えられたキリサメ・アマカザリの顔を飽きもせず眺め続ける
人間という種を超越する『スーパイ・サーキット』と、
(続く)
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