理想の死

 彼女の手は冷たく、触れられた瞬間ぞくりとした。

 冷たいと笑って言っても、彼女は何も言わなかった。馬乗りになられた下からでは表情が見えない。しかしその頬は涙で濡れているのだろう。

 彼女は全体重を両腕にかけた。顔が赤くなり、頭はぼんやりとする。彼女の指が呼吸を奪う。

 冷たかったはずの手は、いつの間にか温かくなっていた。




 どんなふうに死にたいかを問われれば、事故死か寿命によるものがいいと答える。痛みが少なく、死を考えていない状況から死ぬまでの時間が短い方法。こわくない、痛くない死に方がいい。

 死に方について、よく友人たちと話していた。不思議なもので空想上の死を語るときは気持ちが軽い。いつまでも理想について考えることができる。しかし理想を口にしたことはない。

 私の理想の死はいくつかあるが、たったひとつ変わらないことがある。それは私にとって大切な人に殺されること。あくまで理想なのだから言ってしまってもいいと思われるかもしれないが、私には秘めていた想いをさらけ出すことと同義であった。



 高校で行なったゼミ活動で、死について考えることは生について考えることだと結論づけた。誰もに平等にある死を友人と話すことは、価値観の同意を求める行為だったのだろう。

 自分の思いが周りからは認められないものだと自覚し、死を通して自分の生き方を探していたのかもしれない。

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なんとなく 沙夜 @sayo-newbie

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