存在しない恋

 学校からの帰り道。

 隣を歩く淳は、久保にとって一番大切な人だ。中学、高校と同じ学校に通っているためか、自然と仲良くなり、一緒にいることが多い。嬉しいことや楽しいことを共有し、辛いときは親身になって話を聞いてくれる。久保は自分が助けられた分、彼の助けになりたいと思っていた。


「彼女ってどんな感じかな」と、淳が唐突に言った。

 今日の夕飯はなんだろうと言ったかのように久保には聞こえた。話を聞くと、他クラスの女子から告白されたらしい。思春期だからか、恋愛関係の話はクラスでもよくされる。クラスの男子に彼女ができたとか、教師が女子生徒に対してがさつだと彼氏ができないぞとからかうなどだ。そんなルーティンのなかに紛れることは簡単ではあった。

 淳のつぶやきに「恋人がいたら楽しいかもね」と久保は答えた。夕食の推測に、おいしいものだといいと答えるように。


 淳が考え込んでいるのを見ながら、久保は昨夜のある報道を思い出していた。

 それは海外のある人気女優が結婚したというものだった。相手は長年付き合っていた彼女だという。結婚を表明するまで、恋人だとは言っていなかったために、仲の良い友人だと思われていたらしい。彼女たちの結婚は祝福されているように見えた。しかしそれはテレビの向こう側で、海外の人気女優だからだと、久保には思われた。発表しなければ友人に思われていたのだ。街中を男女で歩けば、友人であっても恋人に見られてしまうのに。テレビの向こう側の現実は、自分たちの現実には反映されないのだ。


 考えることを先送りにしたらしい淳が、頭を切り替えるためか、「今日の俺ん家の夕飯、なんだと思う」と大きく言った。久保は少し驚いたが、すぐに確信めいた顔になった。

「鍋だと思うぞ。今朝、母さんが白菜とか届けに行っていたから。お前ん家、白菜多いとよく鍋にするんだよな」

 久保の答えを聞いて淳は嬉しそうにしていたが、あっけなく当たることが気に食わないのか、久保家の夕飯を当ててやるとムキになると、料理名を口にする。

 隣を歩く淳は、久保にとって一番大切な友人だ。胸が苦しくなっても、この関係は変わらない。変わらずに彼の一番近くにいたいと思った。夕飯の見当がついている久保は、なかなか当てられない淳を見て、楽しそうに笑った。

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