なんとなく

沙夜

記憶の中の本

 静かに本棚の間を歩いていると、いつの間にかある本を探していることに気づく。幼い頃に読んだ本で、それから二度と手にしたことはない。


 小学生のころから、外で遊ぶことよりも本を読んでいることの方が多かった。もともと小説ばかり読んでいたが、その頃は特にファンタジー小説を好んで読んだ。確かあの本も、強気な主人公が、気の弱い友人や途中で加わる仲間と共に土や風、水を司る精霊のもとへと訪ねていく話だった。主人公が木の上から誰かをからかう場面や、土の精霊に地下へと落とされる場面、風に精霊と共に空を飛び、砂漠の街を見下ろす場面。当時は心を弾ませながら読んだ本も、思い出せる内容はもう少ない。


一時期、小学生のころに読んだ本を読み直したことがある。どの本も懐かしく、変わらずに面白く感じた。当時好きだった本を改めて読むと、覚えているあの本の場面と似たものを、別の本の中に見つけることがあった。しかし同時に、それらは異なる物語の場面だと頭のどこかで確信していた。


 ファンタジー小説を思われるタイトルを眺めながら思う。あの本は本当は存在していないのではないか。当時読んだ本や気持ちの渦を材料につくった、自分の想像でしかないのではないか。でも、そう思うたびに思い出す。自分という存在が薄れ、空気のように世界を漂う感覚。本の世界にいる時の感覚。やはりあの本はあったのだと再認識する。


 あの本はどこにあるにだろう。誰が書き、なんというタイトルで本棚に並んでいるのだろう。記憶の中にある本を、もう一度手にすることができるのだろうか。

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