団子だって嫌だろう?

花梨

団子だって嫌だろう?

 吾妻橋、浅草寺の赤、スカイツリーと隅田川は水色と、気風のいい彩りある下町。

 毎日毎日、観光客が押し寄せる。やれ花見だ、やれ屋形船だ。花火大会の日はごった返す。相撲部屋も数多く、古き日本の姿が残る町。

 浅草寺の仲見世通りからひとつ路地裏に入った所で、小さな団子屋『たけとみ』が今日も白玉を積み上げていく。みたらし、あんこ、ゴマの三種類。ひとつ百二十円だ。焼いていくのは一人息子の耀司ようじ。三十二歳になったというのに嫁の貰い手もないと嘆く母は、隣で大きな鍋をかき混ぜている。『たけとみ』では温かい豚汁と冷たい抹茶オレも売っていた。中途半端な季節はどちらも売れる。

「らっしゃいー」

 今日は妙に空いていた。平日でも休日でも、関係なく大勢の人が訪れる。毎日が修学旅行、毎日が慰安旅行、毎日が日本観光の外国人。揚げ饅頭屋の若旦那と、天気がいいのに珍しい一日だなぁなんて真昼間から軽口を叩ける程度だ。あまり団子を焼かなくていいな、と作業ペースを落とす。完全にやめてしまうのは手持ちぶさただから、続けているフリ。楽な一日のまま、夕方が訪れる。

「あの、みたらし、ひとつください」

 関西なまりの発音で唐突に声をかけられ、耀司は驚いた様子を表に出さないようにゆっくりと顔をあげた。内心バクバクだが。

「あいよ」

 いつも以上に威勢のいい声をあげる。どうやら客が来店したことも気が付かずにぼんやりしていたらしい。

 毎日の事だから、最近は口煩い母に「返事してんのかどうかわからないよ。そんなんだから嫁が来ない」などと叱られてしまう。余計なお世話だ。それなのに、今日はしっかりと声が出た。客が少ないからじゃない。目の前にいる女性が、泣いていたから。

 大学生か、社会人か。涙を流しているわけじゃない。でもさっきまで泣いていた顔で、今も眉間にシワをよせて堪えている。ずいぶん昔の話だが、別れ話をした女性に同じ顔をされた事を思い出す。

 常連ならまだしも、一見の客の泣き顔に触れるわけにはいかない。耀司はストックしておいたみたらし団子を、茶封筒サイズ紙の上に置いた。こういった町では、食べ歩き前提だから皿に出すなんてしない。みたらし以外だったら紙にも置かないで手渡しをする。

 わずかながら店内にも飲食スペースがある。ポットの中にあるとうもろこし茶はご自由に、だ。

「百二十円です」

 サイフを広げているうつむき顔をちらりと見る。あれ、見たことがある。冷たい音をたて百円、十円が銀色のトレーに置かれる間、耀司は記憶を呼び戻していく。

 そうだ、昨日だ。彼女は笑顔で、みたらし団子を買っていった。隣には、仲睦まじい様子の男性がいた。同じく関西なまりの、でも彼女よりも東京っぽい若い男性だった。服装から、髪型から、経験で東京の人間かどうかわかるようになってきていた。

 今日は、ひとり。

 すべてを察してしまった。いや、それが正解かはわからない。あくまで耀司の妄想だ。けれど、目の前の彼女が落ち込んでいて、それでもなお団子を買いに来てくれたのは事実だ。昨日の今日で何があったのだろう。

 女性は団子を手にすると、奥のスペースへ。端っこの席にちょこんと座ると、小さな口で団子を口にした。その途端、我慢していた涙が溢れたのか、手で顔を覆う。耀司は見ないように、また団子を焼き続けるフリをする。

「おい、耀司よ」

 客がいないと口の悪い下町生まれの母は、鍋をかき混ぜながら口を開いた。

「あんたは忙しいと周りに気を配れなくなるから気づいてなかったかもしれないが、ああいう客はたまにいるよ」

「たまに? オレは初めて見たよ」

「だからあんたには嫁が……まぁいい。いいかい、私たちの仕事は団子を焼くだけじゃない。だったらロボットに仕事とられちまうよ。そうだろ?」

 母は何がいいたいのか。白髪は綺麗に茶色く染め、落ち着いたベージュの和装を乱れなく着付けている。毎日同じことの繰り返しなのに、気を緩めない。

「ロボットじゃないけど、こういう場所柄、一度来たら次……って事はあまりない。待たせないよう手際よくやるのが一番だろ」

「当たり前だよ」

 ぴしゃりと言われ、耀司は少しすねたような顔をする。

「手際よく、は当然だ。でもねぇ、一度来たら終わり、って思うんじゃないよ。そのたった一度の思い出に、ウチの団子が関わってんだ。あのお嬢さんの思い出なんだよ、あんたが昨日焼いた団子は」

 思い出の、団子。もちろん観光地である以上そう思っていた。けれど、それは楽しい思い出だけしかないとも。

「あの子、もしかしたら二度とここへは観光に来ないかもしれない。最後に思い出の味を噛みしめたいと来てくれたかもしれない。あんたが毎日適当に焼いてる団子でも、そう思ってくれてる」

 客を使って説教かよ、と口に出そうとしたが新しい客が来たので話はそこで終わった。大学生と思わしき五人組の男女が来て店内は賑やかになったが、彼らは食べ歩きをするようですぐに店を出ていった。

 視線を泣いていた女性に戻すと、今は泣き止んで、団子も串だけになっていた。それをゴミ箱にそっと入れると、小さな紙コップでとうもろこし茶を飲みながらほう、とため息をついている。

 美味しかっただろうか。昨日も今日も、適当に機械のように焼いた団子。

 彼女は少しだけ笑みを浮かべ、立ち上がった。そして再び耀司の元へと歩いてくる。

 内心焦りながら、女性の目を見て言葉を待つ。化粧が少し落ちて、目の周りがいくらか黒くなっていた。泣いていたシーンを見なければわからない程度だが。

「みたらし、もう一本ください」

 追加で買う客はよくいるが、今日は嬉しさが格別だった。

「新しいの、焼きます」

 ストックには目もくれず、耀司は網の上に団子を置いた。

「えっ、でも」

 女性はちらり、とストックの山を見る。けれど、それ以上は何も言わなかった。

 言葉をかけることは出来ない。だから、美味しく食べてもらえよと、団子を焼く。お前だって、悲しみを思い出させるだけではなく、前を向くための栄養補給にしてもらいたいはずだと団子に問いかけてみながら。

 醤油の香りは、毎日嗅いでいても飽きない。みたらしのタレを付けて、紙の上へ。

「お待たせしました、百二十円です」

 すでに用意していた小銭をトレーに置いた女性は、耀司に微笑みを向けて店外へ。来た時の足取りは見ていない。でも、それよりも軽やかであるといいなと思って見送った。

 ふぅ、と息をつくと、軒先で売る豚汁が完成し、大きな銅鍋を持った母がニヤリと一言。

「そういう優しさ、あんたにもあるんだね」

 これは嫁も期待できる、と嬉しそうに店外へ運んで行った。余計なお世話だ。

 焼かれるのを待つ団子たちに視線を落とす。ロボットに仕事を取られるわけにはいかねぇな。

「らっしゃいませ!」

 期待してろよ、団子たち。

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