二 甍の花(二)

 臥田城ちかくの丘陵地に、数カ所の窯場が設けられている。春野は宝春とともに、それぞれを訪ねて回った。

 窯は地面を長方形に掘り、そこに瓦の破片や石でつくった畝を付けて煙の通りをよくし、その上を、藁を混ぜた粘土で覆って天井とする。自然、地震によって崩れたものが多い。

《まずは窯だ》

 宝春はつぶやき、被害を検分して、修繕するか、新しくつくるかの判断を下してゆく。

 蘇廬という、ほぼ環の敵国と言ってもよい異邦から来た若者に、地元の工人たちは最初怪訝な顔で対応したが、宝春のことばを、拙くも春野が通訳すると、彼の理路整然とした意見に納得し、地震使と遠辺国介から権限をゆだねられている旨を春野が改めて説明するまでもなく、みなきびきびと動く。

 数日過ぎると、春野が出張る場面がすくなくなった。枝打の言う通り、職人たちは職人同士で、手を動かし、道具を使って見せることで、意思を通じ合っている。春野は手持ちぶさたになった。下働きの少年に教えを乞うて、瓦用の粘土を混ぜる、地面に穴を掘って板で囲った槽に、裸足で入って足でこねた。

 冬がちかく、土も水もつめたい。ぶるぶる震えながら作業をする少年たちといっしょに、春野は仕事歌を歌った。

「春野! なにをしているんだ?」

「……秋守?」

 窯場の入口から、女商人が従者と荷馬を連れてやってきた。

 春野が自分のしている作業について説明すると、秋守はけたけたと笑った。

「国守さまの娘が! 都に行けばひめ、媛と呼ばれるだろうに! 泥にまみれて瓦づくりか!」

 春野はむっとした。

「風声のつわもの一族なんぞ、そんな高貴な者ではないぞ。それに、わたし程度の家柄の娘は、都にごまんといる」

「いやいや、ごまんはおらぬだろ、せいぜい五百かな」

 言いながら、親友は従者に指示を出して、あっという間に彼らは湯を湧かし、春野や少年たちの足を洗った。ちょうど休憩の時間になり、春野は窯場内の竪穴建物に入った。

「城で地震使殿にお目にかかったんだ。おまえが蘇廬の瓦工殿と窯場を回っていると聞いて、差し入れに来た」

 秋守は、常の通り、富裕の者らしく絹と毛皮で着飾り、耳にぎょくの飾りを付けている。地震直後にお互いやつれた身なりで話して以来、ゆっくり顔を合わせたのは久しぶりで、春野は彼女のようすに安堵を得た。

 工人たちは見慣れぬ美々しい女商人にどぎまぎしている。秋守はそんな空気を知ってか知らずか、悠然と微笑み、

「栗と干し柿を持ってきたぞ。栗は焼いて食べよう」

 と荷袋を開けて見せた。子どもたちがわっと歓声を上げる。

 遅れて入ってきた宝春は、ぽかんとそのようすを眺めている。

《宝春、わたしの幼馴染みだ。角嶋秋守という。差し入れに来てくれたそうだ》

 栗を煎る甘く香ばしい香りで、室内が満たされるなか、宝春は筵の上におずおずと座った。

《……環は地べたにじかに座る。まだ慣れぬか?》

 秋守は流暢な蘇廬語を使った。

 はっとして宝春は秋守を見つめる。

《……あなたはどこで蘇廬のことばを?》

《井津端の春山だが。蘇廬や波麗の商人と取引をする必要があってな》

《……故郷の訛りによく似ている》

《習ったご老体は南部の生まれと言っていたな……》

 秋守のうろおぼえの地名に、宝春はおおきく頷いた。

《おれの生まれはそのあたりだ》

 初めて見る彼の勢いに、春野は目を惹かれた。

《宝春は、どうして環に来た? 瓦づくりはどこで学んだ?》

 青年は一瞬、迷うような目をして、それでも、春野の顔を見てから、もういちど口をひらいた。


 青年の故郷は、蘇廬の首都にほど近い山間の町だった。そこは古くから窯業で栄え、川を下ったところにある寺院や宮殿に瓦を供給していた。

 宝春は裕福な親方の家で育ち、字や算術を習い、瓦工たちの統制の仕方を学んだ。ところが、あるときその地の豪族が蜂起し、町を焼いた。逃げ出した宝春は家族とはぐれ、港町に出て荷役で日銭を稼いだが、今度はその町を痘瘡が襲った。町の住人のほとんどが病で死に、しかし宝春は生き残った。命からがらその港町を出て、別の港へ。そこで、海の向こうの環という国では、造作が盛んに行われているという話を聞く。

《環の都が新造されるという話だったが、瓦工が求められていると思い込んで船に乗ってやってきても、都の造営はとっくに終わって、もう五十年は過ぎているという話だったときは、頭を抱えたな》

 春野は思わず笑った。

《噂はとても古かったんだな!》

 それでも、環では、寺院や国衙こくがの修繕や新造で、いまだに瓦の需要があった。宝春は、縁海都督府の管内で、蘇廬出身の同胞に囲まれながら、ふたたび瓦をつくり始めた。


 木々が赤や黄の葉を落とし、初雪が降っても、窯場のひとびとは作業を続けた。窯に火が入り、煙突から煙が白く上る。宝春はまずはん[瓦をつくるための型]を焼いた。環の笵の多くは木製だが、傷が付きやすく、使っているうちに摩耗してくる。宝春はそれを指摘して、蘇廬ではよく使われるという陶製の笵をつくった。まず親笵をつくり、それをもとに子笵を数十個焼く。そして、その子笵を各窯場に配り、瓦を本格的につくり始めた。

 春野はたまに顔を出すだけになったが、そのたび宝春は笑顔を見せるようになった。秋守のように訛りまで同じではないが、蘇廬のことばを話す人間がいて嬉しいのだ。ただ、さすがの彼も、まわりを環人たまきびとと夷似枝ばかりに囲まれて、環のことばを学ばないではいられなかった。

 雪が積もって、城では修繕工事を中断したが、瓦はつくり貯め続けられた。城で作業していた工人の手が空いたので、彼らも瓦づくりに加わる。窯場はより賑やかになった。

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