一 民夷を論ぜず(三)

 避難してきたひとびとが集まる臥田城では、毎日死人が数人出た。衰弱した老人や幼子が、猛暑や不衛生さで病を得て、ぽろぽろと死んでゆく。春野はそのたび、国分寺の僧尼を呼びに走った。

 城下町を歩き、死体を車に乗せて運び、川で洗い続けた。集まってくるひとびとに、身元を知らないか確認してもらう。瓦礫が胸や腹に衝突し、血が巡らなくなったせいで顔が鬱血している死体が多い。そこから腐っていき、確認が困難になる。火事で焼け焦げた者は、子犬ほどの大きさになってしまう。首を振る者。悟って泣き叫ぶ者。自分の子を求めて、毎日通ってくる母親、父親。

 国司の主導で、川上に墓地をつくる。身元のわからない者を含め、たくさんの遺体を、包むむしろも間に合わず、そのまま簡単な土壙どこうを掘って埋める。すすり泣きと慟哭、読経が響き、春野は頭を垂れる。

 都の風声一族に便りを出す。左衛門さえもん大尉だいじょうを勤める兄野主のぬしから、労りの文と物資、郎党たちが送られてくる。

 雨風を凌ぐ仮小屋が建てられ始める。国府官人の造作担当者には亡くなった者も多く、氷隆城から応援が来る。

 父は見つからない。

 国守館の瓦礫は、郎党たちの手で片付けられてゆく。父の愛用した椅子も、硯や剣も、見つからない。先々代の国守が庭に植えさせたという、梅の木が潮にやられて枯れる。

 目の前で求められていることに手を動かし、足を使っているうちに、秋が来る。田は実らず、百姓たちは夷似枝たちに教わり、山に入って木の実や漿果を集める。夷語のわかる春野は訳語おさ[通訳]を買って出る。

 冬支度に向けて、みなが慌ただしくしている時期に、ようやく都から飛伝が来た。詔勅が発せられたという。


 百姓何のつみありてか この禍毒かどく

 憮然としておそれ 責め深くわれに在り

 今使者をりて きて恩煦おんくかしむ

 使つかひ、國司とともに 民夷を論ぜず 勤めて自ら臨撫りんぶせよ


 今年二十歳になった青年帝は、天変地妖の原因を自分の不徳とし、深く恥じているという。同時に、朝廷から、復興人事として検遠辺国地震使けんとおのへこくじしんしが発遣された。任じられたのは吉枝打きのえだうち木工寮もくりょうの長官や検非違使を歴任した実務官僚である。

 彼は、井津端国から遥か海を隔ててあるという、半島の国家――蘇廬そろから襲来した、海賊の数人を、遠辺国に伴って着任した。


※本章漢文引用は『日本三代実録』貞観十一年五月二六日癸未条、同年十月十三日丁酉条による

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