第29話 変態の行方は未知数

「――――行くよ」


 俺たちは新メンバー敦也を引き入れて、魔草の洞窟へと来た。1人増えるだけでも遥かに戦闘の効率は上がり、4層目まで何事も無く進む

ことができた。


 5層目に下りるが、前日に戦った巨大カメレオンの姿は見られない。俺たちは慎重に戦闘を行った場所へと舞い戻る。


 静寂が横たわる洞窟内。俺たちは武器をしっかりと握り、臨戦態勢を取る。


 刹那。竜二が声を上げた。


「来るッ!! 避けてっ!!」


 また茂みの中から忽然と伸びる血色の悪い舌は、地面を削ると即座に伸縮して視界から消える。


 未だに姿を見ることは出来ないが、今回は俺たちには敦也が居る。敦也の能力があれば――――――


「あつやっ! お前の出番だっ!!」


「――――おうっ! わかったっ!! 能力っ――――獣化っ!!」


 途端に敦也の全身から白い湯気のようなエネルギーが溢れ出す。そこまで純と同じなのだが、敦也のはそこから異なっており、白い湯気は全

身覆うように纏わりついていく。


 湯気のせいで敦也の姿が見えなくなるまで全身を覆ったかと思うと、突然とその湯気は拡散して消失する。そして、姿を現した敦也は――――

――――――獣へと変貌していた。


 明るい茶色の体毛が身体を覆い、口からは鋭い牙が、手足からも人間と思えぬような爪が生えている。最初から体格は良かったが、

今は通常の数倍はあるであろうほど巨大化している。

 

 その姿はまるで――――――ライオン。


「す、すごい…………っ!」


「うひょっ―――本当にあつやなの?」


 獣と化した鋭い瞳を此方に向けて、彼の声とは思えぬ低い声が響く。


『俺だよっ! これが俺の能力――――獣化。見た目通りに獣に変身できるんだっ! それじゃ、早速敵の位置を――――――』


 獣となった敦也は、五感が大幅に上昇し、獣の嗅覚、聴覚を発揮して相手の位置を探ることができるのだ。そのため、今回の敵のように姿を

消す魔物を探すのには最適である。


 鼻腔をクンクンと震わせたかと思うと、突然四速歩行で駆ける敦也。その速さは人間の走りとは逸脱しており、爪を使って茂みを切り裂

くその怪力も獣のそれであった。


 その迫力に気圧され、俺たちは呆然とその光景を見詰めることしか出来なかった。そして気圧されたものがもう1体。


 グギャギャギャギャギャ


 茂みから俺たちの目の前に姿を現したのは、ラムネ色の地肌に黒い大きな円型の斑点が全身を所狭しと埋めている。


 大木のように太い尻尾は先端でとぐろを巻き、湾曲した背中にギョロッとした巨大な2つの目玉を忙しなく動かしている。


 その大きさは数メートルは下らない。小屋程の大きさはあるであろう。敦也でさえも小さく見えるほどである。

 

 敦也と俺たちは共に少し後退して巨大なカメレオンとの距離を取る。


「良くやったぜあつやっ! 後はあの野郎を――――ぶっとばすっ!」


「慎重にねっ純ッ! まだ姿を消すかもしれないから」


「んなことされる前に叩くんだよっ――――おらっ!!」


 迸る白い湯気。一挙に初速が上がった純は、数刻で巨大カメレオンとの距離を詰め、その独特な顔面にブロードソードを振り下ろそうとする

が、巨大カメレオンがコバエでも払うかのように舌を横に薙ぎると、純は攻撃も出来ずに後退する。


 そして、刹那に俺たちの視界から巨大カメレオンの姿が消失した。


「っち。また消えやがったっ――――――ぐっ」


 その矢先、急に後方に吹っ飛ばされる純。


「――――純ッ!!」


「大丈夫だっつうのっ! ガードしたっそれよりもっ――――あつやっ!!」


『わかってるよっ! ――――――――うしろだっ!!』


 咄嗟に振り向いて爪を振るう敦也。それによって姿を現す巨大なカメレオンは華麗にその攻撃を避ける。


 しかし、今回はその声と同時に俺と岳は駆けていた。まずは俺が先陣を切って突っ込む。初手は避けられるが、細かい攻撃を連続で繰り出す

俺。


 でかい身体のくせに俊敏だ。だがっ――――――


 さらにギアを上げて懐に潜り込んだ。そして、俺のダガーが巨大カメレオンの柔らかい腹を薄くだが、数回切り裂いた。


 それに伴って巨大なカメレオンの瞳が俺を捉え、長い舌が飛んでくる。俺は深追いはせずにそれを回避し、後退した。


 しかし、それと同時に岳が急接近していた。敵の目が俺に集中している間に肉薄した岳は、怒りの篭ったその拳を腹に突き出した。


 物凄い衝撃が走ったのだろうか、巨大カメレオンは苦痛を表情を肺から空気を漏らす。


 人間とは思えぬその岳の怪力に獣の敦也も歓声を上げた。さらに追い討ちをかけようと駆けるが、巨大カメレオンは咄嗟に起き上がって

茂みへと姿を消した。


 その間に智久は純の治療をし、俺たちは中心に集まる。


『このままなら行けそうだ』


「そうだなっ! ちゃっちゃと倒してしまおうっ」


「2人ともまだ何かが起こるか――――――」


 刹那。茂みの中から聞こえる叫び声。


 ググググググググギャギャ グギャグギャ グギャーーーーーー


 それは悲痛な声ではなく、まるで何かと会話を行っているように感じられた。何故か身体を駆け巡る嫌な感覚。


 なんだ? 何をやっている――――――?


 不幸にもその感覚が当たってしまったのか、突然に周りで起きたことに俺たちは驚愕する。


 周囲の茂みから忽然と姿を現す魔物たち。その数は10体を越えている。スィーフ、ゴブリン、ロックボール、スライムなど、この洞窟にい

る魔物がぞろぞろと勢ぞろいしていた。


 何処かのバーゲンセールですかっ! と訴えたくなるようなラインナップである。竜二の指示が飛ぶ。


「皆切り抜けるよっ! 陣形はなるべく崩さすにっ! カメレオンの攻撃にも注意してっ!」


『――――――了解っ!』


 なるべく敵に囲まれないようにしながら、後方からの攻撃を優先する。


 そして、それでも対応できない相手は俺たちが倒していった。しかし、魔物の数が尋常ではない。


 次第に陣形が崩されていく。1体1になったかと思えば、今は既にそれぞれ離れて戦闘を行ってしまっていた。


 それに釣られて傷を覆う仲間たち。俺も浅い傷ではあるが多くのダメージを食らってしまっていた。


「おいっ祖チンっ!! たまには役にたちやがれっ!!」


「智久っ――――お願いっ!!」


 2人にそう言われ、急に忙しなく身体を揺らす智久。それはそれは――――きもい動き。


「うひょっ! わかったっ!!」


 全身を覆うローブをははためかせ、馴染んできた聖職者の技――祈祷を疲労する祖チン下野。


 即座に竜二と純を回復させ、直ぐに岳も回復させた。そして俺の傷を回復させる智久。あの時とは比べ物にならないほどに、技術の効果が

上昇していた。


「すまない――――ありがとうっ」


「気にしないでっ! これがわっちの役目ばいっ!! ――――祈祷っ亀頭っ!!」


「――――いや、何弁だよっ! あと下ネタ言うなしっ!」


 戦闘中なのにも関わらず咄嗟に突っ込んでしまう俺。


 くそ痛かったけど、馬鹿智久のおかげで楽になったな――――――ありがとよともひさっ!!


 変態の如く(まぁ、変態なんだけど)走り回る祈祷師智久。次々に仲間たちの怪我を回復させていく。


 しかし、回復されたとは言えまだ違和感が残っているのも事実。俺は再度ダガーの柄を力強く握り、迫り来る魔物へと駆けた。


 次のターゲットは、蒼、緑、深緑色のゴブリン3兄弟。皆、防具などは装着していないが、こんぼうとショートソードを持っているため十

分に気をつけなければいけないだろう。


 3体を相手取るのにも恐怖を感じなくなっただけでも、既に成長をしていると言えるだろう。しかし恐怖は感じなくとも、直ぐに倒せる程

甘くはない。


 他の仲間たちも其々出て来た魔物たちと交戦する。巨大カメレオンの姿は見えないが、唯一位置を把握できる敦也に任せるしかないだろう。


 なるべく敵の武器の間合いを意識しながらも、距離を離れすぎないように注意する。盗賊の戦い方は良く言えば慎重的だが、悪く言えば

臆病で卑怯な戦い方。


 だけど、俺は何故かその戦い方に惹かれてしまっていた。まるで自分を見ているようなのかは、わからないけど――


 苛立ちを覚えた相手は必ず痺れを切らして迫ってくる。知能の低い魔物ならなおさら謙虚だろう。こんぼうを持った緑のゴブリンが、奇声を

上げながら肉薄する。


 ばかめっ! 俺の思惑通りっ!!


 俺は咄嗟にその攻撃を避け、腕を掴んで地面へと落とす。そのまま、首をダガーで掻き切った。


 連続して襲い掛かってくる蒼のゴブリン。その手には長さのあるこんぼうを持ち、俺へ向けて振り下ろした。


 その攻撃を横に転がって避けるが、その先にはもう1体の深緑のゴブリンが迫っていた。武器を合わせたことで、手に鈍い衝撃を感じる。


 数度攻防を繰り返した後、隙をついてお腹に足を蹴りこみ、俺は後方へ距離を取った。


「――――かはっ」


 しかしその選択は悪手であったようだ。背中に走る衝撃と痛み。なんと飛んだ背後には先ほどのゴブリンが待ち構えていたのである。


 防具を貫いて背中にかかる衝撃。どうやらこん棒で殴られたようだ。痛みに耐えながらも、それ以上の攻撃の危機を感じた俺は咄嗟に横に

転がり、さらに後方へ距離を取る。


 くそっ!! いてぇぇっ。防具がなかったら骨いってるぞ……せっかく良い調子でいっていたのに――――――


「ぐっ………………」


 背中はまだ痛む。どうやら、思った以上に傷は悪いようだ――――――


 脳裏に浮かぶのは、目の前の敵に対しての怒り、不満、そして――――――強烈な殺意だった。


 以前の俺。現実世界に居た頃では抱くことも許されなかった感情が、此処で如実に表れる。


 殺伐とした世界にいることを忘れてはいけない。


 俺は即座に駆け、深緑色のゴブリンに肉薄した。素早い剣さばきでゴブリンを圧し、手首を切りつけた。


 痛みに悶えて武器を落としたゴブリンの背後にするりと入り込むと、その空っぽの頭を捻る。


 グギギギギ


 悲痛な叫びを上げて死界に落ちるゴブリン。さらに続けてもう1体の所へ駆けた。


 乱暴に振り回すこん棒に、若干の鬱陶しさを覚えながらもゴブリンの喉元を掻っ切った。


 自分で驚く程にスムーズに行われた戦闘。多少なりの優越感に浸りながらも、さらにその時には次の魔物が視界に映っていた。


「まだいるのかよっ――――――――」


 茂みの中から、未だに現れる魔物たち。カメレオンの姿はまだ見えないと思った矢先――――――


 純に向けて物凄い速さで迫る長い舌――――――巨大カメレオンのものだ。


「気をつけろ純ッ!」


「わかってらぁ――――!!」


 能力によって向上された身体で容易く回避する純。そのまま引っ込もうとする舌を切り裂いた。


 さらにその場所に竜二の魔法が炸裂した。


 グギャギャギャギャギャギャギャ


 叫び声を上げて茂みからやっと姿を現した巨大なカメレオン。


 その口内からは血が滴り、背中からも多くの流血が見て取れた。そんなカメレオンに真っ先に迫るのは、両手にナックルを装着した岳であ

った。


 頭部へと攻撃を試みるが、カメレオンのトグロを巻いた尻尾が岳の身体を薙いだのだった。ボールのように地面を転がる岳。それを見て

純が咆える。


「この野郎おおおぉぉぉ!!」


 迸る白い湯気を尾のように流しながら、カメレオンへと特攻する。再度迫る尻尾を飛ぶことで回避し、その前足にブロードソードを振るった


 血が落ち、砂が舞い、カメレオンと純の両者の殺意が暴れ狂っていた。噛み付こうとするカメレオンの口を避けて、腹にもう一太刀を食らわ

せる純。



 グギャギャギャギャギャギャギャギャギャ



「がははっ! ざまぁみろっ!! ――――ぅうっ!」


 何時の間にか近くにいた、ロックボールが地面を転がって純に直撃した。


 再度、能力のエネルギーが溢れ出てその勢いを力づくで止めた。そして、ブロードソードで真っ二つに――――切り裂いた。


 その間に、また茂みに逃げ込もうとする巨大カメレオン。


「――――あつやっ! 逃がすなっ!!」


『わかったよおばあちゃんっ!!』


 咄嗟にカメレオンと対峙した敦也。対して後方に戻ってくる純。


「うおっ――――くそっ。もう時間がきやがった!!」


 途端に純の身体から迸っていた能力の源が消失した。純は舌打ちを1つ打つと後退する。


「どうしたの純っ? 何故能力が――――?」


「俺の能力には回数制限と効果時間があるんだよっ! あのアホ獣とはどうだかしらねぇがなぁ」


 前方で暴れる敦也を指してそう言った。


「それなら純はもう深追いは…………」


「うるせぇ! 俺はまだやれるっつうの――――おらっ!!」


「――――もうっ! 僕ももう魔力切れ寸前だって言うのにっ……隆生っ頼むっ」


「はいよっ。浩太は智久たちを頼むよっ!」


「わかったっ!!」


 竜二の心配も無視して、巨大カメレオンへと殴り込んでいく。それに続いて俺も駆けた。


 ――――――――――――刹那。飛来する何か。そして同時に左足に感じる絶望的な痛み。


「あああぁぁっぁあぁぁ」


 咄嗟に視線を落とすと、俺の太ももには、雑で質素であるが十分に殺傷能力を持ち合わせた弓矢が、深々と突き刺さっていた。


 滲み出る血の色。思わず崩れ落ちる俺。足を動かすたびに激痛が全身を走る。


 やばい、やばい……めちゃくちゃいててててぇぇぇぇぇ


「隆生っ! ――――智久っ直ぐに治療をっ!!」


 智久が此方に来ようとするが、他の魔物が立ちふさがり止められる。さらに俺の方にも迫ってくる一際体格の良いゴブリン。


「――――くそっくそっくそっ!!」


 このままではヤラレル……まずはこの弓矢をなんとかしねぇとっ――――――――


「ぅうっ――――はぁ……はぁ、はぁ――――――くそがっ!!」


 手には俺の血の付着した弓矢。ふとももからは血が溢れているが、先程よりは痛みが引いているように感じられる。


 必死に立ち上がろうとするが、激痛が脳髄を揺らす。それでも迫ってくるゴブリンが止まる訳もあらず、俺は顔を歪めながら立ち上がった。


「くそがぁぁぁぁっ!!」


「――――――隆生っ!!」


「大丈夫だっ……お前は他の者を治療してやれ――――」


 全然、全く大丈夫じゃねぇ……痛すぎて泣きそう――――ほんとにまじで……でも、そんなことも言ってらんねぇ


 咄嗟にダガーを構える。目の前には俺の二倍はあるであろう身長と体格のグリーンゴブリン。


 手には巨大な斧を持ち、その汚らしい口内を露にしている。



 グギギギギギギギィ



「気持ち悪い声出しやがってっ! おらあぁぁっ!」


 痛みを必死に忘れようと、目の前のゴブリンに斬り掛かる。しかし、ゴブリンは避けようともせずに俺の攻撃を受けた。


 数度斬りつけたが、その分厚い脂肪に阻まれてダガーでは大したダメージを与えることは叶わない。


 迫る斧を必死に掻い潜るが、ふとももの痛みのせいで思うように動く事が出来ない。


 その矢先、目の前を物凄い速さで通過する――――弓矢。


 咄嗟にその方向に振り向くと、既にゴブリンが次の矢を番えようとしていた。俺はそれを見て先ほどの痛みがフラッシュバックする。


「くそっ! あつやっ!! あのゴブリンをやってくれっ!! 頼むっ」


『――――わかったっ! まかせろ』


 縦横無尽に戦場を駆ける敦也。その姿は――――獣。


 立ちふさがるゴブリンを投げ飛ばし、切り裂き、四速歩行で場を走る。俺の頼みを聞いた敦也は数刻の間に、弓矢を持ったゴブリンに近づい

た。


 間近くで肩口に突き刺さる弓矢をもろともせずに、そのゴブリンの喉元を切り裂き咆える。


『うおおおおぉ! やったぞ隆生っ!!』


 ――――助かったぜ敦也……後はこいつをどうにかするだけだ


 智久、竜二は数対のスィーフ、岳と浩太はロックボールと、敦也は多数を相手に、そして純は巨大なカメレオンを相手取っていた。


 既に能力の効果時間も切れているのにも関わらず、必死に喰らい着いている。


 巨大なカメレオンも相当量の血を流し、もう少しで命の灯火も消えてしまうだろう。しかし、それでも動きを止めることはない。


 純が全力で振るった剣を頭で受ける。その瞬間、パキンッと軽快な音が響いた。


 そちらの方向に目を向けると、綺麗に真っ二つに折れている純のブロードソードが目に入る。



 刹那――――なおも息の根を止めないカメレオンは、純を吹っ飛ばした。その瞳は既に純を見ていない。



「――――くそっ! 止められねぇ」


 命の危機に陥った魔物ほど、恐ろしいものはいない。とよく聞くが、状況を見れば肯定しざるを得ないだろう。


 カメレオンの視線の先には――――――――浩太がいた。


 くそっ! やっぱりあいつ浩太をっ――――――このままじゃ……っ!


 疲労困憊し、既に立っているのも厳しい状態の浩太。咄嗟に立ち上がって大剣を構えるが、その姿からはまるで力が感じられない。さらにそ

の近くには魔力の切れた竜二と殆ど非戦闘員の智久もいる。


 体躯の良いゴブリンが目の前に立ちふさがるうえに、左足の傷に視線を落とす。


 この傷じゃ――――――――――


「くそっ――――――」


 そんな思考を繰り返している間にも、刻一刻と迫っていた巨大カメレオン。浩太の瞳には不安と恐怖の色が滲み、純は必死に駆けつけようと

するがあの距離では届かない。


 そして、誰もが最悪の状況を想像したその時――――――――浩太とカメレオンの間に割り込む1体の……1人の男がいた。


「――――――あつやっ!!」


  全身の至る所に傷を被い、その紅色の血で地面を濡らしながら決死表情で走る敦也。その茶色い体毛は赤色に染まり、今にも倒れそうにな

りながら駆ける獣。


『うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!』


 俺が叫ぶ声よりも遥かに大きい雄叫びを上げる敦也。暴走したトラックのように、猛スピードで突っ込んで来るカメレオンを敦也は全身の

筋肉を強張らせて諸手を挙げた。


 そして、此方にも聞こえる程の低い衝撃音が鼓膜を刺激しながら衝突する2体の――――獣。


『うおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!』


『グギャギャギャギャギャギャギャ!!』


 互いの生命が飛んでいるの手に取るようにわかった。片方は全力で目の前の敵を倒そうと、もう片方は必死に仲間の命を守ろうと――――


 均衡する力と力。どちらも一歩も引かずに己の全てを懸けていた。


 目の前の知能の低いゴブリンでさえも、戦うことを忘れて目を奪われていた。


 しかし――――――徐々にその均衡が破られていく。


『ぐぐぐぐぐっっ――――くそぉ!!』


『グギャギャギャギャグググググググ!!』


 徐々に押されて行く敦也。彼らの真下の地面は赤黒く汚れ、目は烈火の如く血走らせている。


 俺は危機を感じて、今も目を奪われているゴブリンから逃れようと動く。だが、そう簡単にいくわけがなかった。どっしりとした面持ちで

立ちふさがるゴブリン。


「くそっ――――――!!」


 後を追いかけていた純にも新たな魔物がつき、合流を防がれる。


 くそっ! このゴブリンがいなければっ――――くそおおおぉぉ! 誰か居ないのかっ! 誰かっ――――――!!


 刹那――――今までなんとか保っていた均衡が一気に変わる。なんと、頼みの綱であった敦也の能力――獣化が解け始めてきたのである。


 敦也の全身から迸る白い湯気、それに釣られて大幅に隆起していた筋肉の塊が萎んでいく。それに伴って巨大カメレオンに圧され始める

敦也。


 もう数刻の間には均衡は破られ、敦也たちは――――――――


 脳裏には最悪の状況が浮かび、俺はまた何も出来ない自分自身への失望を繰り返していた。


 まただ――――俺はまた何もできない――――――またっ…………もう終わりだっ


「――――――終わってねっ!!」


 洞窟内に響く声。その声の主は――――――純。


 その声に顔を上げる俺。


「終わるわけねぇだろうがっ!! そうだろ――――――――――――岳っ!!」


 純がそういった矢先――――――


「おおおおおおおおおおおおおおおぉっぉぉ!!!!」


 今もなんとか動きを止めている敦也の背後から迫る者が一人。


 全身は傷つき、敦也に負けないほどの体格を有し、両手には鉄製のグローブをはめている――――――石山 岳。


 岳は、その大きな体躯を動かして敦也の背中を伝って空中に身を投げ出した。


「いきやがれがくっ!!!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおぉ!!」


 敦也が突破されるよりも先に、巨大カメレオンの頭部に突き刺さる――――――――強き拳。




 グギャギャギャギャガガガ――――――――――――――――――




 巨大なカメレオンは溢れ出る鮮血と共に息絶えた。その場に立つのは、天に拳を上げた――――――岳。


 さらに決死の覚悟で打ったであろう竜二の魔法が、眼前のゴブリンの頭部を捉える。巻き上がる鮮血と命の刈られる音。


 俺はそれを見て思う――――――――


 俺とは違い、あいつは決して諦めていなかった――――――


 素直に感じる凄さと――――――底に落ちていく自身の塊。


 俺は――――――――――――――――――弱いな。



 ――――数日後。


 

「ほほぉ。まさか本当に持ってくるとは思わなかったぞ」


 見慣れた湖に相変わらずのお美しい姿のエルフが1人。


 あの後、周りの魔物を片付けて周辺を捜索した。すると、どうやら5層目が最終層だったらしく光る魔草を発見した。


 俺たちはそれを採集し、なんとかトレダール弟6地区へと帰還した。皆予想以上に疲労困憊し、傷だらけであったため直ぐに回復専門の

聖職者ギルドに運ばれそこで1日を過ごした。


 多少なりの疲労が残っていたが、傷も癒えたため俺たちはギルドを出た。そして再度パラダイスのベットで一夜を過ごし、次の日は

湖に行く事を決めたのである。


 そして――――現在の状況である。


 イネスさんの手の上に乗せられている光る魔草。蕗の薹のような形状をし、常に淡い蒼の光を放っている。


 これには、魔力の源が宿っているらしく生活用品や魔法道具などの材料として使用されると言う。


「それで、用事が出来たゆえ修行はまだ先にして欲しいと?」


「はい。よろしいでしょうか?」


「私は構わん。それとお前らクリーミルに行くのだったな?」


 イネスさんは腰に着けた布袋に魔草を仕舞いこむとそう言った。


「それならついでだ、クリーミルのいる私の友にこれを渡してくれないか」


「これは――――本ですか?」


「そうだ。長らく借りていて中々返す機会がなくてな。丁度良い――頼めるか?」


「はい。勿論です。承りました」


 美しく控えめな笑顔を浮べて礼を述べるエルフに敦也も悩殺されてしまったようだ。ポカーンと口を空けている。


「それでは、私たちはこのままガルバドに向けて旅立とう思います。十分に準備もしてきたましたので」


「――――――そうか。また此処に来い。その時は修行をつけてやる」


「はい。ありがとうございます。――――それではっ」


 何時までもその場を離れようとしない馬鹿2人と、新たに加わったアホの敦也を引っ張って俺たちは絶世の美女であり、光の心を持ち合わせ

たエルフ――イネスさんがいる湖に背を向けて旅立つのであった。


 その胸には、新たな道の世界への興奮と様々な感情が複雑に、かつ乱暴に湧き上がっていた。次の目的地は――鋼鉄の街『ガルバド』。

今日も俺たちは軽快な足取りで歩き続ける。


 そして、俺たちがガルバドに向けて旅立った頃トレダール第6地区では――――――――


「――――おい、聞いたか?」


「あぁ。聞いた、聞いた。魔草の洞窟を夕闇の侵略者よりも早く攻略したっていうやつだろ?」


「ほんとの話なのかねぇ? 結局誰かはわかっていないんだろ?」


「聞いた話じゃ、洞窟の奥底に自分たちを主張するような絵が書かれていたらしいぜ」


「俺もきいたぜ! たしかその絵から呼ばれてる名があるらしいな」


「そうだ。たしかその名は――――――――――――――――――謎の音楽団」

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6Hの冒険譚 カオス @Kaosu

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