第7話 お昼に邪魔されなかったら……

 野営地ではすでに別働の騎馬隊が準備を整えていてくれた。陽が落ちかけた頃に俺たちが到着すると、すぐに温かい食事が振る舞われた。昼食が少し早かったせいでお腹が空いていたから助かったよ。


「この辺りは人里がない代わりに獣もあまり現れません。旅人が通ることを知らなければ盗賊も出ることはないでしょう」


 昼間の気まずさを少しでも払拭ふっしょくするためなのだろう。俺たちの食事の席にババさんを招いたのは姫殿下だった。


「と言うことはもし私たちが来ることが知られていたとしたら……」


 俺の不安はこれだった。野営するということは近くに宿泊可能な施設がないということだ。つまるところ助けを求める先がないのである。


 もっとも最強と言われるタケダの騎馬隊とスノーウルフを相手に盗賊行為を行おうとするなら、それ相応の覚悟が必要となる。そんな危険を冒してまで襲ってくるような盗賊がいれば、の話ではあるのだが。


「情報が漏れているという心配はないと思うが、夜を徹して交代で見張りを置いているし、二頭のスノーウルフもいる。彼らは夜行性だから敵が近づけば見逃すことはないだろう」

「そうですか、それなら安心ですね」

「ご主人さまは私が護りますから」

「あはは、アカネさんありがとう」

「ヒコザ先輩、いざという時はアヤカ様の傍を離れないで下さいね。そうすれば私もアカネさんと一緒に二人を護れますので」

「コムロ殿、頼もしい奥方たちだな」


 本当に頼もしいと思うよ。逆に自分の不甲斐なさを改めて認識させられるけどね。


「幸いにして今夜は雲もなく月明かりが照らしてくれているから視界はいい。しかしそれは敵にとっても同じことが言えるので、くれぐれも用心なされよ。コムロ殿、すまんが今夜は奥方たちとの交わりは自制してくれ」

「なっ!」


 それはむしろ女の子たちの方に言ってほしいよ。だいたい彼女たちの不服そうな顔を見れば、どっちが攻めているか分かりそうなものでしょ。


「お昼に邪魔されなかったら……」

「ちょ、アカネさん急に何を」

「そ、それはまことにすまなかった……」

「ババさんまでよして下さいよ」


 確かにあのババさんの登場がなかったら俺も今頃は童貞を卒業してたかも知れないけど。それにしてもこの様子だと、俺は旅の間中ずっと誘惑され続けるということだろうか。そんな呑気なことを考えているうちに、刻一刻と夜のとばりが下りてくるのだった。




 スノーウルフの低い唸り声に、俺は眠りから引き戻された。今夜は荷物での壁は作っていない。それでも寝るときはそれなりに離れていたはずだったが、気づくと女の子たちは全員俺の周りに集まっていた。しかし今はそれが幸いしたと言うべきだろう。


「みんな起きて! 外の様子がおかしい」


 ユキさんを揺すって起こし、そのユキさんはアカネさんを起こす。そんな気配に姫殿下も目をこすりながら半身を起こした。


「何事じゃ?」

「しっ! スノーウルフが唸ってます」


 耳を澄ませてみると、騎馬隊の鎧が擦れる音も聞こえてきた。そして馬車の扉が叩かれる。


「起きて下さい。敵襲です!」


 ババさんの声だった。


「起きてます」

「馬車にいては危険です。すぐに出て!」


 扉を開けると真っ先にユキさんが、次いでアカネさんが飛び出した。その手にはすでに刀が握られている。俺は姫殿下を抱きかかえるようにして二人に続いた。


「申し訳ありません、殿下。遠見とおみがやられたせいで気づくのが遅れました。敵は相当の手練てだれのようです」

「人数は?」

「分からん。ただ遠見は苦無くないでやられていたので、おそらくは忍者が混じっていると思われる」


 俺の問いにババさんは悔しそうにそう応えてくれた。忍者、ということはカシワバラさんが懸念していたサイカの残党ということだろうか。いずれにしてもこの暗さで苦無が相手となると厄介だ。


「さ、こちらへ」


 ババさんが案内してくれたのは、周囲を騎馬隊で囲んだ中心だった。


「的になるので火で暖を取るわけには行きませんが、敵を殲滅せんめつするか明るくなるまでの辛抱です」

「よい、非常時じゃ、気にするな」

「ははっ!」


 その時輪の外側で、何かがどさっと置かれる音がした。


「何事か!」

「スノーウルフが敵の一人を捕らえて参りました」


 ババさんの声で輪の一部が割れ、その向こうにうつ伏せでスノーウルフに組み敷かれた敵の姿があった。暗くてよく見えないが、ところどころ月明かりに照らされて光っているのは出血しているからだと思う。その顔にはどことなく見覚えがあるような気がするのだが、どうしても思い出せない。


「何者だ、貴様?」

「おや、あなたたちでしたの。いつぞやは私たちを虚仮こけにしてくれましたわね」

「女か?」


 声は紛れもなく女のものだった。その女は俺とユキさんを見るなりそう言い放ったのである。言われて思い出したよ。前にユキさんと市場に行った時に襲いかかってきた五人のうちの一人だ。


「コムロ殿、この者をご存じか?」

「以前襲われそうになったんです。恐らくはくノ一くのいちではないかと」

「なるほど、キクの手下か。遠見をったのは見事であるが、くノ一如きが我ら騎馬隊に勝てるとでも思ったのか?」

「ここに来たのが私一人だげだとでもお思いなのかしら? あと六人もおりますのよ。しかもその中にはコチョウ様とサユリ様がいらっしゃいますの。あのお二人にかかっては、たとえあなたの自慢の騎馬隊でも術にまるのは目に見えておりますことよ」

「残念だな、女よ。我ら騎馬隊はくノ一の術にはかからぬ」


 ババさんはあざけりながら女の頭を踏みつけた。ちょっと酷いような気もするが、向こうはこちらの命を狙ってきたのだ。それが報いだったとしても仕方ないだろう。

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