第6話 見ました

「コムロ殿、失礼しますぞ」


 その時だ。浴室の扉が勢いよく開き、ババさんが手ぬぐいを背中にひたひた当てながら入ってきた。つまり前面は完全に無防備という状態である。


「ば、ババさん……」


 ババさんのガチムチな上に傷だらけの体をもろに見せられた俺は、そこで一気に正気を取り戻すこととなった。あんまりだよ、ババさん。


「きゃーっ!」

「……!」


 ババさんの声に振り向いたユキさんとアカネさんは悲鳴を上げ、一度は手放した手ぬぐいを握ってしゃがみ込んでしまう。俺はあと一歩のところで未来の二人の妻のもろもろを見ることが出来なかった。


 だが一方で姫殿下が放心状態となり、その場に棒立ちとなっていた。ユキさんやアカネさんと違って引っかかるようなところがほとんどない彼女の体に、それまで手ぬぐいが留まっていたのは奇跡というより他はない。まるで力尽きたかのようにはらりと湯面に落ち、結果見てはならないもの全部が俺の目に焼き付けられることとなった。


「はっ! み、見るでない!」


 すぐに姫殿下も我に返って湯にしゃがんだが、俺の脳内ではすでに現像、焼き付け、引き伸ばしの工程が全て完了していた。どこを引き伸ばしたかは口が裂けても言えないけどね。


「見たか?」


 姫殿下は目に涙を溜めながらも、ぐっと俺を睨みつけてきていた。その表情がまたたまらなく可愛い。しかしこの場合は何と応えるのが正解なのだろう。正直に見たと言えば後が怖いような気もする。さらにアカネさん、ユキさんの順に自分のも見ろと言い出しかねない。かと言って見てないと嘘をついてもバレるのは間違いないだろう。ここは一つ、正直な嘘を言うしかないようだ。


「見ました」

「なっ!」

「姫殿下、落ち着いて下さい。私は確かに見ましたが、湯に光が反射して肝心なところは何も見えませんでした。ですからどうぞご安心を」

「そ、そそ、そうか……な、ならばよい」


 見ていいと言っておきながら見たら怒られるというのも理不尽ではあるが、丸く収まりそうなのでよしとしておこう。それよりもババさん、いい加減前を隠してもらえませんか。


 その後ババさんは浴室を追い出され、姫殿下に何度も土下座して謝っていた。しかし姫殿下もさすがにババさんを叱りつけるわけにもいかず、何も見なかったことにするということで手打ちとなったようだ。




「それにしても面目ござらん。まさか本当に混浴しているとは思わなかったものでな」


 そろそろ出発の時間である。馬車の横で姫殿下たちを待っていた俺に、ババさんが申し訳なさそうに話しかけてきた。


「もういいですよ、ババさん」

「コムロ殿の楽しみも奪ってしまったようで、これは何か詫びをせねばなるまい」

「もういいですから」

「まあそう言うな。食い物と女の恨みは恐ろしいというからな」


 ババさん、それちょっと意味が違うような気がするんですけど。


「困った時はいつでも助けると約束しよう。しかし王女殿下までモノにするとは、さすがにそのイケメンは伊達だてではないようだ。いずれはオオクボ国王の後を継ぐのか?」

「そんなこと考えたこともありませんよ。それに姫殿下のあれは単なるおたわむれですから。そもそも私は平民の出ですし」

「なんと! 左様さようであったか。ならば騎士ナイトの称号とその腰の刀は何か大きな功績を挙げたということだな」

「ああ、これですか。これは……」


 おっと、また凧のことを口走るところだった。凧に関してはあの空爆用の大型の物はもちろんのこと、最初に陛下に見せたおもちゃに至るまで他言無用を言いつけられていたのである。


「まあ、色々とありまして」

「よいよい、他国の事情だ。これ以上は聞くまいて」


 そこへ身支度を整えた女の子たちが戻ってきた。ババさんを加えたこの五人、何となくばつが悪そうな雰囲気である。それでもこれからしばらくは行動を共にするのだから、早めに信頼を回復しておかなければならないだろう。それは五人共通の認識でもあるはずだ。


「ババ殿、これより先もよろしく頼みますぞ」


 そしてそれを誰より理解しているのは姫殿下だった。まだ十二歳なのに、この堂にった振る舞いはさすが王族の姫君だと思う。


「承知いたしました。この命に代えても皆様をお護り致します」


 ババさんは深々と頭を下げた後、隊列の先頭の方へ戻っていった。それを見送りながら俺たちも馬車に乗り込む。今夜は野営だ。何も起こらなければいいのだが。俺は一抹いちまつの不安を感じながら、馬車の扉を閉めた。

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