第2話 やはり私は始めからご主人さまの隣に……
タケダ王国との国境まであと少しというところで、俺たちは突然の雨に足止めを食らってしまった。そこは山道で、標高はそれほど高くはないものの天気が変わりやすいということだ。予定ではその日のうちにタケダ王国に入るはずだったが、国境に到着した時にはすでにほとんど陽が落ちていた。そのためこれより先には明日になってから進むこととなったのである。長時間馬車を引いていた馬を休ませる必要もあるためだ。
「アヤカ王女殿下、お初にお目にかかります。私はババ・ノブハル、タケダ騎馬隊の
国境の検問所に入って馬車を降りたところで、俺たちは懐かしい顔の出迎えを受けた。かつてカシワバラさんの父でありサイカ流当主でもあったサイカ・ナガイエを捕らえたババさんは、二人の騎兵を従えて姫殿下の前に
それにしてもタノクラ男爵閣下の話だと騎馬隊は五十とか百ということだったが、二十とはまたえらく少ないように感じる。あるいは二頭のスノーウルフがその数を補うということなのだろうか。
「うむ、出迎え
「久方ぶりよのう、コムロ・ヒコザ殿」
ババさんは立ち上がると、今度は俺に微笑みを向けてくれた。この人の見た目はちょっと怖いけど、こうして笑顔を向けられると人懐っこい雰囲気も感じられる。
「お久しぶりです。あの時はありがとうございました」
「そちらの女性二人も見覚えがあるぞ。なかなかの
ユキさんとアカネさんは無言のままババさんに一礼して応えた。
「ここから我が王城までは馬車で三日ほどかかるでしょう。二日目の夜は宿場町で休めますが、明日の夜は野営となります。しかし野営地には別部隊が先に行って準備をしておりますゆえ、王女殿下におかれましてはどうぞご安心めされますよう」
「
「ははっ!」
「ところでババ殿、あのスノーウルフに乗ることは叶わんかの」
「ご冗談を殿下。あれには
姫殿下、遊園地のアトラクションじゃないんだからそんなこと考えちゃだめです。でも俺もちょっと乗ってみたいかも知れない。大きな犬に乗って草原を駆けるとか、子供の頃に憧れたもんだよね。
「明日の
明け六つとは日の出より少し前の時刻のことで、春先の今の時期だとだいたい六時くらいになる。検問所には往来の者を宿泊させる前提はないので、宿泊施設も簡素な造りだ。そのため外気温の影響をもろに受けるのである。
「暖炉で部屋を充分に暖めてから、掛けられるものは全て掛けて寝た方がよさそうですね」
「馬車で寝た方が暖かいぞ。足下に炉があるからそこで湯を沸かせばいいのじゃ」
「え? そんなことが出来るんですか?」
しかしそれだと四人で一緒に寝ることになるよね。やっぱり俺は寒くても宿舎で寝るしかないんだろうな。
「では三人はそうなさって下さい。私は宿舎で休みますので」
「何を言うか。そちも一緒に休めばよかろう」
「そうですよヒコザ先輩」
「私はどちらでも。ご主人さまについていきます」
「これ、アカネ!」
「アカネさん!」
アカネさんの突拍子もない発言に姫殿下も俺とユキさんもツッコまざるを得なかった。
「だって私はご主人さまの護衛ですから」
「その理屈は分かるけど寝るときは
「ヒコザもそう言わずに我らと共に馬車で休め。何もせんから」
姫殿下、それは主に俺のセリフだと思うんですが。
「いや、しかしそれは……」
「そちの両側にユキとアカネ、
待って、それは暖かいどころじゃなくて熱くなってしまいます。
「アヤカ様が上なんてずるいです。ここは正妻の私が上で……」
「ご主人さまの護衛はあくまで私です。お嬢様には申し訳ありませんが私こそが上に……」
「ちょ、上になるとかやめて下さいよ。だいたいそんなんじゃ寝られませんから」
そんな素敵な状況になったら俺の理性が簡単に吹っ飛んでしまいますよ。ただでさえ流されやすい性格なのに。
「冗談じゃ。ユキもアカネも本気にするでない。ヒコザは残念じゃろうが」
「姫殿下……」
結局俺は馬車の一番後ろ側に、そして前から姫殿下、ユキさん、アカネさんの順に並んで眠ることになった。
「どうしてこんなに荷物を置くんですか?」
俺とアカネさんの間に作られた荷物の仕切りを見て、アカネさんが思いっきり不服そうな声を上げた。
「アカネが寝ぼけたフリしてヒコザの方に行かないようにするためじゃよ。こうでもせんとユキも安心して眠れんじゃろ」
「うう……」
アカネさん、どうしてそんなに悔しそうな顔をしてるんですか。まさか本当に俺の方に来るつもりだったんじゃないでしょうね。
「これではご主人さまを護れません。やはり私は始めからご主人さまの隣に……」
この一言のせいでアカネさんは姫殿下とユキさんに挟まれることになった。可哀想だけど仕方ないよね。
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