第七章 タケダ王国

第1話 護衛なら私がおりますのに

「あ、アヤカ様、そんな……」


 ユキさん、言葉とは裏腹に嬉しそうなのは気のせいだよね。言葉の方を信じていいんだよね。


「こ、心の準備が……」


 アカネさん、その俺に対する熱い眼差しは心の準備がオッケーってことじゃないよね。


「姫殿下、お待ち下さい。いくら何でもそれはちょっと……」

わらわの申しつけが聞けぬと言うのか?」

「いや、あの……」

「ならばヒコザよ、妾の初めての相手をせい。どうじゃ、この太股を好きに出来るぞ」

「えっ!」


 これにはユキさんもアカネさんも目を見開いて驚かざるを得なかったようだ。もちろん俺だってびっくりだよ。でもそれはそれで興味がないわけでもない。しかし何と言っても相手はまだ十二歳。結婚出来る年齢ではあるが、姫殿下であるということを差し引いてもさすがに手を出すわけにはいかないしどうしたものか。


「アヤカ様、それはあんまりです!」

「王女殿下、どうかそれだけはお考え直し下さい!」

「姫殿下、そのようなお言葉を頂き恐悦至極きょうえつしごくではございますが、どうかご自身を大切になさいますよう」

「冗談じゃ」

「じょ、冗談……」


 ユキさんとアカネさんが揃って安堵あんどのため息をついた。もし取り消されなかったり冗談じゃなかったりしたら、姫殿下の命令である以上俺は従うしかなかったからね。


「お前たちの亭主を取ったりはせんよ。しかし……恐悦至極か、よい響きじゃ」

「姫殿下?」

「ふむ、妾が十六歳になっても婿が決まらなかった折にはヒコザ、そなたが相手をいたせ。なに、一度だけじゃ。ユキもアカネも、それならよかろう? 一晩だけ……」

「アヤカ様!」

「王女殿下!」

「じょ、冗談じゃ」


 姫殿下、今のは冗談じゃなかったですよね。ユキさんとアカネさんの抗議に気迫負けしただけですよね。俺としては魅力的とも言える話ではあったが、ユキさんやアカネさんたちを傷つけてまで従いたいというわけでもない。冗談にしてくれてよかったと思うよ。


 その後は女の子たちの賑やかな話し声が続き、夕方になった頃に馬車はヒノハラ村へと入った。


「オウメ村も復興が始まってるんですね」


 道すがら通り過ぎた時、焼け野原となったはずのオウメ村にはいくつかの家が建ち始めていた。生き残った村人は事件当時村を離れていた少数だけだったが、それでもこのヒノハラ村や近隣の力を借りてかつての日常を取り戻そうとしている。


 季節は春先とは言えこの辺りの気温はかなり低い。俺たちは馬車を降りるとすぐ宿に入り、夕食前に温泉に浸かることになった。ちなみに温泉だが男湯と女湯が離れていたせいで、女の子たちのきゃっきゃうふふ的な会話は全く聞こえてこなかったよ。


「美味しい!」

「これは本当に美味うまい!」


 夕食は猪の肉を使った鍋料理と、この辺りで豊富に採れる舞茸の天ぷらなど、普段は滅多に食べる機会がないものばかりだった。どちらもヒノハラ村の郷土料理として有名らしい。特に猪の肉は丁寧に下処理されているようで、臭みもなく柔らかくて実に美味だった。


「妾も温かい料理は久しぶりじゃ」


 姫殿下のたっての希望で、俺たち四人は一部屋に集まって同じ食卓を囲んでいるというわけだ。護衛の人たちもその方が護りやすいということで異論は出なかった。


「いつも冷めた料理ばかりなのですか?」

「ヒコザ先輩、アヤカ様のお食事はまず毒味役が毒味してから出されるんですよ。だから温かいお料理もお手元に届く頃には冷めてしまうんです」

「なるほど」

「人がかじった物を食す虚しさがそちに分かるかのう」

「アヤカ様、かじったなどと。ちゃんとおはしで切り取ってますから誤解しちゃだめですよ、先輩」


 姫殿下の物言いにユキさんがクスクス笑いながら教えてくれた。


「焼いた肉や焼き魚は冷めて硬くなっておるし、煮物や汁物に至っては美味いと思うことはまずないわ」


 王族って華やかなイメージしかなかったけど、実際は窮屈なことも多いということか。普段から温かい物を温かいまま食べられる俺には想像もつかない世界だよ。育ち盛りなのに食事が楽しめないなんて、ちょっと可哀想に思えてしまった。


「あれ、でもそれならどうしてこのお鍋は平気なんですか?」

「妾より先にそちが手をつけたであろう?」

「あ、なるほど……って、俺が毒味役……?」

「まあそういうことじゃ。大儀たいぎであった」


 笑いの絶えない食事はその後も続いたが、朝が早かったせいでお腹が満たされる頃には皆眠気をもよおしていた。それに明日の朝もまた早くに出発だ。早々に部屋に戻って休むことになった。


「残念です」


 ふとアカネさんが俺の隣にきて呟いた。


「残念て、何が?」

「ご主人さまのお部屋に行きたかったのに、あの御者ぎょしゃの人が同室なんですよね」

「ま、まあ、あの人は俺の護衛のためだからね。ってか来ちゃだめだから」

「護衛なら私がおりますのに」

「アカネさんはユキさんと一緒に姫殿下の護衛でしょ。だからがんばって」


 少し寂しそうな表情を見せるアカネさんの頭を、俺は軽く撫でてあげた。これで満足してくれるところもアカネさんのいいところだ。


「分かりました。お休みなさい、ご主人さま」

「うん、お休み」


 そしてその夜は何事もなく、俺たちはいよいよ国境に差しかかる日の朝を迎えることとなる。

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