第5話 俺の一番がユキさんだということは信用してね
「オダ帝国の話、どう思いますか?」
ユキさんの部屋に入ってまず彼女がかけてきた言葉がこれだった。勉強というのは口実で、本当はイチャイチャするのが目的なんじゃないかとちょっと期待したが、隣国や周辺国の動向は俺も気になるところではある。特にユキさんは王女殿下の付き人も任されるほどなので、そういったことには敏感になるのかも知れない。
「俺には他国のことはよく分からないけど、隣のタケダ王国に何があったのかは気になるよね」
「ヒコザ先輩も少し考えた方がいいですよ。もしタケダとオダが戦争になってタケダが滅ぶようなことになれば、次に狙われるのはこの国なんですから」
「あのタケダが滅ぶ? まさかそんな……」
「今やオダは多くの国を手中に収める強大な帝国です。騎士や兵士、魔法使いとそれから馬も、我が国とは桁違いの規模でしょう。数だけならこの国とタケダを合わせても
「そんなに?」
「タケダより西側はほぼオダの領地と考えていいそうです」
他国の情勢は普通に暮らしている領民にはさほどの関心事ではない。だからほとんどの場合は隣国がタケダ王国であるという事実と、時々入ってくるタケダの名産品以外は知らないのが実情である。ましてさらにその向こうにあるオダ帝国のことなど、名前を知っている程度に過ぎないのだ。
「それはすごい!」
「先輩、感心している場合ではありませんよ」
「だけどユキさん、戦争なんてそうそう起こるものではないんじゃない?」
「何を言ってるんですか。タケダ王国があるから私たちの国はオダの脅威に晒されていないだけです。タケダはこれまで幾度となくオダから戦いを挑まれて、その度にオダに大きな損害を与えて退けてきたんですよ」
「なるほど。だからオダもおいそれと手を出せなくなってしまったというわけか」
「そのタケダに何かあったとすると、これを好機と見てオダが戦争を仕掛けてくる可能性も低くないということです」
そうか、だから陛下は俺にあんなものを見せたということなのか。他国に攻め込まれる危険性が増してきたとなれば、あの凧を使った作戦は相手にとって脅威となることは間違いないだろう。無闇に火を放って人を殺したり脅迫したりするわけではなく、自国の防衛のために使うということであれば、それはすなわち俺にとって大切な人や物を護ることにも繋がる。陛下の真意はもしかしたら俺にそのことを伝えることだったのかも知れない。
「ユキさん、それなら多分この国は大丈夫だと思うよ」
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
「それはね……」
おっと、凧のことは口止めされているのに、また話そうとしてしまったよ。
「今は言えないけど本当に大丈夫。その時がきたら分かるんじゃないかな。いや、オダが攻め込んでくるようなことにはならないだろうから、もしかしたら気づけないかも知れないけど」
ユキさんの頭の上にはてなマークが五つくらい並んでいるように見えたよ。こんな表情のユキさん、これはこれでなかなか可愛い。
「今は言えない、ということは先日の陛下が絡んだ一件ということですね。それなら少しは信用出来る気がします」
「ユキさん、それじゃまるで俺のことは信用出来ないって言ってるように聞こえるんだけど」
「そんなことありませんよ。ただ世の中のことにはあまり詳しくはなさそうなので」
「ま、確かにそうだよね」
「あと、女の子に関することでは全く信用してませんけど」
「ゆ、ユキさん……」
アカネさんのこともあるし、カシワバラさんやサトさんのことがバレてしまったばかりだから仕方ないけどさ。一応お仕置きはしておかないといけないよね。
「でも、俺の一番がユキさんだということは信用してね」
俺はおもむろにユキさんを抱きしめ、息が吹きかかるくらいの耳元でそう囁いた。見なくても分かる。ユキさんは今顔を真っ赤にしているはずだ。
「な、ななな、にゃにをきゅ、急に!」
その後俺は小一時間ばかり、
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