第6話 旅行のつもりで楽しんでくるがよかろう

「タケダ王国からそちに招待状が届いてな」


 またもや俺は陛下から呼び出されて王城に来ている。ただし今回はタノクラ閣下とユキさんも一緒だから少しだけ気が楽だ。それにしても今日は何故いつもの謁見えっけんの間ではなく玉座の間なんだろう。


「私に招待状、でございますか?」

「うむ。オーガライトの一件では迷惑をかけたからということらしい。あの件の首謀者であるタケダ王国元第二王子のトラノスケは数日前に自害したそうだ」


 なるほど、あれが大量に盗まれたせいで山の警備が厳重になったのはよかったが、一帯が騒がしくなったのもまた事実だ。馬のいななきや鎧が擦れる音などで夜中に目を覚ましたことは数え切れないし、騎士や兵士の中には横柄おうへいな態度で周囲の人たちを困らせる者もいた。


 キミエさんのサシマ豆腐店では、金を払ってくれない人がいて非常に困っていると言っていた。チュウタのオガタ食堂などはツケという名目の無銭飲食に悩まされているそうだ。そう考えると迷惑をこうむっているのはむしろ周りの人たちではないかと思うんだけどね。


 ただそれを陛下に言上ごんじょうしようと思って閣下に相談したら、彼らは仮にも陛下のお声掛かりで遣わされた騎士や兵士。その人たちの悪行を陛下に申し上げるということは、陛下の顔に泥を塗ることになるって言われてしまったんだよ。


 それでも困っている人たちを見過ごすわけにはいかないからって、結局お金は閣下が全て清算したということだった。それから護衛の部隊長さんは閣下から物凄い叱責を受け、以降は迷惑させられたという話もあまり聞かなくなったんだけど、完全になくなったわけでもないらしい。


「国王陛下に申し上げます」

「ユキか、許す」

「噂ではタケダ王国は現在、情勢が不安定とか。そのような中にヒコザ先輩を行かせるのは……」

「心配だ、と申すのだな?」

「はい」

「確かにユキの申す通りタケダの現状は不透明だ。間もなくハルノブ国王は退位され、第三王子であるイチノジョウが後を継ぐ。だがこれまでイチノジョウはあまり外交の場に姿を見せたことがない。よっても彼がどのような人物か、詳しい情報は掴んでいないのだ」

「それでは尚のこと……」

「だからこそだ。これは外交上の問題だが今は余がタケダにおもむくことは出来ぬ。よって余の代わりにコムロ・ヒコザにタケダの動向を探ってきてほしいのだ」

「お、お待ち下さい、陛下!」

「どうした? コムロ・ヒコザ」

「それは私に間者かんじゃを務めろということですか?」


 そんな大役、俺には無理ですから。


「案ずるな。そちにそのような危険な真似をさせるつもりなどない。見たままの様子を伝えてくれればそれでよい」

「で、ですが陛下、危険です」

「分かっておる。実は余に秘策があってな。アヤカをこれへ」

「陛下、待ちくたびれましたわ」


 陛下の言葉に玉座の後ろから現れたのは、紛れもない王女殿下だった。前に会ってからそんなに日は経っていないはずなのに、少し大人っぽくなったような気がする。女の子の成長がこんなに早いとは驚きだ。


「ヒコザ、いつ以来かの。ユキとは五日ぶりか」


 ユキさんは姫殿下の付き人なので、会う機会も多いのだろう。


「王女殿下にはご機嫌うるわしく」

「よいよいヒコザ、堅苦しい挨拶は抜きじゃ」

「ところで今日は何故こちらに?」

「これが余の秘策なのだ。今回のタケダ王国訪問にはアヤカを同行させる。これでタケダも滅多なことは出来まい」

「な、なんと……」


 姫殿下が同行って、招待されたのは俺なんだよね。でもこれでは主賓しゅひんが変わってしまうんじゃないだろうか。


「コムロ・ヒコザよ、そちにはアヤカの付き人を申し付ける。つまりだ、招待されたそちに主が同行するということだよ」

「ヒコザ先輩がアヤカ様の付き人……」

「無論だがユキも同行するがよい。聞けば二人は恋仲だそうだな。余も野暮やぼではないぞ。旅行のつもりで楽しんでくるがよかろう」

「へ、陛下……アヤカ様、何故陛下にお話しを……」

「めでたいことじゃからな。よいではないか」


 そうか、俺たちのことはユキさんが姫殿下に話して、姫殿下が陛下に話したというわけか。どちらにしてもこれで一人でタケダ王国に行かなくて済むということだ。


 でもこうなるとまたアカネさんが寂しがるような気がするんだよね。ユキさんとカシワバラさんは学校でも会えるけど、アカネさんはタノクラ男爵のお城に行っても会わない時もある。それに会えてもなかなか二人だけで話をする機会がないのが実情だ。


 無論ユキさんを差し置いてまで二人きりになろうとは思わないが、控えめに接してくる彼女が時々不憫ふびんに思えてならない。いっそのこと一緒に連れて行ければいいのに。


 そんなことを考えていた王城からの帰り道、思わぬ言葉が閣下の口から発せられたのだった。

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