第3話 私と結婚して幸せを感じてほしいと思ってるんです
「それでヒコザ先輩、本当はどうしたんですか?」
タノクラ城で夕食を済ませた俺は、ユキさんに手を引かれて彼女の部屋で二人きりになっていた。とはいえ残念なことに甘い雰囲気とは言い難い。要するにユキさんから半ば尋問を受けているといったところである。
「ごめんユキさん、詳しいことは言えないんだ」
「女性絡みですか?」
「違う違う! 断じてそれはないから信じてほしい」
「そうですか、では少なくともそっち方面では私は安心していいってことですね?」
何となくホッとした表情になったユキさんを見て、俺も少しだけ気持ちが楽になった気がした。実際はそんな平和な話だったらどんなによかったかとは思うが、さっきの騒ぎと夕食を摂ったお陰で気が紛れたのかも知れない。
「それで、体調が問題なかったということですが、今日はどちらへ行かれてたんですか? それも言えませんか?」
女性関係でないということは信じてもらえたようだが、俺がなぜ学校を休んだのかは気になるといったところか。まだ少し不安げな雰囲気も漂わせている。
「ユキさん、これは誰にも言わないでほしいんだけど……」
「分かりました。誰にも言いません」
「実は、陛下に呼ばれて王城に行ってたんだ。そこで固く口止めされてね。だから話の内容は言えないんだよ」
他言してはならないと言われたのは凧のことだけだ。ということは王城に出向いていたことだけなら話しても差し支えないだろう。
「父にも私にもですか?」
「うん、家族にすらしゃべったらダメだって言われて……」
「なるほど、陛下にそう命じられては仕方ありませんね。それではお話の中身までは詮索しないことにします。でもヒコザ先輩、それがとても辛いんじゃありませんか?」
「そうなんだよ、もうどうしたらいいのか分からなくて……」
「先輩は何か使命を託されたのですか?」
「あ、いや、それはないんだ。特に俺がやらなければいけないことはないよ」
「それなら安心しました。ヒコザ先輩、お辛いかも知れませんが、私に出来ることがあったら遠慮なく言って下さいね。私たちはもう……その……こ、恋人同士なんですから」
顔を真っ赤にしながら、ユキさんはそう言って俺の手をしっかりと握ってくれた。その温もりだけで凍てついた心が緩やかに溶かされていくように感じる。俺はユキさんの優しさに包まれて、涙がこぼれそうになっていた。
「ユキさん、ありがとう。もう大丈夫だと思う」
「そうですか。それはよかったです」
ニッコリ笑ったユキさんだけど、あれ、何か様子が変わってないか。
「それはそうとヒコザ先輩、お聞きしたいことがあるのですが」
「な、なんでございまひょう?」
ちょっとユキさん怖いよ。笑顔のくせに目が笑ってないというか、手を握られているだけなのにまるで首根っこ掴まれているような感じなんだけど。
「アカネさんが第二夫人というところまでは聞いてましたが、サトさんとカシワバラ先輩のことは初耳だったんですけど」
「あ、あれ? な、何のことかな……」
「床に正座しますか? もちろん
「いや、だからあれはね……」
「ヒコザ先輩、今のうちに言っておきますが、たくさんの女の子を奥さんにするのは悪いことだとは言いません。でも順序というものがあります。私やアカネさんをちゃんと幸せに出来ると自信が持てるようになってから、次の女の子も幸せにすることを考えて下さい。じゃないとみんな中途半端になってしまいますよ」
「はい……」
「私だってヒコザ先輩に正妻にして頂けると思ったらそれだけで幸せです。でも、ヒコザ先輩にだって私と結婚して幸せを感じてほしいと思ってるんです。それなのに早々に次の女の子にまで目が行ってると思うとちょっと悲しいです」
俺は心底ユキさんに申し訳ないと思った。実際サトさんもカシワバラさんも、欲望が先走っていた感が否めないからね。いや、否めないというよりもむしろそれしかなかったのかも知れない。ユキさんの言う通り、結婚するなら互いに幸せを感じられるような関係にならないといけないと思う。
「ユキさんごめん、俺今から心を改めるよ」
「それを聞いてホッとしました。でも男の人って目の前にきれいな女の子がいると目の色変わりますからね」
「ユキさん……」
それを言われると辛いよ。特に俺はその辺りの
「まあいいです。今日は多分大変だったんでしょうからここまでにしておきましょう。おうちまで送りましょうか?」
「いや、もう暗いし送ってもらったら今度は俺がユキさんのことを心配しちゃうから一人で帰るよ」
「そうですか。ではまた明日学校で、ですね」
それから少しして、俺はユキさんやメイドさんたちに見送られてタノクラ男爵のお城を後にした。その俺の後をつける人影に気付くこともなく。
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