第5話 こう見えて私もアカネさんも剣術は師範クラスですよ

「誰です!?」

「あ、アカネさん?」


 今度は俺とカシワバラさんの声が重なった。俺たちの行く手をはばむように立っていたのは、腰に刀を差してさらにもう一振りの刀を手にしたアカネさんだったのである。何だか水色のメイド服が懐かしく感じるよ。そう言えばアカネさんに会うのって何日ぶりになるんだろう。


「お久しぶりです、ご主人さま。なかなか逢いに来て下さらないから寂しかったですよぉ」

「あの方がアカネさん……って、ご主人さまぁ?」

「あ、あはは、あははは……」


 大きく目を見開いて俺とアカネさんを交互に見るカシワバラさんに、俺は笑うしかなかった。


「アカネさん! 一体こんなところでどうしたのですか?」


 呑気に世間話している俺たちをたしなめるように、ユキさんはアカネさんから刀を受け取りながら声を上げた。そうだった。今はそんな場合ではなかったのだ。ところでアカネさんが手にしていた一振りは、どうやらユキさんの刀だったらしい。


「奥様のご指示です。何者かがお城の近くに潜んでいるから、刀をお嬢様にお届けするようにと」

「え? もう?」


 おそらくそれがカシワバラさんの言った追っ手だということは察しがつく。だがそれにしてもあまりに早過ぎるんじゃないかと思ったのだ。


「忍者の足は恐ろしく速いのです。先回りされていたとしても不思議ではありません」

「と言うことはすでに籠城ろうじょうは不可能ということですね。アカネさん、お父上とお母上はご無事ですか?」

「はい、奥様によると敵は三人ですが、お城にはまだ何も仕掛けてきてはおりませんので」

「三人? なら何とかなるんじゃないの?」


 追っ手衆と言うからもっと大勢だと思っていた俺は、三人と聞いて拍子抜けしてしまった。しかしそんな楽観をカシワバラさんの言葉が見事に打ち砕く。


「コムロさん、サイカ流の手練てだれは一人いちにん千に当たると言われます。そしてその中の一人はおそらく当主である私の父。父は千どころか三千とも五千とも恐れられる人物なのです」

「え? じゃたった三人なのに少なく見積もっても五千の兵士と同じってこと?」

「それだけの数を相手に出来ると考えて差し支えありません。でもさすがに城攻めは三人では不可能でしょう。備えもないと思いますし。ですから追っ手衆は私が引きつけます。コムロさんとタノクラさん、それにアカネさんでしたね、お三方はその隙にお城にお逃げ下さい」

「でもそれじゃカシワバラさんが……」

「コムロさん、私だってサイカ流の奥義をきわめた者です。父にはかなわないまでも他の二人の追っ手くらいは倒して見せます」

「カシワバラ先輩、死ぬ気ですね?」

「言った通りです。私は全てを捨てると……」

「だ、だめだっ! それは絶対だめだっ!」


 俺はその時ようやく分かった気がした。このところ感じていたカシワバラさんの寂しそうな瞳の正体。それは死を覚悟したことによるものだったのだ。そして、そんな愚かな覚悟を見過ごせるほど俺は薄情者ではない。ユキさんだってアカネさんだって同じ気持ちのはずである。そう思って二人に視線を向けると、二人とも力強く頷いてくれた。


「カシワバラ先輩、サイカ流の方は魔法刀を持つ相手と戦ったことはありますか?」

「魔法刀? いえ、話には聞いたことがありますがタケダには魔法刀を持つ者はおりませんので」

「やっぱり」

「え? ユキさん、それどういうこと?」


 その時ユキさんの瞳が、まるで勝機でも見えたかのようにらんらんと輝いたように感じられた。


「ヒコザ先輩はご存じないかも知れませんが、魔法刀というのは刀を打つ者、持ち主となる者の名を刻む者、それを束ねる者の三者が膨大な魔力を注ぎ込んで初めて完成する刀なのです。そしてそれが出来る三者はこの国にしかいないと言われています」

「ってことはつまり?」

「忍者刀ごとき、一度でもまともに受けたら簡単に折れてしまうということです」

「タノクラさん、まさかその手の刀が……魔法刀……?」

「はい、ヒコザ先輩の手にあるのも魔法刀ですよ」

「で、ですけど、たとえそうだとしてもサイカ流は生半可なまはんかではありません。タノクラさんがどれだけ剣術を会得えとくされているかは分かりませんが、サイカ流の奥義は静動を自在に操る必殺の技です。間合いはあってなきが如しなんです。とても敵う相手ではありません」

「カシワバラ先輩、こう見えて私もアカネさんも剣術は師範クラスですよ。いくら相手が強くてもそう易々やすやすとやられるもんですか」

「で、ですが……」

「じゃ、じゃあこうしよう」


 どっちが強いとか弱いとかの議論をしている場合ではない。大切なのはこの場にいる全員が一人も欠けてはならないということだ。


「カシワバラさんは自分の命を投げ出す覚悟かも知れないけど、相手を倒すんじゃなくて皆でお城に逃げ込むことを目的にすれば負担は減るんじゃないかな。ユキさんもアカネさんもカシワバラさんを援護することにてっすれば、全員が逃げ延びる確率はぐんと上がるんじゃない?」

「なるほど! さすがは私のご主人さま! 名案です!」

「ヒコザ先輩、それは私も名案だと思います。あとアカネさん、後でゆっくりお話ししましょう」

「ひぇっ! ご主人さまぁ」

「ヒコザ先輩も、分かってますね?」

「ゆ、ユキさん……なんで俺まで……」

「だから全員で逃げ延びますよ! カシワバラ先輩も、よろしいですね?」


 ユキさんはそう言うとにっこりと微笑み、俺はそこに勝利を確信した。もっともこの場合は逃げるが勝ちってことになるんだけどね。

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