第4話 刀を手にした人影が立ちはだかっていた

 ユキさんがまずはじめに立ち寄ったのは俺の家だった。そこで陛下からたまわった刀を持ってくるように言われたので、俺は急いでそれを腰に差してユキさんとカシワバラさんの許に戻る。そこから今度はユキさんの家、つまりタノクラ男爵閣下の城へと向かった。




 カシワバラさんが俺たちに語った真実は、まさに寝耳に水と言わざるを得なかった。まさか彼女がタケダ王国から俺を籠絡ろうらくし連れ去る使命を帯びてやってきていたなんて。その上本当の名前はサイカ・シノといい、武闘派サイカ流当主の娘でくノ一くのいちだったなんて。


「何故そんな大事な秘密を私たちに打ち明けたんですか?」

「それは……お二人とも私に本当によくして下さったからです。こんなに人の優しさを感じたのは生まれて初めてだったからです」

「でも、それだとカシワバラさん……サイカさんは……」

「どうかお二人の前ではカシワバラ・スズネのままでいさせて下さい。もう私は何もかも捨てることにしました。すでに実家には絶縁状を送りましたから、間もなくにんとして追っ手がかかるはずです」

「な、何だって!」

「そうなると私をちに来るのは父を始めとする手練てだれ衆と思われます。逃げのびることは叶いません。ですから私はどうなっても仕方ないという覚悟が出来てます。ですが心配なのは……」

「心配なのは?」

「コムロさんです。私が任務に失敗したとなれば、追っ手衆は力尽くでコムロさんを連れ去ろうとするはずです」

「ど、どうして俺がタケダ王国に狙われてるの?」

「すみません、分かりません。私はただコムロさんを連れ帰るように命じられただけですので」

「オウメ村の火災……」


 そこでユキさんが何か思い当たったように呟いた。オウメ村と言えば少し前に村人のほとんどが焼け死んだという、悲惨な火事が起こった村だ。


「ユキさん、オウメ村がどうかしたの?」

「父から聞いたのですが、あの火事の焼け跡から大量のオーガライトの燃えかすが見つかったそうです。もしかしてタケダはそのオーガライトを手に入れるために、ヒコザ先輩をかどわかそうとしているのではないでしょうか」

「え? だって山は父ちゃんのだよ」

「ですから先輩をさらってお父君を強請ゆすろうとしているのではないかと」


 ちょっと待ってくれ。もし本当にそうだとすると、俺めちゃくちゃピンチなんじゃないか。確かに山はコムロ家の物だけど、オーガライトに関しては王国の厳重な管理下にあるのだ。だから簡単に運び出せるような代物しろものではない。つまり身代金代わりに要求されたとしても、父ちゃんの一存でおいそれと渡せる物ではないということである。


 このような経緯で俺とユキさんはカシワバラさんを連れて、タノクラ男爵の城に向かっているというわけだ。俺としては父ちゃんと母ちゃんが心配だったが、カシワバラさんいわく追っ手の第一の目的は抜け忍サイカ・シノの暗殺、次に俺の誘拐である。よって現段階で俺の両親に危害が及ぶ危険性は極めて低いだろうとのことだった。


「それにコムロさんのご両親を襲ってしまうと、オーガライトを手に入れることも難しくなると思いますし」

「ならひとまず父ちゃんと母ちゃんは大丈夫ってことか」


 そうは言ってみたものの、やはり両親のことは心配である。ここは俺が家に戻った方がいいのではないだろうか。しかしそれに対してユキさんの考えは実に筋が通っていた。


「ヒコザ先輩が家に戻ったところでご両親をお護りする技術がありますか? 仮にも相手はカシワバラ先輩によるとタケダ王国でも名高い武闘派ですよ」


 いくら陛下から賜った魔法刀があっても、相手に当たらなければ棒きれ程の価値もない。さらにはサイカ流は苦無くない投擲とうてきと忍者刀による突きを得意とする流派。突きによる一撃は振り下ろされる刀より動作が少ない分、なぎ払うだけでも困難なのだそうだ。加えて飛び道具との二段構えでは、とてもではないが素人が太刀打たちうち出来る相手ではないとまで言われてしまった。


「俺はどうすれば……」

「ヒコザ先輩は私とアカネさんとでお護りします。それに事情が分かれば母も手助けしてくれるはずです。母が本気になったらどんなに恐ろしいことか……」


 心なしか言っているユキさんが少し青ざめたように見えた。


「チカコさんてそんなに怖いの?」

「うちの守衛さんたちに体術の稽古をつけているのは母なんです。母は槍を持った大の男十人を一瞬で気絶させてしまうくらいなんです。稽古だから気絶で済んでますが、実戦なら軽く殺せると言ってました」

「か、刀じゃなくて槍を?」

「はい、なのでとにかくお城に逃げ込めれば……」

「止まって下さい!」


 ユキさんが言葉を切ったのと、カシワバラさんが叫んだのはほぼ同時だった。城まであと少し、だがそこには俺たちの行く手をはばむように刀を手にした人影が立ちはだかっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る