第6話 じゃないと俺は舌を噛み切るぞ!
見えた!
これまた懐かしい、
「ユキさん?」
「どうやら父は素直に通してはくれないようです」
「カシワバラさん……」
俺たちが止まったのを見てか、五十メートルほど前方に三人の黒い人影が現れた。三人とも片手に忍者刀を持ち、もう片方には
「シノ、よくも我がサイカ流に泥を塗ってくれたな」
見るといつの間にかカシワバラさんの手にも苦無があった。ユキさんとアカネさんはすでに刀を抜いている。
「父上……いいえ、もう父とは呼べませんね。今まで育てていただいたご恩はございますが、ここにいるコムロさんに手出しをなさるというのならお手向かいさせていただきます」
「なるほど、その男がコムロ・ヒコザか。どうだコムロとやら。素直に我らに従うならこの場は収めてやらんこともないぞ」
「え?」
俺が従えば戦闘はなしになるってことなのか。そうすれば誰も傷つくことがないってことなのか。いや、しかしユキさんの話では俺をさらう目的はオーガライトとのこと。ということは奴らの口車に乗せられて俺が向こうに行けば、今度は俺の父ちゃんや母ちゃん、それから罪もない多くの人が犠牲になる可能性だってあるのだ。それだけは断じて阻止しなければならない。
「いけませんコムロさん! サイカ流の掟と
「分かっているさ。誰が大切な友達の命を狙う奴なんかに従うものか!」
「コムロさん……」
「ヒコザ先輩、下がって下さい!」
「う、うん、分かった……」
「是非もなし、覚悟いたせ!」
「ぐぁ!」
次の瞬間、忍者の放った苦無が俺の右上腕に突き刺さった。痛い。俺は痛みのあまり手にしていた魔法刀を落としてしまう。
「ヒコザ先輩!」
「コムロさん!」
ユキさんとカシワバラさんが同時に俺を振り返る。よそ見をしてはダメだ。そう思ったが声が出ない。
「お二人とも! ご主人さまは私が護ります!」
そう叫んだアカネさんが俺の前に立ちはだかって刀を構えた。
「アカネさん、お願い!」
ユキさんとカシワバラさんは二人で
「消えた……?」
俺がそう
「は、速い……」
俺にはカシワバラさんの二発目の攻撃はまったく見えなかった。だが確実に彼女の苦無は忍者一人を仕留めていたのである。むろん目の前で人が死ぬという光景に恐怖を感じなかったわけではない。しかしやらなければこちらがやられるという状況にある以上、そんなことは言っておられないのだ。早々に攻撃を食らってまともに動けない俺は自分が情けないと思ったが、今はユキさんやカシワバラさん、それにアカネさんの健闘を祈るしかない。とにかく残るはあと二人だ。
「さすがはシノ。心は鈍っても腕は鈍ってはおらぬようだな」
「父上! 私の心は鈍ってなどおりません! お覚悟!」
カシワバラさんが放ったのは三本の苦無、そのいずれもサイカ流当主の急所を狙ったものだった。しかしそれらは当主に突き刺さることはなく、あっさりと
一方、もう一人の忍者はユキさんに襲いかかっていた。至近距離からの苦無の
それでも全ての攻撃を直前で躱しているのは、ユキさんの剣術の腕と魔法刀によるところが大きいだろう。あのユキさんの持つ魔法刀が相手の忍者刀にかち合いさえすれば、それをへし折ることも出来るというのに。だが忍者刀は斬るより突くことを得意とする刀だ。刀身は細く刀を受けるような使い方は考慮されていないのだろう。一進一退の攻防は体力的に劣っているであろうユキさんには不利と言わざるを得なかった。
「アカネさん、俺は大丈夫だからユキさんに加勢を!」
「でもご主人さま……」
「このままじゃユキさんが疲れてしまう。それに向こうは俺を殺そうとは思っていないはずだ」
そう、俺は気付いたのだ。相手は俺を連れ去ってオーガライトを脅し取ろうと画策している連中である。だとすると俺に関しては生け捕りが目的ということになるはずだ。だから最悪でも殺されることはないだろう。
「ふんっ! 甘いわっ!」
だが次の瞬間、ユキさんと相対していた忍者が俺の眉間を狙って苦無を投げつけてきたのである。直前の俺の言葉でユキさんの方に一歩踏み出していたアカネさんは、
そう思って死を覚悟し目を閉じた俺の額に、ガキッという金属音と共に火花が飛んできた。音と火花の熱で恐る恐る目を開けてみると、カシワバラさんが俺に飛んできた苦無を投擲で撃ち落としてくれたようだった。だが、そこに出来た隙を当主が見逃すことはない。当主は素早く突きを繰り返しながらカシワバラさんの背後に回り、苦無を投げて彼女の腱に命中させたのである。踏ん張りが効かなくなったカシワバラさんはその場で膝をついてしまった。
「カシワバラさん!」
「シノ、勝負あったな」
何ということだ。俺が不用意なことを口走ったせいで命を狙われ、それを阻止するために投擲したカシワバラさんに隙が出来てしまうとは。取り返しのつかないことをしてしまった俺の眼前には、腱を斬られて膝をついたカシワバラさんの首筋に忍者刀を突きつけて、不適な笑みを浮かべるサイカ流当主の姿があった。
「そこな
もう一人の忍者はいつの間にかアカネさんの首筋に忍者刀を突きつけていた。こうなってはさすがのユキさんも下手に身動きが取れないはずである。俺は命は助かったが、大切な女の子たち三人を闘わせ、全く手助け出来なかった自分に腹が立って仕方がなかった。
「そしてシノ、せめてもの慰めに、お前は我が奥義で散らせてやろう」
「ま、待ってくれ!」
大きく忍者刀を振りかぶった当主と、覚悟を決めて目を閉じたカシワバラさんを見て俺は思わず叫んだ。
「お、俺がアンタらに付いて行く。だからカシワバラさんを殺さないでくれ。じゃないと俺は舌を噛み切るぞ!」
「ヒコザ先輩!」
「ご、ご主人さま!」
「コムロさん、いけません!」
一か
「コムロ・ヒコザ、我らにとって貴様の生き死になど関係のないこと。死にたければ死ぬがよい」
だめだった。俺の一世一代の賭けはサイカ流当主には全く功をなさなかったのである。
「シノ、覚悟だ!」
再び忍者刀を振り上げたサイカ流当主。俺は無残に殺されるカシワバラさんの姿を見ることが出来ず、目を閉じてしまっていた。その時遠くで犬の遠吠えのような声が聞こえていた。
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