第五章 タケダ王国の陰謀

第1話 お話ししたいことがあるんです

 タケダ王国国王タケダ・ハルノブは隣国から戻ったヤシチの報告を信じられないという表情で聞いていた。


「陽も落ちかけていたのであれが何で出来ていたのかまでは分かりませんでしたが、確かに宙に浮いておりました」

「ヤシチ、それがまことならオオクボ王はとんでもないものを手に入れたことになるぞ」

「この目で見たのですから間違いはございません」

「走った後から浮きながら付いてくるものか……使い方次第で恐ろしい武器になるのう、マサツグよ」


 王のかたわらで報告を聞いていたツチヤ・マサツグも大きく肯く。


「はい、火の付いたオーガライトを空からばらまけば……」

「城の堀に降らせて熱湯攻めという手もある」


 タケダ王はすっかり白くなったあごひげを撫でながら口角を上げてニヤリと笑った。


「そう言えばトラノスケが放ったくノ一くのいちはどうなった?」

「どうやら千載一遇せんさいいちぐうの機を逃したようです。同門を仕置きに送ったとのことでございました」

「やはりあれは器ではなかったということか」

「ではいずれは……」

「うむ、オオクボ王に示しを付けるよい機会だ。抜かるなよ」

御意ぎょい




「ヒコザ……コムロ君、聞いたか?」

「ヒコザでいいよ。それで何を?」


 話しかけてきたのはクラスメイトのサキチだ。コイツともう一人、ハチベエとはユキさんに出会う前までよく昼休みを過ごしていた仲である。クラスでは一番気心が知れた友人と言えよう。


「ハチベエのやつ、とうとうヤッちまったみたいなんだ」

「ヤッちまったって?」

年増としまの行かず後家ごけにそそのかされて……」

「え? マジ?」

「こんなこと冗談で言えるかよ。相手は二十以上上らしいぜ」


 ハチベエは俺から見るとなかなかの男前なので、残念ながら女子にモテる容姿ではなかった。それだけに彼は女性の体に異様なほど興味を抱いていた節があった。どうやって知り合ったかは知らないが、四十前後の女がそこにつけ込んだということだろう。


「例のあれか、結婚しなくていいよって言われてってやつか?」

「らしいぜ。調子に乗って一晩泊まったなんて言ってやがった」

「自業自得だな」

「俺はもう童貞じゃないんだって自慢してたのに、結婚迫られた今じゃ溜息ためいきばかりついてるよ」

「ま、こればっかりはどうしてやることも出来ないしな。せめて結婚式は盛大に祝ってやろうぜ」

「そうだな。しかしヒコザも変な奴だよ」

「俺が? 俺の一体どこが変だって?」


 そこでサキチは俺に顔を近づけて小声で囁く。


「だってケイ先輩と言えば学校一の美人なのに、その人をほったらかしてどう見てもお前に不釣り合いな後輩とか、そこの転校生とかとよくつるんでるからさ。わけ分からねえよ」


 そこの転校生とは無論カシワバラさんのことである。まあね、俺の場合はこの世界では美醜びしゅう感覚が真逆だからさ。そういうのは言われ慣れてるからいいけどサキチの声、カシワバラさんには聞こえてないよね。


「バカ、そんなこと言うなよ。二人ともいい子たちだぞ。俺はね、人は中身だと思ってるんだよ」


 いい子なのは本当だけど、中身だけじゃなくて外見も実はドストライクなわけだ。それに料理も上手だし抱きしめた時のふわふわ感も最高ときてる。俺からするとこの二人を狙うライバルがいないことの方が不思議で仕方ないんだよ。


 サキチとそんな話をしている最中に、一瞬だけカシワバラさんがハッとしてこちらを見たような気がした。まさか今の話、本当に聞こえてなかったよね。


 あれから数日、カシワバラさんの包帯は今も巻かれたままで、元気のない雰囲気も続いている。時おり何か話したそうに俺に顔を向けるが、すぐに泣きそうな表情になってそっぽを向いてしまうのだ。そんなことが何度も繰り返されていたので、俺は気になってどうしようもなかった。だからって声をかけられるような状況ではなかったんだけど。


「あの……コムロさん……」

「ん?」


 ところがその日の放課後、教室に残るクラスメイトもまばらになったところで、突然カシワバラさんが俺に話しかけてきた。カシワバラさんがなかなか帰ろうとしないので、何となく俺も帰れずにいた時だ。


「どうしたの?」


 実は昼休みにユキさんから、今日は途中まで一緒に帰りましょうと誘われていたので、彼女は昇降口か校門の辺りで待っているはずだ。そしてそのことは、昼休みを共に過ごしたカシワバラさんも当然知っている。だから本当は早く帰らなければいけないのも分かっていると思う。それでも俺は彼女のただならぬ雰囲気に、このまま置いて帰ってしまうことが出来なかったのだ。


「お話ししたいことがあるんです」

「うん……あのね……」

「タノクラさんも一緒に」

「え? ユキさんも一緒でいいの?」

「はい」

「そっか、分かった。じゃ、一緒に帰ろう」

「はい」


 まただ。カシワバラさんは微笑んだが、その笑顔は寂しそうで力のないものだった。そしてそれに追い討ちをかけるかのように、俺の言葉でクラスメイトの突き刺さるような視線がカシワバラさんに注がれる。しかし今はそんなことに構っている場合ではないと、俺の直感がそう告げていた。

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