第9話 お名前を伺ってもよろしいですか?

 その日の昼休み、俺とユキさん、カシワバラさんの三人がいつものように弁当を広げたところで、五人ほどのクラスメイト女子に囲まれてしまった。


「君たち、どうしてここに……?」

「コムロ君の後をつけてきたんです。お昼休みにいつもいなくなると思ったらこんなところにいたんですね!」

「お相手はケイ先輩だとばかり思っていたのに、そこの下級生だったとは驚きです!」

「それにカシワバラさんまで。私たちがいくら誘ってもダメだったのに、どういうことでしょうか?」


 本来なら昼休みは好きな人同士で過ごせばいいわけで、俺が誰と一緒だろうと他人にとやかく言われる筋合いはない。ただそれは何のしがらみもない場合の話で、俺は今や国王陛下の騎士である。ということは俺の一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくが、事によっては陛下の評判に関わるということなのだ。だから殊更ことさらに彼女たちの言い分も無視出来ないというわけである。


 とは言うものの、元を辿ればユキさんのボッチ飯に俺が押しかけてきたのが最初だし、カシワバラさんも孤立しそうだったから仲間に入れたという経緯がある。昼休みを共に過ごす仲間がいるクラスメイト女子には、俺は必須ではないというのがそもそもの考えだ。そこのところをうまく説明出来ればいいのだが、この状況では難しいような気もする。


「コムロ君は私たちクラスメイトなんかどうでもいいってことですか?」

「ち、違う違う、どうでもいいなんてことはないって」

「ではどうして?」


 結局俺は最初にユキさんが独りで昼休みを過ごしているのを見かけて合流するようになったこと、カシワバラさんはクラスで孤立状態だったので連れてきたことを説明する羽目になった。


「なるほど分かりました。ではコムロ君は私たちでも一人だったらお昼をご一緒してくれるということですね」


 いや、それは曲解きょっかいだってば。君たちは友達がいるんだから無理に一人になる必要はないよね。もちろんそんなことを口に出して言えるはずはないが。


「あの、よろしいでしょうか」


 そこで見るに見かねたのか、ユキさんが少々呆れ気味に声を上げた。


「皆さんはご存じないと思いますが、ヒコザ先輩は私の護衛役なんですよ」

「あなたの護衛? なにそれ?」

「私はタノクラ・ユキと申します。父はタノクラ男爵です」

「それがどうし……だ、男爵さまの!?」


 ユキさんの身分を聞いた五人のクラスメイトの表情は蒼白となり、今までの威勢を失って一歩二歩と後ずさる。


「はい。でもこのことはあまりおおやけにしておりません。ですから皆さんもどうかご内密にお願いしますね。そうして頂けたら今回のこと、父には報告しませんので」

「で、でも、どうしてコムロ君が護衛役なんかに……?」

「ああ、それはね、アヤカ姫殿下のご命令なんだよ」

「ひ、姫殿下? コムロ君、いくら何でもそれはおかしいと思います。コムロ君が陛下の騎士になったことで王族との繋がりが出来たことは分かります。でもその前からコムロ君、お昼休みはここに来ていたわけですよね? それだとタイミングが合いませんよ」

「そ、そうです! それにその下級生が男爵さまの娘だっていう証拠もありません!」


 ありゃ、変な方向に話がずれて行ったぞ。特にユキさんの身分を疑う発言はマズいって。


「あなた今何と言われました?」


 ほら、ユキさん怒っちゃったよ。対してクラスメイトの方も引くに引けない状況になってしまったらしい。あくまでユキさんと対決するつもりのようだ。かたわらではカシワバラさんが心配そうに俺たちのやり取りを眺めている。


「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「え、な、名前……?」

「私は名乗りました。先輩のお名前も教えて下さい」

「な、何で名前なんか……」

「ユキさん、もうその辺でやめてあげて下さい。シオヤさんも、ユキさんは間違いなく男爵閣下のお嬢様だから」

「こ、コムロ君! 何で私の名前……」

「あ……」

「そうですか、シオヤさんとおっしゃるのですね? 貴族の方ですか? 私の記憶ではシオヤ家という貴族はこの国にはなかったと思いますが」

「ユキさん、もう……」


「シオヤ・ナルは貴族ではないわよ。でも私の大切な後輩なの」

「あ、あなたは……」


 そこに単身で現れた女子を見て、ユキさんを除くその場にいた全員が言葉を失っていた。



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次回更新は1/31です。

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