第8話 何人の嫁に囲まれることになるんだろう

「イチノジョウ殿下、どうやらササ殿下に怪しい動きがあるようにございます」


 イチノジョウと呼ばれた男は脇息きょうそくに片肘を置き、口元に不敵な笑みを浮かべながら側近、オオノ・ショウゴロウの報告を聞いていた。短めにカットした黒髪に五尺八寸の大柄な身長、瞳の色は青く肌は雪のように白い。彼はタケダ国でもまれに見る美男子であった。


「兄上が怪しいのは今に始まったことではないぞ、ショウゴロウ」

「はは! まこと仰せの通りで。しかし私は未だに分からぬのですが……」

「何がだ?」

「なぜトラノスケ殿下をササ殿下とお呼びするのでございますか?」

「なんだ、そんなことも知らなかったのか。もっともお前が私に仕えるようになったのはここ三年ほどだし、知らないのも無理からぬことだな。トラに笹はよく見る取り合わせだろう。よってササなのだよ」

「なるほど、そういうことでございましたか」

「だがなショウゴロウ、酒のこともササという。つまり酒に飲まれて大暴れする大虎、その方が兄上に合っているとは思わぬか?」

「これはなんと! 殿下に一本取られました」


 しばらくの間、イチノジョウとショウゴロウは声を出して笑っていた。しかしふと、イチノジョウが真顔になったところでショウゴロウも声をひそめて言う。


「殿下、何かしらの手を打ちませんと後手に回ってはいささ厄介やっかいかと存じまする」

「うむ、父上のお考えを知りたいところではあるが……」

「陛下は相変わらず歌を詠み、酒宴ばかりを開く放蕩ほうとうざんまいのようでございますな」

「それが父上の恐ろしいところよ。あのお方はまだまだお隠れになることなど微塵も考えておられぬ。放蕩の裏で刀を研いで獲物を狙っているのだ」

「ではササ殿下が隣国に送り込んだくノ一くのいちの目的も……」

「おおよそではあるだろうが掴んでおられると見て間違いない」

「それでもオオクボ王にお知らせにならないということは……」

「さてな。ここは高みの見物とでも洒落込しゃれこもうではないか。それと堀の警戒を厳重にしておけ。見回りには二倍、いや三倍の人員を当たらせよ」

御意ぎょい


 ショウゴロウは胸に手を当てて一礼すると、そのまま三歩下がってからイチノジョウに背を向けた。




 目の前に並んだ二つで一人分の弁当を見て、俺は内心歓喜していた。


 まずはカシワバラさんが作ってきてくれた方だが、この世界では貴重な卵を使ったオムレツにポテトとゴボウのサラダ、小さめの唐揚げが二つにおにぎり一個分くらいのご飯というメニューだった。


 次にユキさんが作ってきてくれた方は、野菜の煮物にタコさんカットのウインナー、彩りとして生野菜とデザートのフルーツが添えられている。この世界にもタコさんカットがあったことには驚いたが、ウインナーも大変貴重な食品である。


 ただここに大きな問題がある。どちらから先に手を付けるか、ということだ。順当に考えればユキさんということになるのだろうが、俺の分まで作ってくると最初に言い出したのはカシワバラさんである。


「ヒコザ先輩、食べないんですか?」

「コムロさん、遠慮しないでどうぞ」


 二人満面の笑みでそう勧めてくれるが、どう見ても俺がどちらを先に口に運ぶかを見定めようという目つきだ。ところがそんなことで悩んでいた俺に気付いたのか、カシワバラさんがプッと吹き出す。


「私たちが見てたら食べづらいですよね。タノクラさん、あっち向いてましょう。コムロさん、一口ずつ食べたら教えてもらえますか?」


 これは渡りに船の申し出だ。


「あ、うん、そうしてもらえると……」

「分かりました。そうしましょう」


 ユキさんも言いながら釣られて笑い出していた。下手へたを打ったら険悪になりそうなところだったけど、カシワバラさんの機転のお陰で逆にいい雰囲気になってよかったよ。


 そこで俺はまずユキさんが作ってくれた煮物に手を付ける。日本で言うところのジャガイモとニンジンのような野菜を口に入れると、絶妙な甘辛い味に驚かされた。これが十五歳の女の子が作った煮物だなんて信じられない。しっかりと味が染みこんでいて本当に美味しい。タコさんウインナーも塩こしょうで味が整えてあって、ご飯が進むなんて生易なまやさしいレベルではなかった。ウインナー自体も上等なもののようだ。


 次にカシワバラさんが作ってくれたオムレツ、プレーンなのに出汁だしのようなものを隠し味に使っているのか、ソースの類いを全く必要としない奥深い味がする。そして唐揚げだが、こっちも肉汁が口から溢れそうになるくらいジューシーだった。やっぱりご飯が進む。


「ヒコザ先輩、まだですか?」


 一口と言ったのに夢中で食べ始めてしまった俺は、すっかり二人のことを忘れていた。もうそれぞれ半分くらい胃袋に収めてしまったよ。


「ご、ごめん、もう大丈夫」

「あ! 一口って言ったのに!」

「いや、本当にごめん。あんまり美味しくて止まらなくなっちゃったんだよ」

「そ……そうですか……」

「タノクラさん、そういう理由なら許してあげましょう」

「そうですね。先輩、特別ですよ」


 ユキさんはそんなことを言っているが、どう見ても顔が嬉しそうだった。


「私たちもおかず、半分こしませんか?」

「はい、そうしましょう」


 カシワバラさんの提案にユキさんもにこやかに応えて、これで三人揃って同じお弁当ということになった。それから改めて三人で仲良く食べ始めたわけだが、俺は二人にがっちり胃袋を掴まれてしまった気分だよ。カシワバラさんも嫁候補に加えておくことにしよう。


 こうしてお弁当合戦は引き分け、というか最初から勝負なんてしてなかったんだけどね。ところで俺、最終的に何人の嫁に囲まれることになるんだろう。

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